第二話
クロはそれから何度も二本足に話し掛けました。でも結果は同じ、誰もがクロを化け物と呼んで逃げて行きます。
――たとえ言葉がわかっても僕には友達は出来ないんだ……。
嫌な考えが頭に浮かんでくるのを掻き消すように、クロは何度も何度も声をかけました。
そして何度目の事でしょうか、ついに逃げ出さない二本足が現れました。
「お願い……僕の友達になって」
はじめは悲痛な声で喋るクロに驚いていた二本足でしたが、急に笑顔になるとクロを抱き抱えました。
「いいとも。友達になってあげるよ」
「本当に!本当に友達になってくれるの!」
夢のような返事にクロの声も弾みます。
「ああ、本当だとも…ただおじさんのお願いも聞いてくれるかい?」
「もちろんだよ!だって友達だもん!」
クロの初めての友達の頼みです。断るわけがありませんでした。
「人間の言葉が話せるなんて、クロはね、とても素晴らしい猫なんだよ」
二本足……人間のおじさんは顔いっぱいの笑顔でとても嬉しそうに言いました。
「さあ、まずは私の家に行こうか」
クロはおじさんに抱かれながらの道行で、目につく物を指差しては、これは何?あれは何?と何度も尋ねました。
おじさんはその度に優しく答えてくれて、クロに色々な事を教えてくれました。
やがて今まで見た何よりも大きな物が見えてきました。
「うわぁ!凄い大きいな……ねぇ、あれは何?」
「あれはね、サーカスのテントだよ」
テントの前に着くと、おじさんはクロをおろし、深々と頭を下げて一礼して、
「我がサーカス団へようこそ。今宵はどうかごゆるりとお楽しみ下さい!」
そう言ってにっこりと笑いました。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はこのサーカスの団長なんだ。これからは団長と呼んでくれよ」
団長は舞台の端にクロを連れていきました。
「もう少しで開演だから、そこの特等席で観ててごらん」
団長は準備をする団員達の中に入って、あれこれ支持を始めたました。
やがて沢山の観客でテントがいっぱいになると、いよいよサーカスが始まりました。
その光景にクロの目は釘付けになりました。
猫でさえめまいの起きそうな高さでの空中ブランコや綱渡り。クロの何十倍もありそうなライオンの火の輪くぐり。陽気なピエロのパントマイム等、見る物全てに胸が高鳴りました。
そして何よりもクロの心を捉えたのは観客の表情でした。
ブランコで手を離す度、綱渡りでふらつく度に、驚きと興奮に目を輝かせ、最後にテントいっぱいに響く拍手をする時には誰もが満面の笑みを浮かべていました。
「どうだいクロ、楽しいかい?」
いつの間にか団長が隣にいてクロに尋ねました。
「うん。凄いよ、楽しいよ! サーカスって凄いんだね、みんな凄い笑顔だよ」
団長は興奮するクロを抱きあげました。
「なら、クロもサーカスに入るかい? 実はね、お願いとはこの事なんだ」
「えっ、僕が? 嬉しいけど僕なんにも出来ないよ」
自分も観客を喜ばせて、沢山の拍手を浴びる。想像するだけで嬉しくなりますが、あんな事は出来そうにありません。
「大丈夫。クロはね、私の言う通りにしていれば良いんだ」
団長はクロを撫でながらニコニコと笑っていました。