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二、皇帝の北の宮

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 あれから幾日ぐらいの時間が過ぎたのだろうか。

 焼け付くような人工太陽の光は、無限に地平線を転がりながら、無人の農地を照らし続けている。農作物はそれぞれが豊な実りを迎え、そして、誰も収穫する事のの無いまま枯れ果てて行った。

 もうすぐ人工太陽は出力低下をする時期なのだろうか。それとももうその時期は済んでしまったのか、僕にはそれすら分からない。

    *

 僕は無人の村の中に一人で取り残された。

 もし、僕を捜しに来る人がいるなら、僕はここにいる。僕の家の日の差さない二階の窓辺に、小さな青い瓶がある。

 その中にいるのが僕だ。

 僕は外界から遮断された無音の世界から、青く歪んだ景色を眺める。

 僕はいつまでここにいるのだろう。それより、僕はまだこの世界に存在しているのだろうか。

 僕は生きているのだろうか。

 僕はまどろみと思索とを繰り返しながら、永遠のような時間の中を漂っている。

    *

 声がする。とても不思議な声だ。

 遠くから響くような、それでいて、耳もとでささやくような。

 優しく柔らかく、それでいて、金属的な。 歌うような、呟くような。

 僕の耳が聞いているのか、想像が造り出しているのか。

 僕は眠っているのだろうか、起きているのだろうか。

   *

 光が見える。

 心地良いような、眩しいような。

 暖かく、それでいて、確かな鋭さを持って。

 さざ波のように僕の足もとを照らしている。 僕はとても落ち着いた気分でそれを感じる事ができる。

 それが、彼女との出会いだった。

   *

 彼女は僕が思索している間、僕のそばにいて、僕を見守っている。本当にそばにいるのか、ずっと遠くにいるのか、よくは分からない。でも、僕は彼女の暖かさを感じる事ができる。

 彼女は僕が思索を続ける間、色々なアイデアをくれる。僕が何かを訪ねると彼女は僕の精神を自由に連れ出してくれる。僕は真実の世界でそれを目の当たりにして、さらに思索を深める事ができた。

 非常に幸福で完全な世界。暖かさと緩やかなリズムを持った波が、僕を包んでいる。

   *

 「君は誰だい」

 僕は訪ねる。

 (今は言えないけど、そのうち分かるわ)

 「君はなぜここに来たの」

 (あなたを迎えに来たのよ)

 「僕達はどこに行くの」

 (天使の行くべき場所に行くのよ)

 「どうして、僕が」

 (あなたはもうすぐ天使になるの)

 「君も天使なのかい」

 (そうよ)

 「僕はもう死んでしまったの」

 (まだ生きてるわ)

 「それでも、もうすぐ天使になるんだね」

 彼女はうなずく。

 「僕にはよく分からないよ」

 そう言うと、彼女は笑った。

(あなたには、まだ、よく分からないのよ)

   *

 僕は北に行った人々の事を考える。

 彼等は首都建設の為の労働をしている。

 北の空には小さな太陽しかなく。黒い雲の立ち込めた空はとても暗い。父も母もジョンもアルベルトも、そして、エレーナも、寒く厳しい北の極で、辛い労働を強いられている。

 建設中の首都には、馬に乗りくすんだ緑の服を着た東洋人の大きな絵があちこちに飾られている。

 それが皇帝だ。

 皇帝はそこに新しい首都を築き、ここにやってくるらしい。人々は皇帝を称える歌を歌いながら、作業をしている。

 「彼等は天使にはならないの」

 (あなたはもうすぐ天使になるけど、彼等は死ぬのよ)

 「死んでしまうの」

 (もう、この星には誰も住めないのよ)

 そして、皇帝がやって来た。

 群衆は宮殿の前の広場に集まり、皇帝の到着を祝っている。皇帝は宮殿に下り立ち、白いバルコニーから手を振る。人々は歌い踊り、皇帝を迎えるセレモニーを行っている。

 人々は誰も南の地平線からに小さな太陽が昇って来るのに気付かない。

 南の太陽は加速し、スピードを上げながら、だんだんと近付いて来る。火球はその大きさを広げて行く。黒い雲は序々に蒸発して、北の土地は明るさと暖かさを増して行く。人々はそれを皇帝の奇跡だと叫び、さらに声高く皇帝を称える。太陽は軋みを上げながら、更に速度を上げる。

 バルコニーの皇帝が顔色を変えた。

 側近達が何か叫びながら、慌ただしく走り回る。周囲はとても暑くなり、人々体から汗が弾ける。

 皇帝は宮殿の中に下がる。

 皇帝を称えていた人々も、余りに強い陽射しに皮膚を焼かれ、歓喜の中に苦痛の呻きが混ざっていく。

 歓喜と悲鳴の混ざる中、皇帝を乗せた宇宙船は宮殿を離れていく。

 しかし、もう、手遅れだった。

 すでにどうしようもない距離に近づいた太陽は全てを飲み込み、焼き尽くす。

 宇宙船はやがて航行を止め、ゆっくりと太陽の中に飲み込まれて行った。

 灼熱の地獄が地上を襲う。

 人々は焼けただれ、断末魔の悲鳴を上げて逃げ惑う。僕は髮の毛に火が付き、焼けただれた唇を目一杯ひろげ、気が狂ったように空に向けて悲鳴を上げるエレーナの姿を見つける。その瞬間。人工太陽が地表に悪魔の鉄槌となって突き刺さる。鋼鉄の太陽は地表の全てを破壊する地獄の業火となり、全てをその高熱の中に溶解させながら、自らも激しく破裂する。

 真っ白い世界。そして、暗黒。

 僕は恐ろしくて、体中か震える。

 「これが、みんなの最後なの?」

 (そして、あなたは天使になるの)

 僕は彼女を見る。何を言っていいのか分からなかい。

 「僕は…。僕は…」

 (あなたには関係のない事よ。どうする事もできないの)

 僕は恐ろしくて涙が出てくるのを押さえられない。彼女は僕の体を優しく包んでくれた。 (ここにいれば大丈夫。私が守ってあげるわ)

 僕の震えはそれでも止まらなかった。

   *

 それから、あの恐怖の映像が常に僕の脳裏から離れなくなった。恐怖と苦痛の断末魔の叫びは僕の耳にいつまでも響いて残った。

 僕は何度も考えた。僕は彼等を助けなくてはいけないのではないか、でも、どうやって。

 僕なんかに一体何ができるのか。

 あれが彼等の運命なら受け入れるしかないのではないのか。父や母はいつも神に救いを求めていた。あれは神の意思なのか、それとも彼等の罪の代償なのか。

 僕はエレーナの無残な死についても考えた。 彼女の死は僕にとっても衝撃的で悲しい事件のように思えた。しかし、南へ逃げようとした時、彼女は僕の事を命をかけて救おうとはしなかった。僕も彼女を恨む事なく、運命を受け入れる決意をした。今度は彼女が自分の運命を受け入れる番なのではないのか。

 僕はずっとその事を考え続けた。

   *

 「僕は行かなければいけないよ」

 決意をしてからも言い出すまでに、時間がかかった。彼女は何も答えない。

 「みんなを助けなくちゃ」

 (無理よ)

 彼女は突き放すように言う。

 「どうして」

 (もう決まってる事なのよ。それにあなたにはそんな事する必要はないわ)

 「………」

 (私は知ってるの。彼等はあなたをいつも差別してきたわ)

 「仕方がないよ。僕の姿がおかしいからだ。彼等にそれ以上の罪はないよ」

 (罪はあるのよ。それに、あなたが彼等を救う理由もないわ)

 「みんな、本当はいい人なんだ」

 僕は言う。

 (いい人?…いい人?)

 彼女は2度繰り返して言う。まるで、僕の心の底にある密かな憎しみの感情を引き出そうとするように。

 「…彼等の為じゃないのかもしれない。このまま村人を見殺しにする事に、僕が耐えられない気がするんだ」

 彼女は何も言わない。

 「ここから出してくれないか」

 (あなたがここにいる限り、私が守ってあげる。何も怖い事はないの。私はあなたについて北に行く事はできないの)

 「お願いだ。ここから出してくれ」

 僕はもう一度言う。

 (さっきも言ったけど、もし北にに行ってもあなたにできる事など何もないわ)

 僕は彼女をみつめる。

 彼女は首を振った。

 (仕方がないのね。分かったわ)

 彼女は瓶の外に出る。

 (目を閉じて。そしてしばらく息を止めて)

 僕は言われた通りにする。

 (何があっても驚いては駄目)

 僕がうなずくと、やがて僕の体を恐ろしい程の震動が走る。僕の体の中で何かが剥がれるのを感じる。

 「なんだい。これは」

 (黙って)

 彼女は僕を制する。

 目を閉じていたが、僕の周りがとても明るくなっていくのが分かる。僕の体の中の震動が極限に達した時、僕の体は大きく飛び上がる。

 そして、しばらくして、僕の体は地面に叩きつけられた。

 (さあ、もう目を開けてもいいわ)

 僕が恐る恐る目を開けると、僕は僕の部屋の床の上にいた。僕は起き上がって自分の手を見る。僕の体からは金色の淡い光が出ている。僕は辺りを見回すが、彼女の姿はなかった。

 「ねえ、どこなの」

 僕は不安になって彼女を探す。

 (ここにいるわ)

 僕の頭の中に彼女の声だけがする。

 (今のあなたからは私の姿は見えないの。瓶の中を見て)

 僕は彼女の言う通り、出窓の上の瓶を見て驚いた。瓶の中にはもう一人の僕がいて、眠ったようにしゃがみこんでいる。それは身動きもせず、剥製のような僕で、死んでいると言った方がいいのかもしれなかった。

 「これは…」

 (今のあなたの体は特別なの、瓶の中にいるのはあなたの抜け殻のようなものなの)

 「抜け殻?」

 (でも、あの体も生きているの。そして、あなたが戻ってくるのをあそこで待っているの)

 僕は僕の抜け殻を眺めた。不思議な気分だった。

 (いい。最後の時までに、あの体に戻れなければ、あなたは天使になる事はできないの、約束して、それまでに必ず戻ると)

 「分かったよ。僕は必ず戻ってくるよ」

 (どうしても行くの?)

 立ち去ろうとする僕に彼女はもう一度聞いた。

 「僕は行かないといけないんだ」

 僕は最後に言って部屋を後にする。僕は階段を降りて家の扉を開ける。扉の向こうには眩しい太陽の光があって、僕は久し振りの眩しさに目を細める。

 こうして、僕は旅に出た。

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