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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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番なのに、選ばれませんでした

作者: 貧血みかん
掲載日:2026/04/16

 竜人の王族には『番』というものが存在する。

 それは、神殿の占いによって決められる運命の相手であり、唯一無二の伴侶。逆らうことは許されない。


 例えそれが、どれだけ気に入らない相手だとしても。



「これが、私の番だと?」思わず、笑いが漏れる。


 目の前にいるのは、ひどく痩せた人間の娘。

 薄汚れた衣服に、骨ばった腕。髪もパサパサで顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだ。


「………冗談だろう?」


 だが、神官は真顔で答えた。

「間違いございません。占いは絶対です」


 ⸻絶対。その言葉が酷く癇に障る。


「番を失えば、お前は完全にはなれぬ」

 王である父は、重く低い声でそう言った。


「……別の番が現れるのではないですか?」


「番は一人だ。代わりはいない」


 理解はできる。だが、納得はできない。

 こんなのが私の番だと?


 人間は弱い。加護を与えなければ簡単に死ぬ。

 守らなければならない存在? しょうもない。

 高貴な王族の血に、卑しい人間の血が混じるなんて、考えるだけで嫌悪感を覚える。


「……殿下、娘はどうなさいますか?」側近が問う。


 私は少し考え、そして呟いた。

「そうだな。良い遊びを思いついたぞ」


 視線の先には、もう一人の女がいる。

 私の仮の婚約者 リディア・フォン・ヴァルクス。

 高慢で気が強く我儘な女。

 だが、そこそこ美しく血統や家柄は申し分ない。

 少なくとも、あの痩せた人間よりは遥かにマシだ。


「リディアに任せようと思う」


「……ま、任せる……とは?」


「教育係だよ」つい口元が、歪んでしまう。


「あの娘を、王子の番に相応しいように躾ける教育係。それをリディアに頼むことにするよ」


 側近は一瞬表情を曇らせたが、何も言わなかった。

 どうなるかなど分かりきっている。

 傲慢なリディアが、番の娘を可愛がるはずがない。


 数日後、首輪を付けられ、地面を引きずられるように歩く娘を見かけた。

 鎖はもちろん、前を歩くリディアが握ってる。


「ほら、もっとちゃんと歩きなさいっ!」


 愉悦を含んだ声。娘は何も言わない。

 ただヨロヨロと歩くだけ。まるでペットだ。

 あまりにも予想通りすぎて失笑してしまった。


 噂が流れ始めたのは、それからしばらくしてからだ。


「このままだと、娘は死んでしまうのではないか?」


「首や手足に酷い痣があるらしいぞ」


「ムチで打たれているのを見た奴がいるらしい」


 ひそひそと囁かれる声。だが誰も庇おうとしない。

 それは当然だ。だって、私が命じたのだから。

 自分の番の教育をリディアに任せると。

 そして、もし番が死ねば彼女の責任にできる。


 傲慢で我儘な仮の婚約者。昔から好きではないのだ。

 貧相で脆弱な人間の娘。こちらは論外。

 これで両方片付くなら都合がいい。

 私にはもっと、従順で愛らしい女性が似合う。


 ある日、こっそり様子を見に行く事にした。

 ヴァルクス邸の中庭。そこに娘はいた。

 鎖に繋がれていて、首には噂通りの赤い痣が見えた。

 腕にも足にも縛られた痕が痛々しく残っている。


 だが、何かがおかしい。

 何がおかしいのかは分からないが、言葉では言い表せない奇妙な違和感を覚えるのだ。

 この感覚はいったい何だろう?


「本当に駄目な娘。これは、キツい仕置きが必要だわ。ねぇ、セレスティーヌ?」


 リディアの笑い声と鎖を引き寄せる音が中庭に響く。

 番の娘は地べたに這いつくばったまま、くぐもった声を漏らしている。そして何かを訴えるように、目に涙を浮かべてリディアを見つめていた。リディアは躊躇することなく彼女の顔を靴先で小突く。


 やり過ぎではないか? ふとそんな思いがよぎる。

 予想していたことだが、あまりにも惨めな姿を目の当たりにして、気分が悪くなってしまった。

 私は二人から目を逸らし、静かにその場を後にした。

 

 何故だか胸がザワザワする。

 もしかしたら、本能が反応しているのだろうか?

 一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに打ち消した。

 くだらない。穢らわしい人間の娘など、どうなろうと知ったことではないのだ。

 


 あれから三ヶ月が過ぎた。

 今日は、番を迎える正式な儀式の日。


 どうせ何も変わらないと、私はそう思っていた。

 だが、それは間違っていたのだ。

 儀式が終わった瞬間、世界が変わって見えた。


「……な、な、なんだ………………これは……?」


 胸が焼けるように熱い。

 視界の端に映る番の娘が、やけに輝いて見える。

 呼吸が乱れ、心臓がうるさい。


 私は、やっと理解した。番というものを。

 この気持ちを何と表現したらいいだろう?

 まるで切り離されていた半身に出会えたかのような、魂まで痺れる甘美な悦楽。


 どうしようもなく狂おしいほど、あの娘が欲しい。

 あの華奢な体を抱きしめて自分だけのものにしたい。

 骨の髄まで溺れさせて、私なしでは生きられない身体にしてしまいたい。


「あぁ………セレスティーヌ!!」


 我慢できずに番の名を呼ぶと、娘はビクリと震えた。

 私から距離を取り、怯えた顔でこちらを見ている。

 もう、その姿すら愛おしい。

 早く安心させてあげたい。私は君の番なのだから。

 

 そう言えば、人間は番という概念が分からないのだと神官が言っていた。

 でも大丈夫だ。全部、私が教えてあげよう。

 私の唯一無二の運命の番。

 あぁ、何て素晴らしい感覚なのだろう!

 今までの私は大馬鹿者だ。こんなにも素晴らしい番を邪険にしていたなんて……本当に信じられない。

 

 王族で良かった。心からそう思う。

 この番の愛おしさを知らない人生、それはもはや生きている意味すらないと断言できる。


「さぁ、セレスティーヌ……こっちにおいで?」


 私が手を差し出すと、横から邪魔が入った。


「殿下、彼女に何かご用ですの?」


 リディアが、にこやかに笑いながら立ち塞がる。

 その瞳の奥は1ミリも笑ってなどいない。


「セレスティーヌをこちらに」


「お断りしますわ!」即答だった。


「まだ、教育の途中ですもの。殿下が仰ったのですよ? 私に教育をするように、と」


 人を小馬鹿にしたような態度に舌打ちしたくなる。

 だが、相手が相手だ。

 今ここで、強引に話を進めるのは悪手。


 それなら別の手段を講じればいい。

 私は深夜、ヴァルクス邸に忍び込んだ。

 ここには私の手駒を数名潜伏させている。


 地下室の薄暗い鉄格子の奥、彼女はそこにいた。

 鎖に繋がれたままボンヤリと天井を見つめている。


「セレスティーヌ! 助けに来たよ!」


 思っていたより大きい声が出てしまい、少し焦る。

 そして、驚いた顔をした彼女と目が合った。


 深い緑色をした神秘的な瞳。なんて美しいのだろう。

 心臓が口から飛び出るのではないかと思うほど、ドクドクと大きな音を立てた。

 

 あぁ、一刻も早く君を助け出したい。

 こんな狭くて暗い場所ではなく、安全で幸福な場所へ連れて行くのだ。


 はやる気持ちを必死に抑えながら、用意してきた道具で鍵を壊し、重くて無機質な扉を開ける。


「私は君の番。だから安心してくれ。もう、こんな場所にいる必要はないんだよ」

 

 そう言って、彼女に手を差し出した。

 だが、彼女は動かない。ただ怯えているだけ。


「セレスティーヌ……こっちにおいで?」


 彼女を引き寄せようとした瞬間、大きな音がした。

 そしてそこには、笑顔を浮かべたリディアがいた。


「殿下、 そこで何をしていらっしゃるの?」

 小鳥のように美しい声だが、その響きには明確な怒りが宿っている。


「つ、番を迎えに来たのだっ! もう十分だろう?」


「十分?………何が、です?」 


「お前の遊びの時間は終わりだと言っているのだ。これ以上、彼女を傷付けるのは許さないっ!」


「ずいぶん勝手なことをおっしゃるのね?」


「私は彼女を……セレスティーヌを心から愛している。おそらく君には理解できないだろう。番とは、自分の命よりも大切な存在なんだっ!」


 気持ちが溢れて零れ落ちてしまいそうだ。

 リディアは、そんな私を見て大きなため息をついた。


「でしたら、本人に決めさせましょう」


「い、いいのか? 二言はないな?」


 私はしゃがみ込みセレスティーヌと目線を合わせる。


「もう怖がらなくていい。私が一生君を守る。死ぬまで愛し続けると誓おう。番とはそういうものなんだ」


 だから大丈夫。そんなに震えないでくれ。

 人間の君には分からないかもしれないけれど、これから時間をかけて理解してくれたらいい。

 私がどれほど深く真剣に君を想っているのかを。

 

 ⸻だが、セレスティーヌは私の手を振り払って、リディアの元に走った。


「…………へ?」


 目の前の出来事があまりにも不可解すぎて、自分の口から間抜けな声が漏れる。


 そして、私の番はリディアに抱きついた。

 甘やかな熱を帯びた視線で、二人は見つめ合う。


 な………何だコレは? 意味が分からない。


「見ての通りですわ。全て、殿下のおかげですの」


 ゆっくりとこちらを見てリディアが言った。

 セレスティーヌは、花びらのような小さな唇をリディアの胸に押し付けて、うっとりしている。


「セレスティーヌ、いけない子ね。そんなことを許した覚えはないわよ。キツイ仕置きが必要かしら?」


 リディアの冷たい声に、セレスティーヌは頬を紅潮させて体を震わせた。


「あぁ……リディア様っ!……どうか、この愚かな小娘めにキツイ仕置きを下さい……」


 美しい緑色の瞳を潤ませて、リディアに縋っている。

 私の愛しい番は、一度も私を見ることはなかった。

 立っているはずの場所が、ガラガラと崩れ落ちるような錯覚に襲われる。


「番を失えば、お前は完全にはなれぬ」

「番は一人だ。代わりはいない」


 父の警告が、呪いのように脳裏に響く。

 番とは唯一無二の伴侶。選ばれなかった私は、まるで魂を抜き取られたかのように耐え難い虚無に襲われた。

 おそらく一生、これから先もずっと、この欠落を抱えながら不完全な抜け殻として生きていくのだろう。





 最初は、もの凄く気に入らなかった。

 こんな貧相な人間が殿下の番だなんて。

 少し力を入れれば、すぐに壊れてしまいそうな弱くて脆い存在。


「君に、番の教育係を頼みたいんだ」

 そう言って微笑んだ殿下の意図はすぐに理解した。

 本当は、馬鹿にするなと怒鳴りつけてやりたかった。


 好きでこんな奴の婚約者になったんじゃない。

 クズで無能で女ったらしの最低な男。

 それでもいつか、王妃になれるのなら我慢しようと思っていたのに。

 

 むしゃくしゃして、番の娘を虐めた。

 バカ王子の思い通りになっている自分が、情けなくて悔しくて泣きたくなった。

 

 番の娘は、緑色の目で真っ直ぐに私を見つめる。

 弱くて脆い人間のくせに、私に何をされても怯えもしないし泣きもしない。本当におかしな娘。


 だんだん馬鹿らしくなって、首輪を外した。

 もう、何処にでも好きに逃げればいい。

 きっと私は罰せられるだろうけど、どうでもいい。


 だけど、娘は逃げなかった。

 それどころか、もう一度付けてほしいと首輪を差し出してくるのだ。本当におかしな娘だ。


 どうやらセレスティーヌは、私に鎖で繋がれているのが嬉しいらしい。

 少し強めに鎖を引くと恍惚とした顔をするのだ。

 人間は脆いので加減が難しい。

 傷が付かないように気を使いながら虐めるのは、とても疲れる。


 それでも、あの幸せそうな顔が見たくて、つい彼女の期待に応えてしまう自分がいた。

 怪我をした時は手当てをしたが、セレスティーヌは「リディア様に付けてもらった傷が消えてしまう……」と悲しそうな顔をした。


 こんなに必要とされたのは初めてだった。

 親も兄弟も親戚も友人も、さほど私に興味がない。

 私は都合の良い人形のような存在なのだ。

 望まれた役割りを問題なくこなせるのなら、別に私である必要もないのだろう。


 でも、セレスティーヌにとっての私は違う。

 彼女は私を心から必要とし依存している。

 それは、他の誰かではなく私でなくては駄目なのだ。

 きっとこれは『愛』というもの。

 セレスティーヌは私だけを愛してくれている。

 そう考えると嬉しくてゾクリと背筋が震えた。



 低温で溶ける蝋燭、傷を残さないムチ、柔らかい素材のロープと手錠、口を開けたまま固定するリング、媚薬、アイマスク、屈辱的な服………

 彼女が喜びそうな物を片っ端から購入していく。

 意地悪な言い回しや罵詈雑言、嘲笑、蔑み、卑下する言葉もたくさん覚えた。


 彼女は私に傷を付けられる事を好むが、私はなるべく彼女に傷を付けたくない。

 今後は、痛みではなく別の虐め方で喜びを感じるように躾けていこうと思う。


「リディア様、これを……」

 セレスティーヌは私に首輪を差し出してきた。


 これは彼女のお気に入りだが、家畜用のモノなので、硬くてゴワゴワした素材でできている。

 先日こっそり、肌を傷つけない守りの魔法を付与したのだが、気付いてないみたいでホッとした。


「セレスティーヌ、部屋を出ていいと許可した覚えはないのだけれど?」

 私が冷たい視線を向けると、彼女は顔を赤らめてブルリと震えた。 


「も、申し訳ございません……リディア様……」


「喋っていいなんて、誰が言ったの?」


 本当に困った娘だわ。脆くて弱いくせに、傷付けられることを望むだなんて。手加減をしなければいけない、こちらの身にもなってほしい。


 私は購入したばかりのムチをしならせながら、床にへたり込んでいるセレスティーヌを冷たく見下ろす。

 そして、とっておきの蔑みの言葉を送るのだ。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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ぷはっ!はたからみたら誰も幸せじゃないのに、二人が幸せなのが何とも言い得て妙。 まぁ浅慮な王子は空虚になって、戦力外にされたらいいんじゃいかな?王族は好色は許されても馬鹿は許されないよ☆
(スパダリについて考えたら、なんかキャラに対してド辛辣な感じになりました。 2回目のコメントですし、スルーor削除して大丈夫です。) 〉リディアがスパダリ 私個人的には、スパダリ「風」のキャラで…
SMレズカップル…。 世界は「それ」を愛とは呼ばない気はするが…、まあ、2人が幸せなら、うん…、良いんじゃないかなぁ~…。 その経済力を維持できるように、務めを果たすなら好きすれば…。 あ、超絶ド阿…
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