刹那的季節感
「来年もまた見に来ようよ。ね。」
先の約束をするのが苦手だった。
叶わないことが多いし、忘れることのほうが多いから。
その時の感情に流されて、できもしない約束をするのが苦手だった。
昨年した約束が果たされることはなかった。
昨年。
気温の緩急が落ち着いて桜がちらほら咲いた頃に君と出会って
雨が降り始める前に君はいなくなった。
どういう経緯かはもう覚えてはいなけど、いわゆる”都合の良い関係”になって春を過ごした。
週末にどっちかの部屋に行って、ネトフリでひとつのドラマをいっきに見たり、何をするわけでもなく部屋にいたり。
切り取ることができるのなら、美徳に感じ憧れる大学生とかでてくるんじゃないかって思うほどに、ゆっくりとした時間で深く濃い時間が流れていた。
「はぁ」
君の口からもれるため息は、構ってほしいの合図だった。
「なーに、また文句言われたの?」
「いやさ、ここ来る前に、コーヒー買いに行ってたのね」
「うん」
彼女の価値観が好きだった。
ベットで横に並んで座り、彼女のほうに顔だけを向ける。
彼女の手に持つアイコスはまた新しいものだった。
またどこかに忘れてきたのだろう。
「このアイスコーヒーのトールサイズ…って伝える練習をしてたの」
「もう暖かいもんね。アイスコーヒーおいしくなる時期だね」
「そうそう。普段いかないお店だったから、間違えて”レギュラー”って言わないように、練習してたのね」
「うん」
「そしたらだよ。大学生…くらいのやつが」
行ってたのね。練習をしてたの。お店。
柔らかい物言いをする彼女が、”やつ”と言うぶっきらぼうな言い方をするのも好きだった。
「やつ…」
「ちょっと、なに笑ってるのよ。わたしは今、怒った話をしてるの」
「すみません」
「それでね」
ふぅ。と吐いた煙がただよって部屋に溶けた。
この匂いが好きだった。
「その大学生くらいのやつが、横入りしてきて、しかもふたり!」
「ふたりも」
「そうなの。だから文句言おうにも言えなくって。今なんか思い出しちゃってイラついた」
「賢者タイムやめれる?」
「うるさい」
手慣れた手つきで二本目を吸い始め、煙がまた部屋に溶ける。
「天気良いしさ、桜見に行こうよ」
マイペースさも好きだった。
中目黒にある有名な桜通りで、ところどころ咲き誇る桜を見て彼女は笑っていた。
僕のスマホで写真を何枚も撮り「エアドロ!エアドロ!」と手間を強要した。自分ので撮ればいいのにと、今までで10000000000回は思ってる。
「来年もまた見に来ようよ。ね。」
彼女の「ね」には僕の拒否するという選択肢を選ばせない力があった。
「覚えてたらね~」
「いや覚えとけよ。わたしたち友達だろ~」
ゴールデンウイークに入ると桜も葉桜に変わり始め、また新しい顔を見せてくれるようになった。
環境も変わり、毎週のように会うことがなくなり、次第に彼女とは疎遠になった。
明確ななにかがあったわけじゃない。ただそういう流れだっただけ。
どちらかがひとこと連絡するだけで、変わっていたかもしれない流れのように感じた。
そうしていつの間にか彼女のことを忘れていた。
そして桜が咲き始めたころ、今度は一人で桜を見に行った。
約束のことを思い出したからではなく、たまたまその路線を使ってて、車窓から見える桜が綺麗だったから降りただけ。
桜を見ると彼女の吸っていた電子タバコの香りが脳裏によぎる。
吸うより嗅ぐほうが好きかもなとアイコスを握って思った。
「約束を思い出すのってなんか女々しいかもな」
そう思い、果たされない約束を煙とともに吐き出した。
「あれ、タバコ吸い始めたの。てか家行ってもいないからさ、探した」
そんな出会いあんの?ってくらいの出会いだった。まるで作り話のような。
「久しぶり」
「久しぶり、元気だったよわたしは」
「僕も元気だったよ。肺は元気じゃなくなったかも」
「わたし禁煙中~」
「吸う?」
「うん」
彼女が吐いた煙は、空に吸われていった。
「よし、家行こう」
「どっちの」
「わたしの。いろいろ話したいでしょ」
「別に興味ないかも」
「はぁ」
始まった。
「また来年も桜見に来る?」
「わたしは毎年来るけど?」
「はいはい。」
また流されて先の約束をしてしまう、成長しない僕に来年の僕は笑うだろうか。
「吸わせて」
「歩きたばこ禁止」
「はぁ」
「今年は葉桜も一緒に見よう」
「花火もよくない?」
「紅葉もいくか」
「除夜の鐘も聞きにいきたい」
季節が一瞬で巡る予感がした。
もう冬ですね、あたたかくお過ごしくださいませ




