第九話 気持ち
「馬車を回して参りますので、此処で少しお待ちください」
「嗚呼。頼む」
「あ、はい。……ありがとうございます」
パーティー会場を後にし、暫く歩くと裏庭のガゼボに辿り着く。するとイグニが馬車を用意する為に、その場を離れた。
「セリーヌ嬢。今宵は騒がしいことになりまして、申し訳ありません」
漸く落ち着いて話をすることができる。俺は今回の騒動についての謝罪を口にした。
「え……いえ! その、カミュエル様にはお助けいただきましてありがとうございました」
セリーヌは俺の行動に驚いた後に、慌てた様子で頭を下げた。
「事前にお知らせできれば良かったのですが……」
ジョンとルルナが共謀し、セリーヌを断罪しようとしていることを事前に知らせることもできた。だがジョンやルルナ、ベンガー伯爵に加担した者たちを一網打尽にするには現行犯逮捕が必要だったのだ。俺が助けに入るとはいえ、彼女を危険に晒したことが唯一の失態である。
「いいえ。色々と事情がおありだと思いますので、お気になさらないでください」
「そう言ってもらえると助かります」
セリーヌは俺を問い詰めることもなく、柔らかく微笑んだ。今宵は満月であり、月明かりが彼女を照らす。セリーヌの言葉に詰まっていた呼吸が楽になるのを感じる。
「ただ……その……。エディ・カールソン様が実は、ルージオ・カミュエル様だったとは驚きました……」
戸惑うようにセリーヌは、今回の件に関して感想を口にした。しかしその内容は予想外である。俺の変装についてだ。婚約破棄をされたことについて、ジョンとルルナの処遇に関しての話しが上がると予想していた。
「騙すつもりは無かったのですが……ジョンとルルナに近付くには、これしか方法がなく……申し訳ありません」
如何やら、変装し名前と身分を偽っていたことに気を悪くさせてしまったようだ。俺は理由を説明した後に謝罪をする。彼女に嫌われることはなるべく避けたいのだ。
「あ! いえ、そうではなくて……」
「……?」
俺が重ねて謝罪をすると、セリーヌは謝罪を否定した。思わず俺は首を傾げる。
「その……カールソン様のお姿の時に、色々と親切にして頂いて嬉しかったのです」
「…………」
セリーヌの言葉に、俺は息を吞む。
「ジョン様が私のことを良く思われていないことは知っていました。しかし周囲の学生までもが、私を避け……揶揄されるのは少し寂しい気持ちがありました」
「…………」
学院でのジョンとルルナの横暴差は目に余るところがあった。そして婚約者であったセリーヌへの態度は露骨である。他の学生を使い虐めていたのは、彼らの方だ。
「そのような孤独な学院生活を助けてくれたのは、カールソン様のお姿をしたカミュエル様でした。さり気なく参考書を教えてくださったり、図書館を出るタイミングも教えてくださったりしました」
「……些細なことですよ。あの時は、身分を明かす訳にはいかず。そのぐらいのことしかできず……」
カールソンの変装をして俺との会話を思い出しているようだ。セリーヌは瞼を閉じると、楽しそうな声で思い出を語る。
ある日、彼女が図書館で参考書を探していたが、その先には珍しいことにビリーとアンドレが居た。彼らがセリーヌに暴言を吐かないよう、出会わせない為に俺は先に参考書を教えたのだ。
図書館を出るタイミングも同じである。廊下でジョンとルルナに遭遇するタイミングだと、セリーヌを呼び止めタイミングをずらした。カールソンとして行動をしていた時は、それが俺にできるせめてもの行動だったのだ。
「いいえ、『そのぐらいのこと』ではありません。私にとってはとても大切な思い出です」
俺の言葉に、セリーヌは首を横に振った。そして真っ直ぐに俺を見詰めると、力強く断言した。その素直で真っ直ぐな瞳に思わず見惚れる。
「……好きだな……」
思わず本音が漏れた。




