1-9 魔王の思惑
聖剣と共に旅を続ける中、自分ではない何者かが俺に囁きかけるようになった。聖剣との同調が進むとその声ははっきり聞こえるようになり、俺は「理解」した。
勇者と聖剣と魔王の役割、そして、勇者が“勇者でなくなる”方法。
思い出すだけで、背筋が寒くなる知識。
全ては神と呼ばれる者が信仰を集めるために創り出したシステムだった。
――聖剣は魔王を封じる檻
――勇者は聖剣に魔力を注ぎ、封印の力
を供給する装置
――魔王は人類に恐怖を与え人々の信仰を強固にする小道具
聖剣は何年も魔力を蓄え、勇者が死んだ時にはその魂を最後の魔力に変換して百年は封印を保てるはずだった。だが、その仕組みの盲点を突けば、役割を外れ聖剣を手放すことができる。
神託のパーティー「勇者本人を含む全員」が勇者を否定することにより勇者剥奪の条件を満たすのだ。
突入の前夜、俺は密かに魔王に接触し取引を持ちかけた。
「俺はお前を滅ぼす気はない。だから俺には害を為すな。その代わり他の者たちは好きにして構わない」
魔王は喉元で笑い、その手に魔石がはめられた腕輪を顕す。
「よかろう。礼としてお前に良いものを与えよう。その腕輪はお前の余剰の魔力を、聖剣の代わりに吸収するものだ。精霊を見つけ、その魔石で飼えば良い。勝手に魔力を吸い続けるだろう」
取引を持ちかけられたとき、魔王に一つの計画が頭をもたげた。
勇者が死ねば新たな勇者が生まれるが、一度勇者の称号を得た者は――称号を失っても、死なない限り次代は生まれない。
腕輪は、勇者を不死にする“鎖”。次代の勇者を生まれさせぬための秘策だ。神も魔王も嘘はつかない。ただ、全てを語らないだけだ。
貴族も、教会も、仲間も、そして自分が助けたはずの平民達も――俺を嘲る者たちの顔が浮かぶ。
嫉妬、無理解、傲慢、侮蔑。
俺には、もう世界なんかどうでもよかった。




