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 翌日、教室は異様な雰囲気に包まれていた。教室に入る前、ジョンは僕を物影に呼んで、自分の無力さについて詫びたが、その意味について理解したのは随分たってからだった。 教室にはまだ三分の二の程の生徒が来ていたが、僕が入るとすぐに教室はしんと静まり返った。

 「おはよう」

 僕は机に座り、隣の生徒に話しかけてみたが、反応はなかった。後ろの女生徒も僕と目を合わさないようにしている。

 ジョンはなかなか来なかった。

 やがて僕は、アルベルトの手下の少年達が扉の前に立ち、新しく入って来る生徒に何か耳うちをしているのを見つけた。言われた方は黙ってうなずいたり、僕を避けるようにして自分の席に着いたりしていた。

 みんな僕を見ないようにしていた。

 みんなで僕を無視する気なのだ。

 僕はアルベルトを見た。アルベルトは卑屈に笑いを浮かべながら僕を見ていた。

 僕は事情を理解した。そして、僕は大きく動揺していた。

 アルベルトが何かしてくる事は分かっていた。しかしそれ以上に、僕にとってショックだったのは、クラスの全員がアルベルトの側にいると言う事実だった。

 やはり僕は招かざる客だったのだと思った。僕はこの事を昨日のうちに気付いておくべきだったのだ。

 僕は帰りじたくを始めた。そして二度と学校にはこれないだろうと思った。やはり学校は僕のような者の来るべき所ではなかったのだ。

 僕は鞄を持ち、机から降りようとした。

     *

 「相手にしてはだめよ」

 僕の頭上から声がした。見上げるとエレーナが立っていた。

 「みんなどうかしてるのよ」

 僕はエレーナを見た。エレーナの存在を僕はとても心強く感じた。

 僕はエレーナがいる限り、どうにかなるような気がして、もう少し様子を見てみようと考えた。

 「大丈夫、平気だよ」

 僕は机に戻って、エレーナに言った。

   *

 数学の時間、アンソニー先生の見ていない時を見計らって、彼等は僕に物を投げて嫌がらせをしたが、僕はそれを無視し続けた。

 ある問題で、僕は手を上げた。僕が問題を解き始めると、アンソニー先生は僕の言った事に大きくうなずき、黒板に式を書き始めた。

 「間違いではないが、しかし、こう言う解きかたもあるのだよ」

 そう言って、アンソニー先生が振り返って僕を見たのと、僕の背後から紙くずが飛んで来たのはほぼ同時だった。

 紙くずは僕の体に当たって、机の上に転がった。

 「なんだね。それは」

 僕が紙くずを広げて見ると『生意気な奴』と書いてあった。

 それを拾い上げたアンソニー先生の顔が変わった。

 「誰がやったのかね」

 先生は一番後ろの席の少女にたずねた。

 「君の席からなら見えたはずだが」

 気の弱そうなその少女はうちむいたまま 『見てません』と小さく呟いた。

 「じゃあ、君は」

 「分かりません」

 隣の少年は間髪入れずに言った。

 「先生」その時エレーナが立ち上がって一人の少年を指差した。「マイケルが投げました」

 瞬間、マイケルは当惑したような表情をした。

 「君かね」

 アンソニー先生が言うと、マイケルは泣き出しそうになって、助けを求めるようにアルベルトを見た。

 「僕は…その…」

 「言い訳はいい。質問に答えたまえ」

 マイケルは下を向いたままうなずいた。

 「もういい。座りたまえ」

 アンソニー先生は教壇に戻った。

 「ここには大勢の思い違いをしている者達がいるようだ。確かに紙を投げたのはマイケルだ。しかし、それを黙って見ている者も彼と同じ事をしているのだよ」

 「先生」ジョンが立ち上がった。「みんなは彼と口を聞かないように言われ、僕もそれを守りました」

 「そうなのかね」

 先生は全員に聞いた。誰も何も言わなかった。

 「よろしい。謝罪すべきと思う者は謝罪したまえ、そして、立ち去るべき者は今すぐ去りたまえ」

 アンソニー先生は教室を見回した。

 「昨日私は彼と話した、そして、私が彼の学校に来る権利を守る事を約束した。だから、私はその約束を果たすつもりだ。彼が学校に来る権利を認めない者はすぐにこの場を立ち去りたまえ。他人の権利を認めない者に権利などないのだ」

 アンソニー先生の口調は静かだったが、彼が本気で怒っているのは明らかだった。みんな先生に圧倒されている様子だった。

   *

 それからしばらくして、生徒達が一人ずつ立ち上がり僕に謝罪をした。僕はこう言うのに馴れていないので、かなり戸惑った。

 「これで全員かね」

 ひととおり生徒が謝罪を終えると、先生はみんなに確かめた。アルベルトは依然、知らん顔を決め込んでいた。

 「よろしい。それは君達の良心が決める事だ。誰も強制はできない。しかし、神と自分自身を偽る者は、必ずその罪に苦しむ事を忘れてはならない」

 そして、先生は僕に微笑みかけた。

 「どうだね。彼等を許してやってくれるかね」

 「ええ、もちろん」

 僕はうれしくなって言った。

 「そうか、では授業に戻ろう」

 そして先生は数学の授業を続けた。

    *

 「面白くねえ」

 授業が終わり、先生が去ると、アルベルトは僕の席に来てそう悪態をついた。

 「僕のせいじゃないさ。もとはと言えば君が始めた事なんだ」

 アルベルトは僕の顔をしげしげと見つめた後で、もう一度ゆっくり言い直した。

 「面白くねえぜ。ネズミ野郎」

 アルベルトはそう言って教室を出た。

 「気にするなよ」アルベルトが去った後、ジョンが僕に言った。「それより、昼休み僕らと卓球をしないか」

 「僕と?」

 「卓球なら君にもできるだろう。どうだ、ミハイル」

 ジョンは僕の隣の席の少年に声をかけた。

 「いいとも」

 ミハイルはジョンにそう言った後、僕の方を見て言った。

 「いいかな」

 「もちろんだよ」

 僕は慌てて答えた。

    *

 僕はその日、意気揚々として家に帰る事ができた。僕は長い間、友達と遊んだ事なんてなかったし、初めてやった卓球はとても楽しかった。それは、家にいて本を読んで、母親の作ってくれたお菓子を食べるのとは違った楽しみだった。

 しかし、それより僕を幸福にしたのは、あの事件をきっかけに、クラスの雰囲気が僕を受け入れる方向に傾いていると言う感触だった。

 もちろんまだ、みんなの心の中には、僕に対する違和感のようなものがあるに違いなかったが、しかし、彼等はできるだけ理性的に僕と接しようとしてくれた。

 僕は人並みに知性があるつもりだし、彼等に危害や面倒をかけるつもりはない。彼等が僕と普通に接してくれさえすれば、何も問題はないはずなのだ。

    *

 その日の事を母に話すと、母はたいそうよろこんだ。しかしすぐに、どうして昨日アルベルト達に囲まれた事を自分に話さなかったのか、僕を責めたてた。彼女は今日の事も、もっと早くアンソニー先生に言って、みんなを注意してもらうべきだと考えているらしかった。

 僕は母の言い方に少し不満を持った。僕は母が考えるよりずっと強いのだと思ったのだ。

 少なくともその日の気分は、僕にそういう自信を持たしてくれた。

 だから、アルベルトが僕に謝らなかった事は言わなかった。

     *

 ある日の始業前、沈痛な顔のアンソニー先生がやって来てみんなを席に着かせた。

 先生はみんなが静かになってから、ゆっくりと話し始めた。

 「この中にも兄弟を兵隊に取られた者もいると思います。彼等は私達の仲間であり、開拓団の同志であり、そして何より、かけがえのない友人でありました」

 アンソニー先生は少し間を置いてから、口を開いた。

 「今、私はとても悲しい知らせせねばなりません。…彼等はもう戻らないのです。

三日前、私達の村の若者達は戦死しました」 アンソニー先生は三日前の政府軍の人工惑星要塞がミサイル攻撃を受け、守備隊が全滅した事、そして村から徴用された兵士がみんなそこに配属されていた事などを話した。

 「私は怒りを感じます。彼等は何故に死なねばならないのか、殺し合って我々が守るべきものなど、一体何があるのか。私は彼等の死を名誉とは思いません。彼等は彼等と関係のない者達により、死を押し付けられたのです」

 アンソニー先生の声は震えていた。

 みんな何を言ったらいいのか分からず。クラスは静まりかえっていた。

 僕はクリスの事を考えた。クリスは戦いとは無縁の平和的な青年に見えた。だから僕には彼が銃を持って戦い、死んで行ったと言う事がうまく想像できなかった。

 でも、それが事実なのだ。僕はもう二度と彼とは会えないのだ。彼が僕に地球の大学に進学する事をすすめた時の笑顔と手の温もりを思い出していた。

    *

 授業は中止となり、広場で合同葬儀が行われる事になった。息子を亡くした村長がそれでも毅然と弔辞を述べた。

 彼は息子達の死は正義の為に尽くした名誉の戦死であったと言ったが、それが嘘である事は集まった村民だけでなく、彼自身が知っていた。

 葬儀の間中、すすり泣く声以外、誰も口を利こうとはしなかった。

 地球の問題を、この平和な開拓地に押し付けられる事には、みんな怒りを感じていたのだ。

 「馬鹿馬鹿しい」

 葬儀から帰ると父はそう言って、声を荒げた。

    *

 翌日は喪に服す日とされ、学校が始まったのは二日後だった。

 兄を失ったアルベルトの憔悴は誰の目にも明らかだったが、誰も何て声をかければいいのか分からなかった。

 彼は授業中もうつむき、じっと何かを考えているようだった。

   *

 昼休み、僕は校舎の影に座っているアルベルトを見つけた。彼はサッカーをしている仲間の方をぼんやりと眺めていた。

 「ネズミ野郎か」

 アルベルトは僕を見つけて言った。「いい気味だと思ってやがるんだろ。畜生。からかいに来たのか」

 「いや、そんなつもりはないよ。ただ、通りがかっただけだ」

 溜め息を漏らすように彼は自嘲気味に笑った。

 僕は何か言った方がいいと思って、言葉を捜した。

 「何て言ったらいいか分からないんだけど、とにかく気の毒に思うよ。僕の家庭教師をしていたクリスも死んだんだ」

 「………」

 アルベルトは何も言わなかったので、僕は続けた。

 「僕は最近、昔読んだ小説の言葉を思い出すんだ。主人公の葬式で牧師が言う言葉なんだけど、『人は神に愛された者から先に死んで行くのだ』って言うのをさ」

 「うるせえよ」

 アルベルトは僕を見ずに言った。

 僕は悪い事を言ったのかもしれないと思った。

 「気に障ったら悪かったよ」

 僕はそう言って立ち去ろうとした。

 「おい、ネズミ野郎」

 僕の背中をアルベルトが呼び止めた。

 「みんながやさしくしてるからって、あまり調子に乗るんじゃねえぞ」

 僕はアルベルトを見た。アルベルトは続けた。「誰もてめえのような変人を受け入れやしねえんだ。ジョンは小心者。エレーナはいい子ぶってるだけだ。おまえにもすぐに分かるだろうよ。そのうち、奴等の化けの皮がはがれら」

 僕は言葉を失い。何も言わず立ち去る事にした。

 「おれは正直な人間だ。まあ感謝するんだな」

 アルベルトは最後に吐き捨てた。

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