1-1 魔王城前
鬱蒼とした森の中、焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく、そして孤独に響いていた。
夜も更け、月は木々の隙間から冷たい光を落とす。
今夜もまた、寝ずの番は俺の役目だ。
豪奢な天幕の中では、仲間たちが夢の世界に沈んでいる。
勇敢な聖騎士に、聡明な賢者、美しい聖女、森の守り手のエルフ――誰もが物語の英雄として相応しい。
そして俺は一人その輪の外で火を見つめていた。
彼らがぐっすりと眠れるのは、この森の魔物を一掃した俺の手柄なのに。
明日はついに、魔王城への突入――最後の戦いが待っている。
俺は深い溜息をつくと、音もなく立ち上がり、静かに闇の中へと姿を消した。
翌朝、夜明けを告げる鳥の声が響く中、テントから現れたのは、すでに不機嫌な面々だった。
「おい、飯はまだか。腹が減ってはこの後の戦いに支障をきたすだろうが!」
百の魔法を使いこなすと豪語する賢者が声を荒げる。
「本当にグズですわね!」
パーティーの華であり、聖女の認定を受けている女が、苛立ちを隠さずに声を上げた。
「……今すぐに」
俺はいつものように、卑屈な笑みを顔に張り付け、大鍋の前に立つ。
「ったく、お前は本当に役立たずだな。寝ずの番と飯の支度ぐらいしか、まともにできないのか。魔王を倒したあかつきには、お前の分の報酬を少し減らしても文句は言うなよ、"偽りの勇者"」
盾役の聖騎士である男が、傲慢な視線を投げつけながら、罵声を浴びせる。
俺はぐっと俯き、唇を噛みしめた。……誰にも悟られないよう、そして溢れる笑いを隠すために。




