表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

終末の始まり



ポーカーフェイスは孤独だ。



かつてアッシュと呼ばれた男は、死神ノクサとの契約により、魂と引き換えに屈強な肉体を得た。

背に担う大剣は、振るえばすべてを断ち切ると噂され、銀色の甲冑は幾千の返り血に染まり、漆黒の鎧と化した。


彼には感情がない。


喜ぶことも、悲しむこともない。

ただ、血の中でのみ笑うと囁かれた。


人々は彼を恐れ、目を合わせようとしなかった。


罪を背負った者のように、忌み嫌われた。


彼は旅を続けた。


傭兵として各地を訪れ、圧倒的な力で土地の危機を救った。

だが、どこにも居場所はなかった。



王都ヴァルメリアに来て、半年が経つ。



王令により門は閉ざされ、都は鎖国状態。

ポーカーフェイスが同じ場所に長く留まるのは、これが初めてだった。


飢えに苦しむ都民は、彼の存在を気にする余裕すらなかった。

それでもレオルド王は防壁を解かず、鎖国を続けた。


理由はひとつ。 死神ノクサが新たな契約を結んだからだ。


王都近郊の森に住む青年ユリスに、”魔王サタン”の名を与え、終末の力を授けた。


レオルド王は討伐隊を編成し、森へと送り込んだ。

だが、誰一人として戻らなかった。


唯一の知らせとして、悪魔の槍が振るわれた。

それは大地を裂き、王都の壁をも破壊した。

百を超える死者がでた。

いまでは壁は修復され、二重の防壁が築かれている。


レオルド王が行った鎖国には、もうひとつの意味があった。

ポーカーフェイスをヴァルメリアから出さないこと。


第二陣の討伐隊に彼も加わったが、森には底の見えぬ大穴が開いており、そこから見たことのない魔物が溢れてくるばかりでサタンの居場所はわからなかった。


国は彼を正式に採用せず、時折魔物討伐の依頼が来るのみ。

誇り高きヴァルメリア騎士団は、自らの威厳で敵を退けようとしていた。


宿屋「風待ちのお宿」の二階。

ポーカーフェイスが借りる客室に、突如として空間が裂け、ゲートが開いた。


死神ノクサが現れる。


「アッシュ……いや、もはやその名を呼ぶ者は誰もいまい。

ポーカーフェイスよ……哀れな戦士。

お前は何のために剣を振るう?

お前のための罪悪、サタンが産み落とされた。

私利私欲のために王都を滅ぼすだろう。

奴は欲望の渦の中、業炎に包まれて笑うのだ。

民衆のために流した血の中でのみ笑う戦士とは対照的にな」


ポーカーフェイスは沈黙を貫く。 死神との対話に意味などない。


「貴様が望まなくとも、罪悪はすぐに姿を現すだろう。

ユリスは……まあいい。干渉が過ぎるな」


ゲートが閉じ、ノクサが消える。

同時に、往来から悲鳴があがる。


大剣を握る掌に、冷たい決意が宿る。

ポーカーフェイスは嵐の止まぬ宿を出た。


宿場町は地獄絵図。

人々に亡霊が取り付き、人が人を襲っていた。

王都の空は暗雲に覆われ、鴉が集う。

禍々しいオーラが亡霊の闇を増幅させていた。


ポーカーフェイスは左手を高々と掲げ、魔眼スキル【審判の瞳】を発動。

審判の瞳は、魔人や悪霊の存在を感知できるポーカーフェイスのユニークスキルである。

死神ノクサとの契約により、左目は魔眼に変えられていた。

亡霊は町全体に広がっている。 とてつもない数。


ポーカーフェイスは大剣を胸の前に掲げ、剣技【聖光】を唱える。

光り輝く大剣が亡霊を斬ると、虚空へと消えていった。


だが、亡霊に取り憑かれた人々は暴徒と化していた。

ポーカーフェイスは止むを得ず、暴徒の頭に聖光を当てる。

霊は消え、脳は焼かれた。


異様な光景だったと、後に野菜売りのトーマスは語る。


――ポーカーフェイスの野郎、人々が混乱するや否、自分も剣を振り回し始めた。 俺はその時、見たんだ!あいつが旅行者の頭を焼くのを。 気の触れた大男さ。街に居座ることを皆、黙認してたのに。 俺がやっぱり言っていれば――


ポーカーフェイスは亡霊を斬りながら走った。

乗り移る前に斬るしかない。


二人目の暴徒の頭を焼いたとき、大声があがった。


「おい!やめろ!聖光を直接、人の身体に当てるな!

生身が保たないんだよ」


狩人の格好をした女エルフだった。

彼女は聖光を宿した矢を暴徒の足元に放った。

地面に刺さった矢が激しい光を放ち、亡霊を外に追い出す。

それを小刀で斬る。


ポーカーフェイスは呆気にとられたが、すぐさま見様見真似で聖光を唱えた。

暴徒は吹き飛ばされ、壁で頭を打ったが、亡霊は消滅した。


「力加減もできないのかよ!もういい、ここは任せろ。

表通りから大きな気配を感じる。あんたはそっちをやって」


表通りサン=ビルマ。

禍々しさは、民衆に分かるほど濃くなっていた。




――嘆きの王女、アザレイン――




悪霊の王となった彼女は、空を縦横無尽に浮遊していた。

白銀の髪は肩で流れ、肌は透きとおるほど白く、血の気を感じさせない。


だが唇だけは紅く、大きく左右に裂けており、まるで「生」を嘲るかのように鮮烈だった。

両眼は黒きヴェールに覆われている。

閉ざされた瞳は、人々の欲を見透かすとされ、彼女の周囲の空気をひとつ、またひとつ凍らせていく。

黒衣は絹のように柔らかく、風に乗って形を変え、微笑めば、世界が一瞬静止する。


死を司る者の笑みは、あまりに美しく、そして恐ろしい。


彼女の悲痛な叫びを聴いた者は、正気を保てなくなる。

サン=ビルマは、想像を絶する混乱に包まれていた。


ポーカーフェイスが通りの中心で聖光を放つと、暴徒たちは横たわり、眠りについた。


アザレインはすぐに気づき、彼の眼前に姿を現す。


「ポーカーフェイス!死神と契約した異常者か。

あなたも神の沈黙に耐えられなかったのでしょ。

それなのに、どうして人を守ろうとしているの?」


ポーカーフェイスは応えない。 どうせ彼女を斬るのだから。


「そう……あなたまで沈黙し続けるというのね……そのままここで朽ちるといいわ!!」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ