プロローグ
靴の中が湿って冷たい。
振り返れば闇。
そんな闇の中で、僕の目は徐々に視界を見つけていった。
「なんだここ?」
そこは緑が一色に広った森、いや、ジャングルとでも言おうか?
そんな光景が目に飛び込んできた。
こんなジャングルで僕は何をしてどこに行くのだろうか。
とりあえずだ。木の実かな。
木の実を割ってストローを突っ込んでチューチュー吸ってみたい。
大自然が生んだ天然のジュースなんて、昔から憧れていたよ。
でも木に登ったこともないし、面倒臭いからやっぱりいいかな。
それにしても喉がカラカラだ。
なにか飲む物が欲しい。
コンビニはどこだろう。
こんな森には絶対無さそうだな。
いや、そんな事を気にしている場合ではなさそうだ。
僕の目の前には真っ黒い肌の大男が仁王立ちしていた。
その巨体からは薄っすらと黒いオーラを漂わせ、唯ならぬ殺気をこちらに向けている。
僕の顔を3つ重ねてもまだ足りない太さを持つ男の腕。
そしてこの身長差は、僕が助走をつけて飛んだとしても脳天には触れないであろう。
言うなれば、この男の戦闘力を100万とするならば、僕の戦闘力は実に3といったところだ。
「えっと、なに?なんか僕に用ですか?」
黒いサングラスを着用していながらも、その大男の目はギラギラと殺気に満ちていることが分かる。
「用がないなら僕もう帰らないと......」
僕は男に背を向けた。
「ヘイ、アナタ、マテ」
ここで男が口を開いた。
薄暗くて気付かなかったが、男はその口調から外国人ということが分かった。
「ジンセイ、サイコウノ、シュンカンヲ......」
男はそう言うと、僕の前に黒い物体を差し出した。
「これって?」
僕は一瞬目を疑った。
「オモチャですよね?」
男が差し出した物は真っ黒いライフル銃だった。
「これ......でかいですね。リアルだな。ライフルってやつですよね?」
震える声で僕は男に問う。
モデルガンだよな?
ガスなんか入れるやつだよね?
そうなんだよね?
しかし仮にモデルガンであったとしても、この黒人の大男が手にしているだけで本物の銃に見えてしまう。
「あなた......似合い過ぎですよ......なんかの映画に出てましたよね?」
冗談を言っている場合ではないが、言わずにはいられなかった。
「サア、ハヤク」
男はライフル銃を僕に押し付けた。
「早く、ってなに?っていうかその銃って本物?」
「ジンセイ、サイコウノ、シュンカンヲ」
ライフル銃からガチャリと鈍い音が響いた。
こんな音は映画やゲームでしか聞いた事がない。
「ちょっと、すいません......それ押し付けないでくれませんか......」
僕は両手を挙げて差し出すそれを拒んだ。
「ハヤク、ハヤク......」
「ちょっ......本当に勘弁してください。マジで、聞いてますか?日本語分かりますか?」
真っ黒く、そして氷のように冷たいそれが僕の顔に押し付けられる。
どうしろって言うの?
このライフル銃でなにをしろと?
駄目だ。
恐くて身体が動かない。
僕はなぜこんなジャングルにいるの?
この人は誰?
僕の両腕にズシリと重力が掛かった。
恐怖で固まった身体を伝うその冷えた鉄の塊の感触。
その時だった。
不意に全身に生気が宿るような感覚を覚えた。
なんだこれ?
この感覚は?
「あなた......マイクさん......」
僕は男を見つめマイクという名前を思い出した。
そして更に何かが頭を突き抜ける。
頭を激しくシェイクされ、耳から脳味噌が飛び出るような錯覚を覚えた。
そして僕は全てを思い出した。
「そうだったね......」
手にしたライフル銃を力強く抱いた。
「ゼン......黒沢全......」
黒人の大男は僕を見つめニヤリと笑った。
「ジンセイ、サイコウノ、シュンカンヲ......」