「養子に出された私が一番不幸なんだから、親の遺産は全部私のものよね?」そう言って乗り込んだら、妹たちに家族の縁を切られました
雨が降り続く午後、マリーゴールドは生みの親の家の戸を叩いた。
訪問することは前もって知らせを出していたが、宿泊は断られていた。
彼女は生まれてすぐ、裕福な男爵家へ養子に出された。
理由は簡単だ。
――金だ。
実親が子供を売ったのだと、マリーゴールドは信じている。
その育ての親も亡くなって五年、男爵家に遺された資産は少しずつ目減りしていた。マリーゴールドには資産を運用して増やすという発想がなく、ただ減っていく数字を眺めては理不尽な不安に駆られていた。
平民から見ればまだ十分に潤沢な蓄えだが、彼女の頭の中では、もう手遅れであるかのような恐怖が膨らんでいた。
「ゴールディ、お久しぶり。お父さんのお葬式以来かしら。……上がって。濡れるから」
扉の中に居たのは三人の妹たちだ。
次女のクロエは扉の横で立ったまま、マリーゴールドの濡れた服をちらりと見て、それだけで入室を促した。
三女のテッサマリーは眉を軽くひそめ、四女のサスキアは手を組んで静かに立っている。三人とも感情をあからさまに出さず、ただ淡々と姉を迎え入れた。
彼女たちは会う度に自分たちを「平民」と見下すマリーゴールドに対し、怒りも憎しみも抱いていない。
ただ、関わると自分たちの平穏が壊れると知っているから、「他人以上に他人」として接していた。
マリーゴールドは、その「無関心」に耐えられなかった。
(……何よ、その態度)
私は家族のために売られたのに。
彼女の脳内では、自分が養子に出されたのは「家族を支えるための自己犠牲」であり、自分こそが最も愛されるべき被害者だった。しかし、目の前の妹たちは、そんな彼女の「悲劇」に一ミリも関心を示さない。
マリーゴールドは腹の奥が煮えたぎった。
居間に入ると、そこには質素な食卓があった。薄く澄んだスープと硬いパンだけ。
「これ、お口に合わないかもしれないけれど。うちはこれしかないの。お葬式で物入りだったから…。
良かったら食べて」
クロエが淡々と言った。
マリーゴールドは歓迎されてないように感じ、カッと頭に血が上った。
「……これが客をもてなす態度? 私への嫌がらせなの?」
「え? 違うよ。本当にこれしかないんだ」
テッサマリーが困惑した顔をする。だが、その困惑すらマリーゴールドには「自分を疎かにしている証拠」に見えてしまう。
「……こんな食事で私を馬鹿にするつもり!?」
頭に血が上ったマリーゴールドは声を荒げる。
テッサマリーは眉をひそめ、サスキアは視線を落とす。
マリーゴールドはスプーンを握りしめ、投げつけたくなる衝動を抑えた。
机の上には、葬式の後片付けのままなのか、書類が積まれていた。
その中の通帳に目が止まる。
数字の列に心がざわめく。
「三千万ゴールド……あるじゃない!」
しかし怒りはすぐに増幅する。
(……あんたたちは、これを独り占めして、私を騙すつもりなのね!?)
「私はあんたたちを助けるために、養子に出されたのよ! この三千万ゴールドは私の人生の代金よ! 全部、私がもらう権利があるわ!」
マリーゴールドは拳を握りしめて叫んだ。
妹たちは黙って彼女の激情を眺めていた。
今まで彼女が帰ってくるたびに繰り返された、このヒステリー。何を話しても結局は聞かず、自分の被害妄想だけをぶつけてくる女。
彼女たちはもうずっと前から、マリーゴールドに言葉を尽くすことを諦めていた。
「……ゴールディ、その三千万ゴールドはね、お父さんがずっと貯めていたものよ」
クロエが静かに言った。
「あなたにはーー残されていないの。
『あの子は裕福な家に養子に出され、生活に困っていない。でも、お前たち三人には何もない。だから、お前たちで分けなさい』って、私たちに遺されたものなの。
私たちはあなたと違って、綺麗な服も買って貰えなかったし、食事も硬いパンと具のないスープばかりだったのよ」
耳を疑ったマリーゴールドの胸が張り裂けそうになった。
(……そんな……私に何も遺されていないだって……!?)
何か残されているはずだ――そう信じ込んでいた期待は、現実の前に粉々に砕けた。胸の奥がざくりと抉られ、言葉にならない怒りと悔しさが湧き上がる。
「うそ!そんなの、信じない。……私は捨てられたのよ!遺されたお金は私が捨てられた分、貰う権利があるはずよ」
声は震え、体も小刻みに震えた。
クロエが続ける。
「あなたは『自分の権利だ』って叫んで、権利ばかりを主張するけど、親のために何かしてくれた? お父さんもお母さんも体を壊して、思うように動けなくなってた、私たちはずっと介護してきたのよ。見舞いすら来なかったくせに。お父さんは倒れて亡くなるまで一年近くあったわよ。
…生きてる間に、会いに来て欲しかったわ」
テッサマリーが眉を寄せて低く言う。
「…お葬式の時ですら、お返しの品がないって、途中で怒って帰っていったよね」
サスキアは冷たく、だが静かに告げる。
「会う度に親の悪口ばかりで、捨てられた、捨てられた、って。
いつも自分の事ばかり、悲劇のヒロインみたいに言ってさ……」
クロエが言葉を継ぐ。
「もうたくさんよ。そんなにお金が欲しいなら、持っていきなさい。二度とここへ来ないで」
マリーゴールドは震え、足がふらつく。怒りと悔しさが全身を支配する。
(……どうして……こんな……!)
本当は家族の繋がりも欲しかった。
自分は一人で、妹たちは三人で仲良さそうにしてる。
その輪の中に、自分も入れてほしかった。
お金だって、先に教えてくれて、みんなで分けましょうって言ってくれてさえいたら、ここまで怒ったりはしなかった。
三人の輪の外に、自分だけ立たされている気がした。
マリーゴールドはそう思った。
「待って……私は、そんなつもりじゃ……」
「いいんだよ。ゴールディはいつもそうやって、誰かを責めてないと生きていけないんだよ」
サスキアが冷たく、どこか哀れむような目で彼女を見た。
「私たちはもう疲れたんだ。あんたのその、終わりのない『察して攻撃』には、もう誰も応えられない。
……さようなら、姉だった人」
マリーゴールドは、通帳を握りしめたまま、家の外へ放り出された。
妹たちは、彼女を捨てたわけではない。ただ、「もう家族としては扱えない」と、静かにドアを閉めたのだ。
雨の中、一人立ち尽くすマリーゴールド。
手元には念願の三千万ゴールド。これで今後の生活も安泰だ。
けれど、ドアの向こうから聞こえる、妹たちの「やっと終わったね」という、安堵のため息。
彼女はもっと文句を言おうとした。だが、自分の激情がすべてを壊したのだと理解したとき、喉の奥からはヒュッという虚しい音しか漏れなかった。
怒りと悔しさに震えながら、雨に濡れ泥にまみれたまま、マリーゴールドは立ち尽くした。
手の中には三千万ゴールド。
けれど――
もう、帰る家はなかった。
(完)
帰る家=家族ですかね。
男爵家自体はあるんで帰ればいいだけだし、家族も新たに作れば?って思います。
ただ、相手の気持ちや状況を汲めない限り、なかなか幸せにはなりにくいかな。




