第一話
猫のクロは猫なのに猫の言葉が話せませんでした。
クロは猫の森で、茶虎のお母さんから産まれました。
でも、兄弟の中でクロだけが黒猫で、猫の言葉が分からなかったのです。
はじめは自分でも気が付きませんでした。ただ誰に話し掛けても、困ったような顔で首を傾げるばかりなのが不思議でした。
クロも少し大きくなると自分が少し変わっている事に気が付きました。
「僕はどうしてみんなとお話し出来ないんだろう……」
他の兄弟はよその猫達と楽しそうに遊んでいるのに、クロが仲間に入れてと近づくと、みんなクロと目を合わせずに散り散りになってしまいます。
最近はお母さんもクロには近づかなくなりました。ただ時々遠くから悲しそうな視線をおくるだけでした。
そしてクロは一人ぼっちになりました。猫の森には、こんなにたくさん猫がいるのに、誰もクロを見てくれません。
「ああ…僕も友達が欲しいなぁ…」
広場で遊ぶみんなを見てため息をつきます。楽しそうな笑い声が聞こえてきて、最後に自分が笑ったのは随分前の事だと気が付きました。
「ここじゃない何処かに行けば僕とお話し出来る友達が見つかるかも……」
ほんの小さな思いつきでしたが、それはだんだんと素敵な考えに思えてきました。
新しい場所で初めての友達と笑い合う……。
考えるだけで口元がニマニマしてきます。
久しぶりに嬉しい気分になったクロは。本当に猫の森を出る事に決めました。
「お母さん、みんな、さようなら」
聞こえても何も通じないのはわかっていましたが、クロは広場に向けて頭を下げました。
顔を上げて森の外を見つめます。
きっと素敵な友達が見つかる。そう希望を抱いてクロは力いっぱい走り出しました。
どこまでも続く深い緑の中、降り注ぐ木漏れ日のシャワーに尻尾をくねらせながらクロは走り続けました。
頭上から聞こえる鳥達の声も自分を後押しするよう聞こえて、走る足にも力が入りました。
――待ってて、待ってて、僕の友達。今から会いに行くよ!
猫の森を出てから一週間、途中何度か猫に会いましたが、誰もクロと話す事は出来ませんでした。でも旅はまだ始まったばかりです。クロはただ前だけを見て走り続けました。
さらに三日、森を進むと、突然見たことのない風景が広がりました。
地面はまるで一枚の石のように硬くまっ平らで、脇には同じく石でできた木が並んでいました。
不思議な光景に戸惑ってキョロキョロと辺りを見回していると、二本足で歩く大きな生き物達がこちらに歩いて来ました。
クロは初めて見る生き物にいつでも逃げ出せるように身を屈めていました。
「あーっ、猫さんだー!」
「本当だ、猫だー!」
二本足達はクロを見つけると駆け寄って来ました。でもクロは逃げるのも忘れて耳をピクピクさせていました。
――今、ちゃんと聞こえた。何んて言ってるかわかった!
初めての事に胸がドキドキしてきます。
――やっと見つけた僕の友達……。
クロは嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
「猫さん、こんにちは」
頭を撫でられる感触はとても気持ちよくて、クロは目を細めました。そういえば誰かと触れ合うのは、小さな頃にお母さんが舐めてくれて以来だったのを思い出し、クロは久しぶりの感触を味わうように、ぐりぐりと頭をすりつけました。
そしてクロは大きく深呼吸をすると、緊張で震える声であいさつをしました。
「こ、こんにちは!」
クロが期待を込めて二本足の目を見つめてみると、その眼差しはさっきまでの優しそうな目ではありませんでした。それはまるで森の猫達の様な、クロの嫌いなものでした。
「ギャー! 猫が喋った!」
「お化けだー!」
二本足達は大きな悲鳴をあげると走って逃げてしまいました。
残されたクロは何が何だか分かりませんでした。ただあの目と化物という言葉がとても嫌で嫌でたまりませんでした。