「お前でいい」を喜ぶ私はもう居ません。
「どうせ、お前の両親はパトリシアに後を継がせる気が無いんだろ?」
カルステンに言われてアーデルハイトは苦々しい表情をしながらこくりと頷いた。
十歳の頃の話である。
バルテル伯爵家の跡取り娘アーデルハイトには見合いの話が持ち上がった。
しかし、家族が顔を合わせたとき、カルステンは長女のアーデルハイトではなく妹のパトリシアに恋をした。
と言うか誰でもそうなるのだ。
パトリシアは誰がどう見てもかわいらしく、十人の男性がいたら全員がパトリシアを選ぶぐらいには目を引く美しさを持っていた。
華かやな金髪に、大きな宝石のような青い瞳。目が大きく肌が白く、小さな唇は薄く色づき花びらみたいに可憐だ。
アーデルハイトは彼女がすれ違ったご婦人達に「あら、かわいい」と言われるのを何度も見ていた。
だから、カルステンがパトリシアと結婚したいと言うのは当然のことである。
けれどもパトリシアは跡取りではない。
カルステンとその両親はどうにかパトリシアを跡取りにして、彼女と結ばれたいし「美しい人間の方がなにかと得」などと主張しアーデルハイトの両親を説得していた。
しかしそんなことで、跡取りの地位を動かすことなど常識的にあり得ない。もちろん、アーデルハイトの地位もパトリシアの地位も変わらない。
それが不服なカルステンにアーデルハイトは責められていた。
「お父様も、お母様ももう、決まっていることだからって言っています」
「……はぁ……でも誰だって、思うだろ。婚約予定の相手と、その妹が並んでて、妹がとびきりかわいいならそっちが良いって」
言われてアーデルハイトは自分のことに置き換えて想像してみた。
とてもかわいい子とそうじゃない子が隣に並んでいて、そうじゃない方が自分の相手だと言われたら「いや、かわいいほうがいい」そう言うかもしれない。
「ハズレを引いたって思うだろ。……どうせ、姉妹だろ、外見以外たいした差なんてないんだから、変えてくれれば良いのに」
カルステンは忌々しげに言葉を吐き捨てた。
その態度は、婿入りする立場としては珍しい。しかし、それも両家の家格を考えれば無理はない。
彼は侯爵家の出身であり、一方の我がバルテル伯爵家としては、ぜひともその縁を得たいと考えている。
だからこそ、多少の要求であれば受け入れるしかない。
「……他の要求なら、のめる部分もあると思います。ただ長子相続はバルテル伯爵家の伝統なので……」
「……はぁ」
「……」
「わかった。なら、わかったよ。もういい」
そうしてカルステンは投げやりに言う。
「お前でいい。それ以外、ないんだろ」
アーデルハイトでいい、カルステンはそう言って妥協してくれた。
かわいいパトリシアとの未来を諦めてくれた。
だからアーデルハイトはそう言われて嬉しかった。
妥協でも、選んでくれたのだから。
自分が、誇れるような人間になればきっと、「アーデルハイトでいい」という言葉も変わってくるだろうと思って、いろいろなことを頑張っていこうと決意したのだった。
しかし、十六の春。
魔法学園から帰宅して、実家で過ごしていると、ばったりと妹の部屋からカルステンが出てくるところに遭遇した。
「……」
アーデルハイトはきょとんとして、パトリシアも驚いていたけれど、それからクスッと笑う。
「やだ、見つかっちゃった」
声は少し弾んでいる。彼女のそばに居るカルステンはバツが悪そうに視線をそらした。
「カルステン様、いいわ。行っちゃって、また会いましょうね」
「あ……ああ」
立ち止まったカルステンを促して、パトリシアは彼を返す。
それから、にこっと花が咲くみたいに愛らしく笑い、くりくりとした瞳をアーデルハイトに向けた。
「見られちゃったのは初めてね……でもそんなに驚くことぉ?」
「……だ、だって、まさか、考えもしていませんでしたから」
「考えても居なかった?」
「な、なんでこんなことを……」
「なんでぇ??」
動揺してうわずったアーデルハイトの言葉を面白おかしくまねて、パトリシアは「アハハッ」と軽快な笑い声を漏らす。
「なんでって、あの人が迫ってきたのよ? 結婚はお姉様でいいって妥協したけれど、愛までお姉様に与える義理はないもの。本当の愛は、お姉様よりずっとかわいいわたくしに」
パトリシアは自分の胸にそっと手を当てて頬を染めて微笑む。
彼女の緩くウェーブのかかった金髪がさらりと揺れる。
「普通のことじゃないのぉ。侯爵子息との結婚なんて、お姉様にはもったいない代物でしょう? なにより、わたくしを差し置いて、お姉様が選ばれるなんておかしいでしょう?」
「……」
「鏡を見たら?」
「……」
「持ってきてあげましょうか?」
「け、結構、です……」
アーデルハイトはつまり、思い上がっていたということだ。
妥協して結婚はアーデルハイトで良いと言ってくれただけで、たしかに愛してくれるとは言ってない。
筋は通っている。
最初からアーデルハイトは選ばれてなんか居なかった。妥協でも結婚してもらえるだけ温情なのだ。
だってこんなにかわいい子がそばに居るから仕方ない。
(「お前でいい」でも喜ばなくては、それが私が得られる最良の言葉……です)
呆然としながらそう自分に言い聞かせた。
「と、言うことがあったんです」
「は?」
「……え、と。面白くない話をして、すみません」
「いや、話それで終わり?」
「はい、おしまいです。まぁ、人生しょうがないことというものはあるものでして」
「いや、え?」
「……落ちが弱かったでしょうか」
「いや、落ちとかじゃないんだが」
長期休暇から学園へと戻った初日、せわしない午前中を終えて昼休憩。
なんとなしに教室へと戻る前に中庭の見えるベンチに座って、アーデルハイトとレオンハルトは話をしていた。
両親の口うるさい説教の話だとか、親類の集まりの話、そんなとりとめの無いことを友人として報告し合っていたが、そういえばと思い出してアーデルハイトはパトリシアとカルステンのことを話した。
きっと、「まぁ、あの妹が相手じゃ仕方が無いな」と言ってくれると思って、話し出したのだが、レオンハルトの反応はまったく想定外のものだった。
「仕方ないで、終わり? アーデルハイトはそれでいいのかよ」
「良い悪い、ではなく世の中そういうこともあるよなぁと思っています」
「いや、ない」
「……無くはないでしょう。人間すべてが自分で問題を解決出来るわけではないのです」
「いや、ない。仕方なくない」
「……困りましたね」
レオンハルトは、かたくなに意見を曲げなかった。
果たして彼はそれほど頑固だっただろうか。
今まで、そうと思ったことは一度も無かったのだが、急に頑固になったように思う。
(よっぽど、浮気が嫌いなのでしょうか……)
そんなふうに彼の態度を考察して見るが、真偽はわからない。
ただ、ふと彼が受け入れられない理由が思いついた。
レオンハルトはまだ、アーデルハイトとパトリシアが並んだところを見たことがないのだ。
だから、常識の範疇ならあり得ないと思っているのかもしれない。
「きっと見れば、わかって頂けると思いますよ。レオンハルト。あなたとはまだ、学園外では交流が無いので、パトリシアを紹介できていません。だからこそ、見たらこれは仕方が無いと言うと思います」
「いや、見ても、仕方なくないって言うが」
「見ていないのに決めつけはいけませんよ」
「いや、アーデルハイトだって見たら仕方ないって言うって決めつけてんだろ」
「……たしかに……」
あっという間に彼に論破されてしまって、アーデルハイトは困ってしまって頬に手を添えて首をかしげた。
そうはいっても、親類達や家臣貴族はそのように言うことが多いのだ。
だから見ればわかってもらえるはずなのだが……。
「ってか、なんでアーデルハイトってそんなに自分より妹が圧倒的に勝ってるって思うわけ」
「他人から見た客観的な評価がそれだからです」
「いや、そんな外見だけで評価するような人間の価値観なんか気にすんなよ。アーデルハイトはさ、もっと、なんつうの。なんつうか」
「けれど多くの人が価値をつけるものこそ価値が高い、と思いませんか? レオンハルト、それをたった一人の個人の評価だけをくみ取って自分に都合の良い解釈をつけるのは視野が狭いと思います」
「っ、いや……あー、もう」
「だから、多くの人が欲しいと思うパトリシアをカルステンが選ぶのもまた必然的だと思います」
「……っ、へ、屁理屈!」
「……そうでしょうか」
パトリシアが選ばれることがいかに当たり前かをアーデルハイトが説明すると、彼はアーデルハイトの理論に反論を出来ず、アーデルハイトのスタンスに物申した。
たしかに少々理屈をこねすぎたかもしれない。
しかし、事実として、アーデルハイトが言われた言葉の中で一番良いものは「アーデルハイトでいい」という妥協だけだ。
妥協の上での関係だ。
だから理屈としても現実としてもそれがすべて。
彼も見たらきっとわかると言う、その考えは覆らない。
でも、なにもレオンハルトのことを怒らせたい訳ではない。
「そうかもしれません。すみません。あなたを否定したい訳ではないんです。あなたはパトリシアに会っても仕方なくないと言ってくれる可能性は確かにあります」
「……」
「それを決めつけて、結論を急ぐのは喜ばれる行為ではありませんね。許してくれますか」
「…………っ、あ、謝られることじゃない!」
「そうでしたか」
「アーデルハイトは……っ…………君は」
レオンハルトは、なにか言いたいことがあるようだったが、言葉にならずに、彼は額を抑えて黙り込む。
「…………」
「レオンハルト?」
「……俺も、パトリシアに会いたい」
長考の末に、レオンハルトは実際に会ってみて結論を出すことにしたらしい。
もちろん、この問答をすんなり終わらせるにはそれが一番だ。しかし少々手間がかかる。
「……かまいませんよ。バルテル伯爵領地のほうに来てもらうことになりますが、それで良ければ」
「いい。そのカルステンとか言う男がいるときに呼んでくれ」
そうして、レオンハルトに妹のパトリシアを紹介することになったのだった。
次の休暇までには少し時間があったが、それまでは今まで通りレオンハルトと過ごし、夏頃実家で行われるパーティーへと招待した。
カルステンもパトリシアも参加する予定なのでちょうど良い機会だろう。
一足先に実家に帰り、もう隠すこともなくなったパトリシアとカルステンの仲睦まじさを眺めながらパーティーの日を待った。
当日、パトリシアは父にエスコートしてもらって、パーティーに参加したが寄り添って話をするのはカルステンとだった。
アーデルハイトは静かにカルステンの隣に腰を下ろして、あたりに少し気を配っていた。
(そろそろこちらに来てもおかしくないと思うのですが……)
開会直後は、彼も他の参加者に声をかけられたりして忙しいだろうが、しばらくすれば落ち着いてこちらに顔を出すはずだ。
「今日もパトリシアは言い寄られてたし、俺はやっぱり思うんだよ。結婚するなら、アーデルハイトぐらいの容姿でいいなって」
「お姉様みたいに地味なら、結婚しても安心だものね」
「そうなんだよ。それに自分の程度を自覚しているから物わかりもいいし」
パトリシアとカルステンは、先ほどパトリシアが声をかけられていたことを会話のきっかけにして、アーデルハイド程度でいいのだと一見アーデルハイトを持ち上げるようなことを言う。
同年代の貴族達は、昔からパトリシアとアーデルハイトのことを見てきた家臣貴族や親類が多い。
誰も、パトリシアの言葉に異を唱えるものは居ない。それはアーデルハイトも同じだ。
ただ幼い頃から当たり前にそれを受け入れてしまっている。
「本当、妥協して良かった」
カルステンは隣で小さく微笑んでいるアーデルハイトをチラリと見て、「ハッ」と馬鹿にするみたいに笑った。
ふとアーデルハイトは背筋を伸ばして顔を上げる。
向かいのソファーの向こうにレオンハルトを見つけた。いつの間にかほど近くまでやってきていたらしい。
会話も聞こえるような位置だ。パトリシアのことも見えているだろう。
きっと目を奪われて、頬を染めているに違いない。そう思ったのに彼は険しく真剣な表情をしていて、なんだか少しアーデルハイトは緊張した。
(この人……こんな顔することがあるんですね)
アーデルハイトは驚きつつも立ち上がって「レオンハルト」と声をかけ彼の下へと向かう。
カラカラと笑っていた二人もアーデルハイトの声に視線を向けて、レオンハルトのほうへと向かうアーデルハイトを見やる。
「……あれが、アーデルハイトの妹か?」
レオンハルトはチラリとパトリシアのことを見やって、問い掛ける。
「ええ、今、紹介を――」
振り返って、パトリシアとカルステンを紹介しようと言葉を紡いだが、途端、手を引かれてその場にとどまる。
瞬きの間に、レオンハルトはストンと片膝をついてアーデルハイトはぽかんとした。
加えて彼はそうしてアーデルハイトに跪いたまま、アーデルハイトの手のこうをぐっと額に押しつけた。
「!」
「俺は、君がいい!」
「えっ、レオン、ハルト?」
それはアーデルハイトだけではなく、その場に居た全員に聞こえるような声だった。
「頼む、俺はアーデルハイトが良いんだ、君以外考えられない。妹がなんだって言うんだ。俺は君の良いところをたくさん知ってる!」
「……」
「誰より勉強してて、努力家で、分け隔て無く男女誰にでも平等に接するだろ! 俺にも人にも、優しいし、穏やかで落ち着いてて、とても聞き心地の良い声をしてる!」
アーデルハイトは硬直して、ひざまずいたまま感情のこもる声をだし、強く手を握るレオンハルトを見下ろす。
「どれをとっても、どのときもアーデルハイトはいつも、俺に取って誰よりかわいらしい女性で、魅力的な人だ! アーデルハイトだけが俺に取って唯一だ!」
そうして、言い切ってから手を離して彼は顔を上げる。
立ち上がり、若干芝居がかった動きで、笑みを浮かべてレオンハルトはカルステンに視点を向けた。
「そんな君がこんな目に遭うのが当たり前なんて俺は思えない。俺はアーデルハイトがいいんだ。彼女じゃなければだめなんだ、妥協して選んだのなら譲ってくれよ」
「は?」
「だってお前は彼女を大切にするつもりなんかないんだろう? アーデルハイトじゃなくたって良いんだろ? 俺は、この人じゃなきゃ嫌なんだ、だから、婚約なんか解消してくれよ。俺はアーデルハイトがいいんだ」
そう、レオンハルトはカルステンに向かってまっすぐに言い放った。
『アーデルハイトでいい』じゃなくて『アーデルハイトがいい』。わざわざアーデルハイトを選び取るなんて。
アーデルハイトを望んでくれるなんて。
他の誰かと比べても、一番に思ってくれるなんて……。
そんな、とても魅力的な言葉がレオンハルトから放たれた。
「な、何言ってんだこいつ」
カルステンは困惑した様子で、薄ら笑みを浮かべる。
たしかにこんなところで突然、求婚したところでなんの意味も無い。
けれども、レオンハルトは、パトリシアに見向きもしなかった。
彼は、カルステンが動じなくても気にせずに「な、仕方なくないだろ」と言ってアーデルハイトを見やった。
レオンハルトはパトリシアを見た上でもアーデルハイトが劣っているとは思わなかったらしい。
そしてその最後の言葉で彼のやりたかったことがわかる。
「……」
きっとこうまで主張したのは、レオンハルトがアーデルハイトにわからせるためだろう。
パトリシアが優先されて、アーデルハイトが自分を選んでもらうことを諦めてそれを当然のように受け入れることは、世界の理なんかじゃない。
当たり前のことなんかじゃない。
レオンハルトは、こうして大勢の前でアーデルハイトの方が良いと言って証明してくれた。
この人は、たった一人だけれど、それでもアーデルハイトの大切な友人だ。
その友人がこう言っている。
(そうですね、レオンハルト。仕方ないことなんかじゃなかった。あなたは現にとても大げさに私のことを認めてくれたのだから。私を認めてもらうことはあり得ないことなんかじゃない)
彼のまっすぐな瞳がアーデルハイトを見てる。
それがなにより嬉しくて、氷のように凍っていた心臓を溶かして強く脈打つ。
「たしかに、そうです」
つぶやくようにレオンハルトを肯定した。
そして、これが当たり前ではないとわかったからには、今を抜け出さなくては。
「アーデルハイトでいい」を喜んで、妥協で選ばれるのを受け入れるアーデルハイトはもう居ない。
レオンハルトが変えてくれたから。
アーデルハイトは数秒思案してそれから、真顔でカルステンに言った。
「……カルステン様、たしかにレオンハルトの言葉は唐突な告白ではありましたが……本音を言います」
「な、なんなんだ」
「私も、私でいいと選ばれるよりずっと、私がいいと望んでほしい」
「え?」
「私でいいと妥協してくださらなくても結構です。本当に慕っていて想う相手と結婚することこそ幸せではないですか」
「……」
「私でいいと妥協する人なんて私はいりません」
カルステンは「は? ……いや」と言いよどんで、視線をあちこちに向けるが、誰も助け船を出さないし、そもそも何が彼に取っての助けなのか誰もわからない。
「一生私でいいと言われて生きる未来なんて私の望む結婚ではありません」
「いや、いやいや、ちが、違うんだよ」
「何が違うのでしょうか。私以外に選びたい相手が本当はいますよね」
「やっだから、そうじゃないだろ。ただっ、ただの言葉の綾? って言うか」
カルステンは、アーデルハイトでいいと妥協しないがしろにしていたのに実際にアーデルハイトが一番だと言う人が現れて、アーデルハイトがそちらになびくと、途端に焦った。
「ただちょっとした冗談、って言うか君でちょうどいいって話って言うか」
薄ら笑みを浮かべて、周りにそうだろとアピールするように言う彼だったが、明らかにレオンハルトが来るまでの雰囲気はそんなものではなかった。
「ぽっと出のそんな男になびくなんて、おかしいって。俺たち長いこと婚約してるし、付き合いの長いアーデルハイトならわかってくれるだろうと思って……」
「では、聞きますが。カルステン様」
しどろもどろになって言いつのる彼に、アーデルハイトはまっすぐに彼を見て言った。
「妹のパトリシアよりも、私がいいのですか? パトリシアよりも、私を愛している、のですか?」
そして、パトリシアを引き合いに出す。
横目で見れば、パトリシアの表情はひくっと引きつって「は?」と威圧するような声を出した。
しかし、アーデルハイトは引かない。
もう仕方ないとは思わない。
カルステンはどちらかを選ぶしかないのだ。
妥協で、適当にアーデルハイトをつなぎ止めて、本当に欲しいものも手に入れるなんて出来ない。
どちらかだ。
「……答えてください」
「お姉様がわたくしより優れているはずがないでしょう?」
パトリシアはアーデルハイトのまったく揺るがない態度に、カルステンに矛先を向けて、問い掛けた。
「っ、それは、その……」
「堂々と、言ってください。パトリシアよりも私を選ぶのか、そうではないのか」
「……カルステン様?」
二人の女性に詰められて、カルステンは顔を青くして、交互にパトリシアとアーデルハイトを見やる。
「…………っ」
その後、ゆっくりとカルステンは視線をそらして、小さな声で言った。
「ふ、普通に、アーデルハイトのほうが、いいって俺は前から思ってたんだよ」
「パトリシアよりも、私がいいのですね」
「あ、ああ」
確認を取ると、彼はそろりとアーデルハイトを見てこくりと頷いた。
そしてその途端、烈火のごとくパトリシアは怒り出した。
「はぁぁ??!! わたくしがお姉様より劣ってる訳がないでしょぉお!!」
苛烈な叫び声をあげて、パトリシアはカルステンにつかみかかった。
「そもそも、お姉様よりわたくしに惚れたから言い寄ってきたんでしょ!! お前から言い寄ってきたんじゃないの!! なんで今更お姉様を選ぶわけ!!」
「こ、堪えろよ! パトリシアッ! こんな場所でっ」
パトリシアは取り乱し、言ってはならないことを大きな声で暴露する。
もちろんアーデルハイトの想定内だ。
パトリシアには元々こういう部分がある。アーデルハイトよりも優先されないと酷く取り乱すのだ。
だから、カルステンはアーデルハイトにどちらか選べと言われた時点で詰んでいたのだ。
アーデルハイトを選んだら、パトリシアが彼を批判する。
そして必ず浮気関係のことを引き合いに出す。一方パトリシアのほうを選んでも、跡取り娘のアーデルハイトとの結婚はおじゃんになる。
そういう算段でアーデルハイトは彼に問い掛けた。
結果は出て、アーデルハイトはもうカルステンに縛られなくていい。
これほど派手に浮気が暴露されたのだから婚約なんか継続できない。
「お姉様よりもわたくしが劣ってる訳がないじゃない! 地味で不細工でさえない女なのに! なにがいいって、いうわけ!! 言ってみなさいよ!」
「っ、い、いや、俺は、だな」
「言い訳する前に訂正しなさいよ! わたくしのほうがずっとかわいくて、ずっと優秀だって! そもそも跡取りにふさわしいのだってわたくしでしょ! あなただってそう思ってるはずでしょ!?」
パトリシアとカルステンがぎゃいぎゃいと言い合う中でアーデルハイトはこれでレオンハルトに気持ちを示せただろうと、少しほっとしたのだった。
後日、カルステンは責任を取る形になってアーデルハイトとの婚約を破棄し、パトリシアと婚約を結んだ。
しかしパトリシアとの関係はあまり良くないらしい。
両親も今回の件でのパトリシアの行動を重く受け止めて、きちんとアーデルハイトに謝罪をさせて、これまで以上に教育に力を入れている。
そのストレスのしわ寄せがカルステンに行っていて、険悪になってしまっているらしい。
しかし、だとしてもパトリシアに言い寄ったのはカルステンなのだから、都合のいい言葉を言って姉妹のいいとこ取りをしようとした責任を彼が取るべきだろう。
きちんと二人の関係性は正しい形に整ったのではないだろうかと思う。
一つ問題があるとすればアーデルハイトの新しい婚約者だ。しかし、アーデルハイトは未だ魔法学園に在学中だ。
卒業後魔法使いの資格を取ってからならば、よりよい相手が見つけられるだろうと両親とも相談済みである。
その際に、先日のパーティーでアーデルハイトの目を覚まさせたレオンハルトのことを両親に聞かれたが、それとこれとはまた別の問題だろう。
レオンハルトの言葉は、アーデルハイトに気づきを与えるためのものであって、そこに恋だの愛だの結婚だのが入ってくると考えるのは自分に都合の良すぎる解釈だろう。
大方、友人として、唯一無二だからこそ、妥協で選ばれたことを喜んでいるのがかわいそうだったから手を貸した。
そんなふうに解釈していた。
なので、魔法学園に戻ってから、また忙しい午前中が終わって、昼の休憩。
中庭の見えるベンチにて、アーデルハイトはあらかたの事情を説明して、お礼を言った。
「と、言うわけで。うまくことは収まりましたし、私はあなたの言葉で救われました。ありがとうございます。レオンハルト……あなたのあの言葉がなければ私はずっと仕方が無いことだと諦めていたと思います」
改めて、気持ちを伝えて、アーデルハイトは小さく微笑んだ。
「……ただ、随分と派手なことをさせてしまったあげく、あんな調子ではあなたの婚活に影響が出かねません。これからは、社交の場に多く出てあなたの友人としての勇士を広めて、恩返し出来るようにしたいと思います」
レオンハルトは、少し目を見開いて、それからそらした。
「いかがでしょうか? 他に何か私にできる事があればなんでもおっしゃってください。それだけあのときのあなあには救われたんですから」
「……」
「……」
「……」
「…………っ」
彼からの要望を待って、アーデルハイトは、静かに彼のことを見つめていた。
すると、数秒後、小さく息を呑んで、レオンハルトはぐっと顔をゆがめた。
「!」
「えっ、俺。遠回しに振られてるよな? ぅっ ごめんっ、はっきり言ってくんね? 気持ちの整理がおいつかな、過ぎるっ」
その声は、小さく震えていて、呼吸が荒い。
瞳が、少しだけ潤んでいるみたいに見える。
「俺、アーデルハイトから見て、論外だったってことか?」
「……」
「いや、いいんだ別に。ってかそもそも、アーデルハイトのこともっと大事にしろよって、思ってやったことだったし!」
「……」
「だって、好きな女が「婚約してやってる」みたいな態度の男に不幸にされて、誰だって怒るだろっ。俺がピエロになったって、しあわせんなって欲しいじゃんか」
レオンハルトから語られる思いは、よく考えればとても筋が通っていて、まっすぐな気持ちだった。
むしろアーデルハイトの解釈がねじ曲がっているとも言える。
それは長年の卑屈のたまものかそれとも、無意識の防衛本のだったのか。
正直アーデルハイトは自覚がないし、わからない。
けれども彼を傷つけてしまった。それだけは事実で、とても複雑すぎる気持ちになって「すみませんっ」とつい短く謝った。
しかし言ってからこれでは意味がきちんと伝わらないと思って、訂正する言葉を考える。
けれど、ちょうどいい言葉が見つからなくて、アーデルハイトはレオンハルトの服の裾をぎゅっとつかんだ。
「あっ、あのときのことは! 友人として、とか、私に気づかせるために大げさに言った言葉だったのではなかったの、ですかっ」
「違うって、本音だ。本音、わかるだろ。好きだった。前から」
レオンハルトは、若干投げやりになって言う。もうその気持ちは実らないと諦めきったみたいな声だ。
「っほ、本当に?」
「嘘つくかよ。こんなことで」
「……」
「でも、俺は論外なんじゃないのか?」
「…………」
「……違うのか?」
レオンハルトはアーデルハイトの取り乱しようを見て少し声色を変える。
レオンハルトは、そっとアーデルハイトの頬にそっと触れて、問い掛けた。
「……うれ、しいです」
「……ほんとかよ」
「はい。確実に……レオンハルト」
今更、あのときの言葉が反芻されて、胸がぎゅっと締め付けられる。
彼が触れてる頬が熱くて、なんだかクラクラした。
「私のそばに居てくれますか」
そうして、熱に浮かされて聞き返したのだった。
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