2-2 森の泉
世界が始まった時、最初に顕現したのは一柱の精霊だった。永劫とも思われる月日を重ね精霊は6つの権能に分裂した。
土は大地を創り、水は海を生み出し、火は寒暖を、光は世界を照らし、闇は安らぎをもたらした。
聖剣を手放したその夜、俺は魔力過多の痛みに耐えながら無も知らぬ闇の森を這うように歩いていた。
血管を焼くような熱が内側で暴れ、意識は朦朧としていた。
魔王が授けた腕輪――六つの無色の魔石が嵌め込まれたその装飾は、魔力を吸収するはずだった。
だが、現実は違う。
吸い込みきれぬ魔力が溢れ、全身が痙攣する。
気づけば、六つのうちひとつが黒く濁っているのみだ。
「……あの嘘つきめ」
口に出して笑う。誰も聞いていないことが、妙に心地よかった。
喉が焼けるように渇いていた。
森を彷徨い続け、やがて小さな泉を見つける。
その周囲には、淡く青い光の球が幾つも漂っていた。
フワフワと揺れ、まるで呼吸するように瞬く。
「……精霊か」
今まで見えなかった存在が、なぜかはっきりと視える。
腕輪のせいかもしれない。あるいは、俺が壊れ始めているのか。
その中に、一際弱々しく、地面にうずくまるような光があった。
息絶えそうな微光。俺は、なぜか目を離せなかった。
「お前も……落ちこぼれか」
掌を差し出す。
青い光はゆらりと浮き、ためらいがちに俺の手に乗った。
そして――音もなく、腕輪へと吸い込まれる。
「……!?」
腕輪を見ると、一つの魔石が淡い蒼に染まっていた。
ためしに指先へ意識を集中させると、
雫が一滴、ぽたりと零れ落ちる。
「……これが、水の精霊、か」
力とは程遠い、かすかな滴。
だが、何故だろう――胸の奥に、微かな温もりを感じた。
「……いや、俺にはこれで十分だ」
泉の水で喉を潤し、再び歩き出す。
夜風が頬を撫で、どこか遠くで梟が鳴いた。




