第五話
あの日から数日。クロは別の町に来ていました。もう人間に声をかけるのは止めていました。また化物と呼ばれるのは嫌だったからです。
――あぁ、こんなんじゃ友達なんて出来ないよ……。
たとえ勇気を出して声をかけても、また騙されるかもしれません。どうしたら良いのか分からないまま、クロは歩き続けました。
そしてクロが花屋の前を通りかかった時でした。客の女性が、吊るされた籠に向かって、こんにちはと話しかけているのが聞こえました。
「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ。コンニチハ、コンニチハ」
籠を覗き込んで微笑む女性に答えたのは、若葉の色をした小鳥でした。
――今喋った! 人間の言葉だった!
驚いたクロは電柱の陰に隠れて耳をすませました。
「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ」
――僕の他にも人間の言葉を話す動物がいたなんて……。
信じられない気持でじっと見ていると、小鳥は狭い籠の中をピョンピョンと飛び回って、何度も何度も答えていました。
――可哀想に、あんな狭い籠に。鳥なら空を思いっきり飛びたいはずのに……。そうだ、あの小鳥も悪い人間に捕まっているんだ! 助けてあげなきゃ……。あの小鳥は僕と同じだ。きっとあの小鳥が僕の友達なんだ!
花屋の前から誰もいなくなると、クロはそっと鳥籠に近づきました。
「小鳥さん、こんにちは。君も悪い人間に閉じ込められているの? だったら僕が自由にしてあげる」
「ピーチャン、ジユウ、ジユウ」
小鳥は小さな頭をクリクリさせて答えました。
「僕はクロ。ねぇピーちゃん、自由になったら僕と友達になってくれる?」
「ピーチャン、クロ、トモダチ、トモダチ」
鳥籠の中をピョンピョンと飛び回るピーちゃんは、とても喜んでいる様に見えました。
「待ってて、今出してあげる!」
クロは背中を丸め、後ろ足に力を溜めて鳥籠を睨みました。お尻がヒクヒクするくらいに力を溜めると、鳥籠に向かって思いっきりジャンプをしました。あともう少しという所で爪は届きませんでしたが、次こそはとクロがもう一度背中を丸めると、突然ピーちゃんが暴れ出しました。
ピーちゃんはギャーギャーと叫び声を上げ、激しく鳥籠の中を飛び回ります。
「バカ! 静かにしろよ、見つかっちゃうだろ!」
クロが注意してもピーちゃんは暴れ続け、とうとう花屋の奥から店員が出てきてしまいました。
「こら、バカ猫! 何してる!」
怒った店員が近づくギリギリのタイミング、もう一度ジャンプしたクロの爪はなんとか鳥籠に引っかかりました。
ガシャンと地面に落ちた鳥籠からピーちゃんが飛び立つのを見ると、クロも急いで追いかけました。でもピーちゃんはクロを置いてどんどん飛んでいきます。
「ピーちゃん、待って、待ってよ。僕を置いて行かないでよ」
クロは振り返りもせず飛んで行くピーちゃんに呼びかけましたが、結局ピーちゃんはそのまま空に消えてしまいました。
「……そんな、何でだよ、約束したじゃないか!」
クロが青い空に向かって叫んでも答えは返って来ませんでした。そのままクロはずっと空を見上げていましたが、やがて夕日が沈み辺りが暗くなると、次の町へ向かってトボトボ歩き出しました。