5-5 焦る神
――神のラボ。
そこは聖域ではなく、神のラボ"製造工場”だった。
外界に放つための勇者因子、そして魔族の根源たる瘴気発生装置が、この場所で循環している。
神の存在を維持し、信仰を増幅するためのシステム。
管の一本一本が、外界とこの場所を繋ぐ血管のように脈打ち、
光る液体が“祈り”の代わりに流れ込んでいた。
神は浮遊するターミナルの前に座っていた。
その指先が虚空のキーボードを叩くたび、空中に新たな球体が生まれ、
黄金の光が一つ、また一つと生成されていく。
「……勇者の因子、複製進行率43%。
でも発芽しないんだよねぇ~……」
軽い口調に反して、声の奥には焦りが滲んでいた。
神は足を組み、退屈そうに液体の波紋を眺める。
「まぁ、原因は分かってるんだけどさ。
元勇者がまだ生きてる限り、新しい勇者因子は起動できない。
システムの仕様だよ、これ。」
軽く笑いながらも、その笑みはどこか苛立っていた。
「勇者なんてさ――聖剣に魔力を流し込むための発電機みたいなもんでしょ!?
なんで勝手に聖剣手放して、生きてんの!?
あれ、完全に封印維持用のリソースでしょ!? 仕様外もいいとこ!!
聖剣とリンクが切れた勇者は、魔力暴走を起こして消滅するようにプログラムされてて
それで魔王が復活して、また封印されて、また勇者が生まれて……
そうやって世界は回ってきたじゃないか!
あれで良かったんだ、あれが“完璧”なシナリオだったんだよ!」
声が次第に掠れ、神は額を押さえる。
視界が霞み、記録の中の勇者たちの死が走馬灯のように再生されていく。
幾百の勇者、幾万の死。
祈りのために、信仰のために――それは神にとって“必要経費”だった。
神は宙に浮かぶログをスクロールしながら、
独り言のようにため息をつく。
「管理者権限でも修正できないとか……あり得る?
僕、神だよ? 神なのに?」
試しに数行のコマンドを叩くが、モニタの表示は変わらない。
《アクセス拒否:ルート権限がロックされています》
「え?……誰がロックしてんの?」
沈黙。
そして神は、こめかみを押さえた。
「コンソールもモニターも僕の一部じゃん!
ましてや演算は自分でやってるようなものでしょ!?
何で外部からアクセスできるのさ! 絶対おかしいよね!?!」
声が次第に上ずる。
焦燥と怒りと、そしてほんの少しの“恐怖”が混ざっていた。
「存在が消えかかってる……ま、まだ大丈夫。
こっちは“魔王β版”で十分だし。
勇者のコピーは……まだ光の塊で使いものにならないし。」
そう言って、球体の中の黄金の光を指先で弾くように眺めた。
波紋が小さく広がり、再び静寂が戻る。
そのとき――神がふと顔を上げた。
眉が跳ね、口角が引き攣る。
「……まさか、そんな。」
脳裏を貫くような感覚。
瘴気発生装置――あの黒き球体の気配が、突然、消えた。
「マジか……マジで?」
虚空のログが一斉に赤く染まる。
《プロトコル切断》《瘴気制御中断》《対象データ消失》




