最終話
エリカの退院の日。二階に初めて明かりがともりました。
クロがベランダを見上げると、背中に光を浴びたエリカが楽しそうに歌を歌っています。
――エリカ。
会いに行きたいけど行けない。もし自分が猫だとバレたら……。エリカに化物と呼ばれるのだけは嫌でした。
その夜エリカは遅くまでベランダに居ましたが、やがて寂しそうに部屋へと戻っていきました。
クロはエリカの悲しそうな顔を見ると、心が引き裂かれそうでしたが、やっぱり見ている事しか出来ませんでした。
毎日毎日、エリカはベランダでクロを待って居ました。その表情は日を追うごとに曇っていくようでした。
――もうここに来るのは止めよう。
クロはこれ以上エリカの悲しそうな顔を見たくありませんでした。
クロは最後にもう一度エリカを見上げると庭を出ようとしました。すると突然二階から声をかけられました。
「ねぇ、猫さんこんばんは。猫さん毎日来てるよね。ここで男の子に会わなかった?」
振り返って見上げると、クロを見つめるエリカの瞳は涙で濡れていました。
「私、嫌われちゃったのかな……」
呟くエリカの瞳から涙がこぼれるのを見た瞬間、クロは木に駆け登り溢れる感情を乗せて叫びました。
「そんな事ない! 僕はエリカが大好きだ!」
驚きで目が丸くなるエリカ。次に続く言葉を聞きたくなくて、クロは木から飛び降りると、一心不乱に走り出しました。
走って、走って、走り続ける間にも涙が溢れてきて止まりませんでした。やがて小さな公園に辿り着くと、クロは大声を上げて泣きました。
――僕には友達なんて出来ないんだ。ずっと独りぼっちなんだ。
涙はいつまでも溢れ続け、クロはいっそこのまま溶けて消えてしまいたくなりました。
その時でした。クロを呼ぶ声が公園に響きわたりました。
「クロ!」
もう一度呼びかける声にクロが振り返ると、そこにはパジャマ姿のエリカがいました。
その息はハァハァと乱れ、急いで追いかけて来たのがわかりました。
――何故? どうしてエリカは追いかけて来たのだろう……。
エリカは荒れた息を落ち着かせると、驚くクロに微笑みました。
「クロ、どうして逃げるの?」
「どうしてって……僕がエリカを騙してたから。僕が、僕が本当は化物だから。だから、だから……」
絞り出すように喚くクロにエリカは近づくと、優しく胸に抱き締めました。
「そんなこと無いよ。クロは化物なんかじゃない、私の大切な友達だよ。……ちょっと変わってるけどね」
エリカはの瞳は月明かりを照らして優しく輝いていました。その眼差しはクロの心を優しく温かく解かしていきます。
「エリカ……エリカ、エリカ!」
クロはエリカの胸に顔を埋めて叫びました。
相変わらず涙は溢れ続けましたが、それはもう苦しい涙ではありませんでした。
旅の終わり。
夜の公園。
青い月明かりの下。
クロはやっとで本当の友達を見つける事ができました。