第三話
そして待ちに待った初舞台の日がやってきました。クロの乗った台座が舞台中央に運ばれて、首輪に繋がれた太い鎖がジャラリと音をたてました。
台座が止まると、団長の前口上が始まりました。ケースのせいで周りは見えませんが、それではもクロは熱い視線を感じました。
「さあ皆さん! いよいよ本日のメインの出し物でございます。いにしえの昔、魔女につかえていた黒き猫。その使い魔の生き残りをお披露目致します!」
テント一杯に響くような歓声と共に、ドラムロールが鳴り響きました。そして観客達が息を飲み込んだ時、台座からケースが取り外されました。
最初に飛び込んできたのは眩しい光。眼が慣れると沢山の視線が、ジッとクロを見つめていました。クロが声を出せずに固まっていると、団長が肘でクロをつつきます。クロは慌てて台詞を喋り出しました。
「愚かな人間どもめ、我にこのような仕打ち……。我が魔法で災いを招くぞ!」
低く静かにテントに響く声。客席からは悲鳴やどよめきが上がりますが、そこに団長は言葉を繋げます。
「はははは、皆さんご安心下さい。この鎖をご覧下さい。教会の十字架を溶かした聖なる鎖、これがある限りこの猫は魔法など使えません」
ジャラジャラと音を立てる太い鎖を見ると、客席からどよめきは消え、後は好奇の視線だけが残りました。
それからもクロの振り撒く言葉に観客は沸き立ち、舞台は大盛況で幕を閉じました。
「クロよくやった、 なかなか良かったよ! おかげで皆大喜び、きっと明日から沢山お客が入るよ!」
団長はクロの頭をガシガシとすると、上機嫌でまくしたてました。
――良かった、こんなに喜んでくれた。友達が笑顔って、なんて嬉しいんだろう。
幸せな気分に、クロも満面の笑みを浮かべていました。
どの町での興行もクロは人気を呼びました。テントには溢れるほどの客が押し寄せ、順番待ちが長い列を作るほどでした。
団長はいつもニコニコの笑顔で、それはクロにとって嬉しい事でした。
そして今日もクロの出番がやって来ました。いつもの様に観客の視線が集中します。でもクロは、いつからかその視線が嫌になっていました。
観客がクロを見る眼は、他の演目を見ている様な喜びと興奮に満ちた物と違って思えてきたのです。確かに喜んではくれますが、その中に森の猫達と同じ好奇や蔑み、恐怖等が隠れて感じたのです。
「ねえ団長。僕もうやりたくない、あんな眼で見られるの嫌だよ」
「そんな事言わないで続けてくれよ。お願いだ、友達だろう?」
何度か団長に相談しましたが、お願いされるとどうしても断わる事ができません。クロは大切な友達の頼みだから……と我慢し続けました。