刻
ふと窓の外を眺めてみた。
輝く夜景はまるで夜空の星の様。
こんな夜景を見る為には、人は高額なお金を払って高級なホテルにチェックインしなければいけないのだろう。
しかし僕はこんな夜景なんてもう見飽きた。
なぜならこの夜景は僕にとってただのインテリアでしかない。
ここは都内の超高級マンションの最上階。
もちろんここは僕の部屋である。
ベッドも家具も正直使えればどんな物でも構わない。
しかし興味はないが、僕の部屋に置いてある物は全て[何とか]っていう高級ブランドの物だ。
要するにお金がかかっていればいい。
僕の唯一の楽しみはお金を使う事以外にはないのだから。
僕の職業?
こんな暮らしをしているのだからさぞや立派な仕事をしているのだろうって?
答えは無職さ。
もちろん収入なんて0さ。
思えば僕は0だらけ。
友人も0。
才能も0。
夢も0。
希望はむしろマイナスさ。
夢は0っていうのは嘘かな。
唯一ある夢。
それは10年経過したら死のうと思っている事かな。
こんな事を夢なんて言ってはいけないのだろう。
しかし他に何も目標と言える事が僕にはない。
10年経過すれば今持っている多額の財産も尽きるのだろう。
今まで生きてきたこの19年間は全く良い事なんてなかった。
だから残り少ない10年は幸せに暮らしたい。
もうすぐ僕の20歳の誕生日だ。
30歳まで静かに誰にも邪魔されずに生きよう。
静かに暮らすといえば......最後に人と話したのは何日前だったかな。
食事以外で口を開く事がないせいか、自分がどんな声を出すのかすら思い出せない。
1週間前に来た[嫌な客]と話したのが最後かな。
違うな、その次の日に来た叔母と話したのが最後だな。
そういえば今日も叔母が来るような事を言ってたな。
来なくていいのに。
そう思った瞬間からどれくらい時間が経過したのだろうか。
1時間、いや、1分ほどだったのかもしれない。
ただ僕にしたら無意味で何も感じない呼吸をするだけの刻なのだ。
耳にインターホンの音が入る。
叔母が来たのだろう。
重い腰を上げモニターに目をやる。
高画質なモニターには叔母が映っていた。
「いいよ。開けた」
僕は無気力に口を開いた。
言葉を発するだけで疲れがドッと押し寄せる。
数分後、最上階にある僕の部屋に叔母が到着した。
「潤、元気?」
僕の母親の姉、青木浩子は食材等が入ったスーパーの袋を2つ両手で持ち、僕に笑顔を見せた。
「また部屋に引きこもってるんでしょ?」
僕は叔母に目をやる事をせずにパソコンを見つめていた。
「動かないんじゃ運動不足でしょ?今日はいい物持ってきたから見なさい」
叔母は何かを取り出した。
「ほら、これ」
「そこに置いといて」
叔母は深い溜め息を吐く。
「あの、潤。いつまでこんな生活続けるつもり?」
やっぱりまた始まった。
永いんだよな、この人の説教。
「そんなんじゃ死んだお母さんが喜ばないわよ」
面倒だ。早く終わらせるか。
「叔母さん。鬱陶しいんだけど」
僕はパソコンに目をやりながら口を開いた。
「このマンションの名義人になってくれたり、色々食べ物を運んできてくれるのはありがたいんだけどさ、もう来なくていいって何回も言ったよね」
食材を冷蔵庫に詰める叔母の手が止まる。
「所詮はたかが母さんの姉ってだけでしょ?母さんももういないんだからさ、もう僕のことはほっといてよ」
「潤、あなたね、そんな事ばかり言ってるとこの先ずっと......」
「もう1度言おうか?あんたの助けなんかいらないんだよ」
僕は叔母の言葉を遮り、叔母の顔を見て言った。
叔母は深く溜め息を吐くと、
「分かったわ。もう来ないからね」
と言い、食材を詰めた冷蔵庫をバタンと閉じた。
「お母さんもお父さんも泣いてるわよ」
そう言い残し、叔母は僕の部屋を後にした。
叔母が帰る時はいつもこの展開だった。
しかし1週間もするとまた連絡がきては何事も無かったかのように部屋にやって来る。
食材を運んで来るのは大嫌いな外に出なくて済むから助かるが、それ以外は大迷惑だ。
それから何か言ってたな。
お母さんもお父さんも泣いている?
あの人は何を寝ぼけた事を言っているんだろうな。
あの両親が泣く訳がない。
絶対泣く訳なんかない。
僕にとっては、死んで当たり前な存在なのだから。
薄暗い部屋を見渡した僕は、幾度となく刻まれる時間の音を、耳を済まして聞いていた。
「やっぱり何も感じない」
小さくそう呟いた僕は、更なる闇を見つめる為に静かに目を閉じた。
僕は自分が嫌い。
この小嶋潤という男が大嫌いさ。
これから10年、誰からも......自分自身にすら愛されずに生きていくのだろう。