気持ちが溢れ出す先輩
ふとした瞬間に、あぁ好きだな、愛しいな、なんて、こんな気持ちが溢れ出すことが、よくあって。
ただ、一緒に仕事をして、一緒の時間を共有する同僚でしかないはずで。
こんな気持ちが溢れ出すことだって本当はないはずなのに、、、だけど溢れる瞬間があって、苦しくなる。
だってこの気持ちを伝えるなんて考えられないじゃない。嫌われるなんてわかること、しないでしょ。
そう、思ってるんだけど。。。
「ねぇ、その資料どこまで進んでる?確か、かなり面倒な作業もあったと思うんだけど、明日までに必要だって、課長が急に言い出してて…」
「え?!この資料ですか、、、?いえ、まだぜんっっぜん取り掛かれてないです…期日がまだだったので他の早い分から始めてました…この後やるなら、早くても8時過ぎるくらいですかね。。。」
「その後確認して、修正入って、、、なんてなると、9時・10時コースね、、、」
時計を見ると今は3時。何故に今になって言うのか、管理職の管理能力、ホント終わってるわ、なんて心に思いながら、あの子にやれるとこまでお願いをして。
「ごめんなさい、私この後打ち合わせがあるから。申し訳ないけど今から作業に入ってほしいの。先に出来るとこまででいいから進ませてて?その後一緒にやるから、、、」そう言って、一度席を立って。
「うー、この時間に残業確定って、もう絶望感半端ないですね、、、」
「ほんとに、ごめんなさいね。私1人にはどうしようもなくて、先に帰ってもいいから、出来るとこまで協力おねがい。」
「そんな、元々私に任されてた仕事なんですから、私がキチンと始めてれば早く終わったかもしれないのに、、、最後まで私作りますから。」無理しないでね、って声を掛けて、貴女のせいじゃないからって、伝えて。バタバタと私は打ち合わせに入った。だけど会議中、もっと安心させるように「気にしないで、大丈夫よ」って声を掛ければよかったなって、モヤモヤしながら話を聞いてたから気もそぞろになってしまった。こんなのなら、最初からこの打ち合わせも参加なんかしなくても良かったかもしれないな、なんて思ったり。この打ち合わせだって、そんなに必要性があるのかわからないものだって思ってたから、、、
だから私は、ただあの子のことが心配で、それしか頭にないって言うのも酷い話だけど、終わったと同時に会議室の扉を開けてお先に失礼しますって、飛び出して行ったから多分私不審だったんだろうなって後で思って。。。
カチャカチャカチャカチャと、キーボードの音を鳴らしながら打ち込んでいるあの子。あんなにキーボード打ち早かったんだ、なんて感心しながら。いつもの倍は音が速いな、なんて驚いて。ああ、そんなことより私も早く作業に取り掛からなきゃ、って思っていたはずなのに。
後ろから覗く首筋にドキッとして、こんなこと思っちゃうなんて、って焦りながら進捗を聞かなきゃって近づいてしまっのが失敗だった。
だって、その後ろ姿が音に気づいて振り返るなんて、当たり前のことなんだけど、その瞬間にみえるあの子のピアスが夕陽に照らされ反射して、あの子がいつもと違う女の子に見えてしまって。私の知らない蠱惑的な美しさを晒してくるから、あぁ綺麗だな、なんて思ってしまった。だけど、そんな言葉、出してしまったら気持ちが悪いじゃない。だから、「あ、その。。。今、どこまで進んだ?」って絞り出して話し掛けた。あの子は少し怪訝そうな顔をしたけど、「すみません、先輩。思った以上に数字の洗い出しが面倒で、まだそんなに進めてないです。」しょんぼりと分かりやすい顔をして私に報告してくれるあの子に謝らせてしまった。貴女は何も悪くないのに、、、って伝えたくて。「大丈夫、こんなことよくあるから。というか、よくあっても困るんだけど、貴女の時間が許す限り、一緒に作業お願いしていい??」
「そんな!私の仕事だったんですよ。私が作業、先輩にお願いしなきゃならないんです。。。ごめんなさい、作業遅くて手伝わせてしまって…」
「そんなことないわ。貴女はよくやってくれてるから。一緒に頑張りましょう?」これ以上、慰めようとしても、この子は人一倍責任感あるから余計萎縮しちゃうって思って、作業することを優先することにして。2人で黙々と進めていって。
カチャカチャと、キーボードの音だけが響くオフィス。時間が8時を示そうとしてて。「あぁ、もう直ぐ8時ね。そっちはどう?」「あと少しで終わります。」「すごい。時間どおり終わりそうね。それが終わったら片付けて帰りましょう?」よかったって、思ってにこりと笑ったらあの子。「先輩、この後確認作業入るんですから、帰れませんよね?」あの子がジトって聞いてくるから、「そうね。その作業終わったら帰るから貴女先に帰りなさい。」って返したらあの子ったら。
「2人で分担したら早いじゃないですか。なんでそんなこと言うんです?」ちょっと怒った顔をしてあの子が言ってくるから、「だって帰れる時には帰らないと身が保たないでしょう?それに、貴女のせいじゃないから、キリのいいところで帰りなさい。」そう、命令口調で言ったのに。
「それは、先輩だって一緒じゃないですか。私のできる作業、まだあるんですから、その箇所はちゃんとやります。」なんて、当たり前のように返してきて、ああ、ほんと、この子ったら、頑固なんだから、なんてため息をついてしまって。そしたら、あの子、ズイっと私の目の前に顔を突き出してきて、「ため息なんてついて酷いじゃないですか。」って怒ってきたんだけど、そんなことよりあの綺麗な顔が目の前にある私はびっくりして「ちょ、ちょっと!近いじゃない。わかったから、離れて!」って少し大きい声出してしまって。「そんなに大きい声で言わなくても聞こえてますよー。それに、私近づきすぎてないと思うのに、私みたいな変な顔は見たくないってことですか?ひどい、先輩。」なんて、言うから、ちょっと揶揄い口調の気はしたけど、焦った私はこの子を悲しませたくないって、考えちゃったから、余計なことを言ってしまって自分に驚いた。
「そ、そんなことないわよ。貴女は綺麗なんだから、見たくないなんてこと、、、、」途中まで言って、やってしまったって気づいたから。最後が尻すぼみになったけど、どうにか絞り出して「……いえ、貴女の顔が綺麗かなんてどうこうの話じゃなくて、ただ、パーソナルスペース的に近すぎない?って言いたかっただけよ。」なんて言い訳して。「そ、そうですか?それは、すみません。ちょっと近すぎましたかね??」って気を遣って返してくれた気もしたけれど、これはまぁ、気付いてないフリをしてやり過ごして。「とにかく、貴女が無理する必要はないから、今日は切り上げなさい。明日も仕事は沢山あるんだから、休める時に休まないと。」「それは、先輩にも言えますけど、これ以上言っても覆さないですよね、先輩頑固だから。」酷い言い草。貴女の方が頑固だわって言う気持ちをグッと飲み込んで。「そうよ、私は貴女を帰したいんだから、帰りなさい。」
「分かりました、先輩のお言葉に甘えて帰るので、次からは絶対に、最後まで一緒に作業しますからね。」そう、あの子が凄むから、「えぇ、状況次第ではお願いするから、その時はよろしくね。」と濁しておいたけど、聡いあの子は気づいてしまってるわね。ジト目をして「次は私の意見、聞いてくださいね。」なんて言葉を寄越して。
「それじゃぁ、本当に申し訳ないですが、お先に失礼します。」ぺこりと頭を下げて帰って行くあの子の後ろ姿、やっぱり、その姿だけで愛しさが溢れてくる。ああいつか、この気持ちが溢れて貴女に好きと伝えてしまいたい、そんな危険なことを考えたり。だけど、伝えることは、怖くて。溢れ出てしまうことが、怖くて。
はあ、今日は特に危なかったけれど、これ以上、余計な言葉が溢れ出ることなくて済んだわ、なんて心の中で呟きながら、この後の長い夜を、オフィスで一人、私は過ごした。
ああ、びっくりした。先輩が急に綺麗、なんて言うから、私のことを言っているのかな、なんて、気持ちが浮かれそうになったのに。なんだ、ただの聞き間違えかってわかったら気持ちが萎んでしまって。だけど少しは実りがあったかなって得した気分にもなれたから、落ち込むことまではなくて。
だって、仕事の負担をいつもみたいに全部持っていこうとする先輩に、物申すチャンスを見つけた私が目を見て話しただけなのに。パーソナルスペースが狭いなんて言うから、気持ちは萎んだけれど、近くで薫る先輩のコロン、優しい香りでこの香りが先輩なんだ、って知れたし、まつ毛が綺麗に上を向いて長いことも知ったから、少し得した気分になっちゃった。
あぁ、ちょっと自分が変態みたいだなって、思ったけれど、間近で見れる特権は、今は後輩の私だけのものだから、この間は許してほしい、って思ってもいいでしょう??なんて私は誰に言い訳してるんだろう?
本当に、先輩への気持ちがどんどん溢れて、止まらなくなってきている。もっと、もっと、貴女のことが知りたくなる、そんな私の気持ちを早く、止めてほしい。なくして、ほしい…
いつか、愛していると、伝えてしまう、そんな思いが、止められなくて、知られてしまうのが、とても怖くて。




