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 政府軍が人工惑星より撤退した事で、開拓地は丸裸同然となった。もちろん、革命軍がやって来れば我々に戦う武器などない。

 そして、革命軍の侵攻は時間の問題だった。

   *

 革命軍の影に怯える村民をよそに、僕達は毎日学校に通い、いつも通りの授業を受けつづけていた。

 僕にとってはとても楽しい時期だった。クラスのみんなとも打ち解け、僕は授業中ものびのびと発言した。

 僕はどうやら同じ年代の子供に比べて驚くべき程の知識を持っているらしく、僕の発言にみんな驚嘆し、それは僕に対する一定の敬意とそれは僕に対する一定の敬意となって現れた。

 僕が『博士(ドクター)』と言うあだ名で呼ばれるようになったのは、その頃だった。

 しかし、それよりも、僕が一番楽しみに思ったのは、エレーナといろいろな話をしたりする事だった。

 僕達は体操の時間だけでなく、放課後や休みの日まで一緒に過ごすようになった。

 放課後、よくエレーナは音楽教室でピアノの練習をした。そんなとき、僕はずっと鍵盤の端に座り、彼女がピアノを弾くのを飽きることなく眺ていた。

 彼女のしなやかな白い指が音符を紡ぎ出し、軽ろやかにメロディを奏でる様は、まるで魔法のようだった。

   *

 ある日、それを彼女に言うと、彼女はおかしそうに笑って言った。

 「魔法なんかじゃないわよ。練習すれば誰でもできるようになるのよ」

 「とても、そんな風には思えないよ」

 「それじゃ、弾いてみる?」

 僕は彼女を見た。彼女は透明な瞳で僕に微笑みかけた。そして僕の手を取り、鍵盤の真ん中に引き寄せた。

 「いい?私が弾くように鍵盤を踏んでみて」 彼女はそう言ってゆっくりと旋律を弾き始めた。僕は彼女の指を見て、その通りに鍵盤の上を飛び回った。僕が足で踏むと、ピアノは音階を付けてちゃんと鳴った。最初はうまく行かなかったが、何度もやっているうちにだんだん彼女が弾くメロディに近づいて来るのが分かった。

 僕はなんだか楽しくなって来て、夢中で鍵盤を叩き続けた。

 「今のメロディを続けてて」

 僕がある程度弾けるようになると、彼女はそう言って、僕をガイドしていた手を低い音の鍵盤の方へずらした。エレーナは僕の弾くメロディに伴奏を付け始めた。

 最初は僕が間違えたりしていたが、慣れてきて僕がだんだんスムーズに弾けるようになると、エレーナの伴奏もだんだん複雑で軽快なものになってきた。

 僕は音楽の上で軽やかに踊っていた。

 エレーナの横顔が、リズムを取りながら軽く揺れている。太陽の光が彼女の長い髪に反射して、きれいな横顔が光の中に浮かび上がっていた。エレーナは時々、僕の旋律を確かめるように僕の方を見た。僕の奏でる音とエレーナの奏でる音が、美しいハーモニーを作ってピアノから紡ぎ出されている。

 僕にはやっぱり魔法のような気がした。

    *

 休日には二人で散歩に出かける事もあった。 そんな時よく、僕達は西の丘の上に登り、一面に広がる麦畑を眺めながら一日を過ごした。

 僕達は色々な話をして、エレーナの作ったサンドイッチを食べ、そして、少し疲れると、午後の人工太陽の陽射しを避けるように、木陰で昼寝をした。

 「ねえ」エレーナは目を閉じたまま寝言のように呟いた。「あなたといると何だかすごく楽しいの、できればずっと一緒にいたいわ」 僕がうなずくと、彼女は静かに微笑んだ。僕はエレーナのひざにもたれるようにしてまどろんだ。そして、エレーナとこうやってずっと一緒にいれたら、きっと幸せだろうと思い、そういう生活を想像しながら眠りの中に落ち込んでいった。

 羊飼いに飼われた羊たちは、僕達の周りでゆっくりと丘の草を食べ、開拓地の心地好い風は二人の体を包み込んで緩やかに流れていった。

    *

 しかし、そういう日々は長くは続かなかった。ある日、眠りの時間にあった僕は、けたたましい拡声器によって叩き起こされた。

 拡声器の声が、村人は全員、至急広場に集まるように繰り返し告げた。

 窓に飛び乗り外を見ると、制服を着て銃を抱えた男達が二人一組で村の家々のドアを叩いて回っていた。

 それが、革命軍だった。

   *

 演壇には村長と一緒に、制服を着て帽子を深くかぶった、背の高い神経質そうな男が立っていた。

 男は村長から革命軍の司令だと紹介された。

 「君達は幸福である」

 村人を前にして、彼は甲高い声で演説を始めた。

 「君達は偉大なる皇帝陛下の御命によって、本日より搾取的な旧地球政府からの解放が約束された。革命に賛同せよ。革命に参加せよ。旧態たる非合理を打破し、迷信を否定せよ。皇帝陛下の御恩に報い、革命を支持する者は、革命の発展的推進により、自らに最大の富と幸福を与える事になるだろう……」

 彼は延々と演説を続けた。村民は彼の演説の為でなく、銃を抱えて自分達を取り囲む兵隊に怯え、沈黙を続けた。

 彼等が革命と銘打って最初にした事は、教会を焼き払う事だった。

 彼等は村民を教会の前に集め、牧師に神の否定と自分の特権階級の放棄を宣言する事を要求した。しがない田舎牧師が特権階級かどうか疑問だったが、飲んだくれの彼は突然の事態に震えながら、あっさりと神を否定した。 村民が見守る中、彼等は教会の周りに油を撒き火を放った。

 火はまたたく間に巨大な炎となり、教会を包んだ。黒い煙が立ち登り、崩れ落ちる教会の中の聖母像が、炎によってみるみる黒く焼かれていくのが覗き見えた。

 「なんと言う事だ」

 父は目を閉じて呟いた。

   *

 翌日から、学校の授業は午前中だけとなり、午後は子供達も労働が要求された。教育は革命軍から派遣された教育官と言う軍服の男がおこない、それまでいた先生達は学校を追われた。

 先生達は自分達が知識を独占した特権階級で、労働者から無意味な教育で搾取を行なった事を謝罪し、労働を賛美する事を求められた。アンソニー先生は労働の賛美には異論はないとしながらも、自分は無意味な教育などしたおぼえはない、と主張し逮捕された。

 教育官は革命の歴史や正当性や、皇帝の慈悲とそれに対する尊敬について高圧的に教えた。質問や反論は許されなかった。僕は彼等にから、労働のできない有害な人民とされ、事あるごとに非難された。

 ある日、ジョンが勇気を振り絞り、僕が科学や哲学に造詣が深く有害な人間ではないと発言したが、教育官は机を蹴飛ばしジョンを殴り付け、そういう思想こそが腐敗を生むと一喝した。それからは誰も何も言わなかった。

    *

 彼等は反革命的と言う名目で何人かの村人を逮捕した。そして、ほとんどの人達は村の外れに連れていかれたまま、二度と返っては来なかった。

 村はずれは立ち入り禁止にされたため、真相は誰にも分からなかったが、殺されたのだろう事は誰にも容易に想像できた。

    *

 例外的に、アンソニー先生が釈放された。 彼の釈放は広場に村人を集めて行われたが、その姿は人々に少なからず衝撃を与えるものだった。

 「まず、私は革命軍に感謝をせねばならないでしょう」

 釈放に際して、演壇に立ったアンソニー先生は、人々に向けて高らかに演説を始めた。

 「彼等は私が長年抱いて来た、誤った認識を打破してくれました。私は知識と言う頽廃の縁から救い出されたのです」

 彼はそこにいたが、彼の精神はまるで遠くに行ってしまったように見えた。

 彼の焦点の合わない目は常に虚空を眺め、意思のないその目とは別に、決意に満ちた口もとからは力強く言葉が溢れた。

 「私は人民に対して償えない程の罪を犯しました。私は尊い労働に対して無意味な教育で搾取を行なって来たのです。私の万死に値する重罪を、彼等は偉大なる皇帝陛下の御名に於いて免じてくれました。私は今後たゆまぬ労働により、皇帝陛下の御恩に報いるべきであると考えます」

 アンソニー先生は以前から、正直で清潔な人物として村人達の尊敬を集めていた。

 今回の事件についても、多くの村人はアンソニー先生の態度に密かな誇りを感じ、自分達のプライドを保っていたのだ。それだけに、自分達の目の前で自己批判を繰り返し、革命軍と皇帝を称える彼をどう受け止めていいか、分からなかい様子だった。

 彼が革命軍の手前、自分を偽った発言をしていると考える事もできるのだろうが、それにしては、彼の口調は余りに激しく、決意に満ちていた。彼は変わってしまったと考えるのが一番妥当なように見えた。

 村民は黙って聞いていたが、それぞれに動揺しているのは明らかだった。

 革命軍の司令は上機嫌でその光景を眺めていた。

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