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「養子に出された私が一番不幸なんだから、親の遺産は全部私のものよね?」そう言って乗り込んだら、妹たちに家族の縁を切られました

作者: 雛雪
掲載日:2026/03/18

雨が降り続く午後、マリーゴールドは生みの親の家の戸を叩いた。

訪問することは前もって知らせを出していたが、宿泊は断られていた。


彼女は生まれてすぐ、裕福な男爵家へ養子に出された。

理由は簡単だ。

――金だ。

実親が子供を売ったのだと、マリーゴールドは信じている。


その育ての親も亡くなって五年、男爵家に遺された資産は少しずつ目減りしていた。マリーゴールドには資産を運用して増やすという発想がなく、ただ減っていく数字を眺めては理不尽な不安に駆られていた。

平民から見ればまだ十分に潤沢な蓄えだが、彼女の頭の中では、もう手遅れであるかのような恐怖が膨らんでいた。


「ゴールディ、お久しぶり。お父さんのお葬式以来かしら。……上がって。濡れるから」


扉の中に居たのは三人の妹たちだ。

次女のクロエは扉の横で立ったまま、マリーゴールドの濡れた服をちらりと見て、それだけで入室を促した。

三女のテッサマリーは眉を軽くひそめ、四女のサスキアは手を組んで静かに立っている。三人とも感情をあからさまに出さず、ただ淡々と姉を迎え入れた。


彼女たちは会う度に自分たちを「平民」と見下すマリーゴールドに対し、怒りも憎しみも抱いていない。

ただ、関わると自分たちの平穏が壊れると知っているから、「他人以上に他人」として接していた。


マリーゴールドは、その「無関心」に耐えられなかった。


(……何よ、その態度)

私は家族のために売られたのに。


彼女の脳内では、自分が養子に出されたのは「家族を支えるための自己犠牲」であり、自分こそが最も愛されるべき被害者だった。しかし、目の前の妹たちは、そんな彼女の「悲劇」に一ミリも関心を示さない。

マリーゴールドは腹の奥が煮えたぎった。


居間に入ると、そこには質素な食卓があった。薄く澄んだスープと硬いパンだけ。


「これ、お口に合わないかもしれないけれど。うちはこれしかないの。お葬式で物入りだったから…。

良かったら食べて」

クロエが淡々と言った。


マリーゴールドは歓迎されてないように感じ、カッと頭に血が上った。

「……これが客をもてなす態度? 私への嫌がらせなの?」

「え? 違うよ。本当にこれしかないんだ」

 テッサマリーが困惑した顔をする。だが、その困惑すらマリーゴールドには「自分を疎かにしている証拠」に見えてしまう。

「……こんな食事で私を馬鹿にするつもり!?」

頭に血が上ったマリーゴールドは声を荒げる。


テッサマリーは眉をひそめ、サスキアは視線を落とす。

マリーゴールドはスプーンを握りしめ、投げつけたくなる衝動を抑えた。


机の上には、葬式の後片付けのままなのか、書類が積まれていた。

その中の通帳に目が止まる。

数字の列に心がざわめく。

「三千万ゴールド……あるじゃない!」

しかし怒りはすぐに増幅する。

(……あんたたちは、これを独り占めして、私を騙すつもりなのね!?)


「私はあんたたちを助けるために、養子に出されたのよ! この三千万ゴールドは私の人生の代金よ! 全部、私がもらう権利があるわ!」

マリーゴールドは拳を握りしめて叫んだ。


妹たちは黙って彼女の激情を眺めていた。

今まで彼女が帰ってくるたびに繰り返された、このヒステリー。何を話しても結局は聞かず、自分の被害妄想だけをぶつけてくる女。

彼女たちはもうずっと前から、マリーゴールドに言葉を尽くすことを諦めていた。


「……ゴールディ、その三千万ゴールドはね、お父さんがずっと貯めていたものよ」

クロエが静かに言った。


「あなたにはーー残されていないの。

『あの子は裕福な家に養子に出され、生活に困っていない。でも、お前たち三人には何もない。だから、お前たちで分けなさい』って、私たちに遺されたものなの。

私たちはあなたと違って、綺麗な服も買って貰えなかったし、食事も硬いパンと具のないスープばかりだったのよ」


耳を疑ったマリーゴールドの胸が張り裂けそうになった。

(……そんな……私に何も遺されていないだって……!?)

何か残されているはずだ――そう信じ込んでいた期待は、現実の前に粉々に砕けた。胸の奥がざくりと抉られ、言葉にならない怒りと悔しさが湧き上がる。


「うそ!そんなの、信じない。……私は捨てられたのよ!遺されたお金は私が捨てられた分、貰う権利があるはずよ」

声は震え、体も小刻みに震えた。


クロエが続ける。

「あなたは『自分の権利だ』って叫んで、権利ばかりを主張するけど、親のために何かしてくれた? お父さんもお母さんも体を壊して、思うように動けなくなってた、私たちはずっと介護してきたのよ。見舞いすら来なかったくせに。お父さんは倒れて亡くなるまで一年近くあったわよ。

…生きてる間に、会いに来て欲しかったわ」


テッサマリーが眉を寄せて低く言う。

「…お葬式の時ですら、お返しの品がないって、途中で怒って帰っていったよね」


サスキアは冷たく、だが静かに告げる。

「会う度に親の悪口ばかりで、捨てられた、捨てられた、って。

いつも自分の事ばかり、悲劇のヒロインみたいに言ってさ……」


クロエが言葉を継ぐ。

「もうたくさんよ。そんなにお金が欲しいなら、持っていきなさい。二度とここへ来ないで」


マリーゴールドは震え、足がふらつく。怒りと悔しさが全身を支配する。

(……どうして……こんな……!)


本当は家族の繋がりも欲しかった。

自分は一人で、妹たちは三人で仲良さそうにしてる。

その輪の中に、自分も入れてほしかった。


お金だって、先に教えてくれて、みんなで分けましょうって言ってくれてさえいたら、ここまで怒ったりはしなかった。

三人の輪の外に、自分だけ立たされている気がした。

マリーゴールドはそう思った。


「待って……私は、そんなつもりじゃ……」

「いいんだよ。ゴールディはいつもそうやって、誰かを責めてないと生きていけないんだよ」

サスキアが冷たく、どこか哀れむような目で彼女を見た。

「私たちはもう疲れたんだ。あんたのその、終わりのない『察して攻撃』には、もう誰も応えられない。

……さようなら、姉だった人」


 マリーゴールドは、通帳を握りしめたまま、家の外へ放り出された。

 妹たちは、彼女を捨てたわけではない。ただ、「もう家族としては扱えない」と、静かにドアを閉めたのだ。


 雨の中、一人立ち尽くすマリーゴールド。

 手元には念願の三千万ゴールド。これで今後の生活も安泰だ。

けれど、ドアの向こうから聞こえる、妹たちの「やっと終わったね」という、安堵のため息。


彼女はもっと文句を言おうとした。だが、自分の激情がすべてを壊したのだと理解したとき、喉の奥からはヒュッという虚しい音しか漏れなかった。


怒りと悔しさに震えながら、雨に濡れ泥にまみれたまま、マリーゴールドは立ち尽くした。


手の中には三千万ゴールド。


けれど――

もう、帰る家はなかった。


(完)

帰る家=家族ですかね。

男爵家自体はあるんで帰ればいいだけだし、家族も新たに作れば?って思います。

ただ、相手の気持ちや状況を汲めない限り、なかなか幸せにはなりにくいかな。

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