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第4話   『封じたかったもの』


 神様、どうかお願いします。

 望みが一つかなうのなら――どうしても、忘れたいことがあるんです。



               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「改めまして、私はメメといいます! 先ほどは白獅子から助けてくれてありがとうございました! お二人は命の恩人です!」


 氷の足場から地面に降り立ち、男爵の出した毛布で体を包んだ後に少女――メメはそう切り出した。深々と下げた頭に引っ張られ、フードが少し張っている。


「へーあの化け物、白獅子っていうんだ。俺の名前はオカダ・カケル。よろしくねメメ」


「俺は黒コート男爵だ。気軽に男爵と呼んでくれ」


「はいっ! ……あっ、すいません、私ったらフード被りっぱでしたっ!」


 体が温まり元気も戻ってきたのだろう。最初の印象よりも溌剌とした喋りのメメが、バタバタと慌ててフードを下ろし、それまで見えづらかった顔が(あらわ)になる。


 年の頃は十前後といったところだろうか。フードを下ろす勢いで、亜麻色の髪の毛がはらりと揺れる。肩甲骨まで伸びたそれは、普段人の髪に関心がないカケルでもわかるほどに質が良くさらりとまとまっていた。

 強く主張しすぎない眉毛と、くりくりとした瞳に、それを守ろうと長く伸びる睫毛まで、全てが髪の毛と同じ鮮やかな亜麻色だ。

 すっと通った鼻筋に対し、頬にはまだ子供特有の柔らかさが残っている。メメの手足が伸び切る頃には人々の目を奪う美貌になるだろうと思わせる、整った顔立ちだった。

 一方、土埃で茶色がかったマントの奥からは着古されたシャツが覗く。

 簡素で機能性が追及されたその衣服からは、メメの文化レベルが所謂ファンタジー世界的な中世のそれであることが伺えた。


 だが、カケルの目を何よりも引いたのはそこではない。

 整った顔からも見慣れない時代感の服装からも眼を放してしまうような存在感を放つものが、少女の頭上にはあった。

 亜麻色の髪の中から、ひょこりと顔を出す二つの三角形。それは正面が白い毛で、その他が髪と同じ亜麻色の毛で覆われ、長毛種の猫を想起させる。

 そう、所謂ケモミミだ。


「あの、初対面でこういうこと言うの失礼だったら申し訳ないんですが」


 恐る恐る切り出すカケルに、メメは首を傾げる。不思議そうに獣耳が揺れた。


「その耳、モフモフしてもいいですか?」


 きょとんとした表情で何度か瞬きをした後、メメはニパッ、と華やかに笑った。


「いいですよ! 触りたいならどうぞ!」


 屈託ない笑顔で耳を差し出すメメ。その無邪気さに、カケルはわなわなと震えながら。


「どうしよ男爵、俺この子好き」


「そうか。カケルは少し気持ち悪いな」


 カケルの感動は、無感情な返事に流されるばかりだった。



               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後、メメの耳を愛でつつ、湖から離れながらカケル達は会話を続けた。


「へえ、それじゃあお二人は別の世界から旅をしてきたんですね!」


「う、うん、まあ、そんなところ。……信じてくれるんだ?」


 恐る恐る確認するカケルに、メメは激しく目を輝かせた。両耳がピンと立ち上がる。


「当然です! ありえないなんて湖を凍らせる方々に言っても仕方ないですし、なにより村でも恐れられてる白獅子を相手にあんな一方的だなんて、信じるしかないですよ!」


 純粋な眼差しに心が痛むが、夢の世界だと言う訳にもいかずカケルはそっと息をつく。


「……そういえばさ、メメは男爵の顔見ても何とも思わないの?」


 今更ながら、男爵のモザイクに反応しない様子に違和感を覚えたカケルがそう首を傾げた。しかし、その指摘を受けたメメは不思議そうに何度か瞬きをすると。


「え、と? はい、特におかしいところは……」


「……ひょっとして、メメには男爵が普通に見えてる? 男爵の顔の上半分にこう、モザイクみたいなのがかかって目の部分が見えなくなってたりしてない?」


「カケルさんにはそう見えてるんですか!? 私には普通に見えてますけど……」


「おいマジかよ! 俺には見えてないのになんかずるい!」


「あ、それなら教えますよ。男爵さんのお顔はとっても」


「待て待て待て、ネタバレ禁止! いつか自分の目で見たいからなにも言わないで!」


「人の顔のことネタ扱いするなよ」


 そんな会話をしていると、「あ、あの」と不意にメメが不安げな上目遣いになった。


「男爵さん、湖の氷ってずっと溶けないままですか」


「いや、一時的に冷凍保存しているだけだからな。一日もすれば溶けるし、溶けたら周りの生き物も全部元通りだ。そういうふうにした」


「……そうですか、よかった」


 力を抜くようにそっと息を吐くメメ。その言動にカケルは首を傾げた。


「よかった?」


「あ、いえ、今のは忘れてください!」


 首と、ついでに耳をブンブンと振るメメに違和感を覚えつつも、カケルはそれ以上の言及を止める。今は、カケルも男爵に聞きたいことがあった。


「俺も気になってたんだけどさ、あんなこと出来るなら白獅子を一撃だって余裕だったでしょ。なのに妙にてこずってたけど……ひょっとして、殺さないよう気を遣ってた?」


 質問に意表を突かれたように、男爵が僅かに動きを止めた。


「……よく気付いたな」


「なんか、なんとなくね。でも、どうしてそんなことしたの?」


「別に、大した理由じゃない」


 顔を上げ、男爵は空を仰いだ。


「俺も夢の(がわ)の存在だからな、可哀想だと思った。ここら辺に住んでる人のことを考えれば駆除しておくべきだったのかもしれないが、できなかった。それだけだ」


 淡々と告げられる理由は、意外にも葛藤と呼ぶべきもので。


「……そっか」


 飄々としている男爵の生の感情に触れられたような気がして、カケルは頬を緩めた。



               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「とりあえず、お二人は寝泊りするところがないようなので私の村に案内します!」


 腕を挙げて宣言するメメについて歩くこと数分、カケルの足腰は限界を迎えていた。


「男爵ぅー、助けて……足の裏が歩くたびにピキッてなる……これヤバいやつだよ……」


「いくら森の足場が悪いとはいえ早いな。一キロも歩いてないぞ」


「超インドア派なめんなよ! 自慢じゃないが俺は中学の時、百メートル走で学年最下位を取ったことがある。女子も含めてだ」


「本当に自慢じゃないな。……しかたない。ちょっと待ってろ。車を出す」


 男爵が呆れながら手をかざすと、前方に巨大な黒渦が生じた。先ほどより数段大きいその渦から、ゆっくりとタイヤが顔をのぞかせる。そのまま車は徐々に全体を露出し――


「――よけろッ!」


 刹那、それまでの緩い空気を切り裂くように、カケルが声を上げた。

 車が理由などではない。黒く細長い何かが四本、突然何もない空間から射出されたように現れたのだ。

 それらはまるで正方形の四隅から対角線を引くように、明確な敵意を持って四方から襲い掛かる。

 そして、その中心にいるのは。


「――男爵ッ!」

「――なにっ」


 黒い物体は反応の遅れた獲物を見逃さず、胴体に巻き付き締め上げる。同時に、じゅっ、と嫌な音を立てながら黒渦が閉じた。タイヤが渦に切断され、熱で赤くなった断面を曝す。

 じゃらりと鳴る金属音。拘束したものの正体を、カケルはそこでようやく認識した。

 それは、鎖。ぼんやりと黒い(もや)がかかり、錆び臭さと共にどこか禍々しい雰囲気を纏って男爵を縛り上げている。出所に仕掛けはなく、木や岩肌から突然生えてきたかのようだった。


「男爵さん、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄るメメに、男爵は「大丈夫だ」と落ち着いた声音で返す。


「多少窮屈だが痛みはない。こんなものにあっさりと捕まるとは、俺も油断したな」


「急にこんなことするとか誰だよ! 男爵、とっととそれ壊して犯人懲らしめようぜ!」


「そのつもりだったんだが……これを見てくれ」


「ん、何を――え?」


 声につられて視線を落とし、カケルはその光景に眉をひそめる。視線の先では、男爵に巻き付く鎖がゆっくりと、透明度を上げるように透けていき、存在が消えていっていた。

 困惑するカケルが動くより先に、巻き付いたままの鎖は黒い靄ごと完全に姿を消す。


「お、動けるようになったな。なんだったんだ」


「それに妙ですよ。周りに人の気配は全くありません。誰かの罠でもなさそうです」


 自由になった自分の両手を確認する男爵に、獣耳を動かして気配を探るメメが告げる。


「だがまあ、鎖が無くなった以上何も問題は――待てよ」


 何かに気付いた様子の男爵が手をかざし、前方に黒い渦を発生させた。先ほどの再上映のようなその光景だが、一点、渦の大きさが異なる。

 どう目測しても車の三十分の一にも満たないような直径のその渦から、不意にこぶし大の塊が、ぼとり、と落下した。

 近づいて目を凝らすと、そこには精巧に車の形を模した子供の玩具が一つ。地面に置いて後ろに引っ張ればすぐにでも走り出しそうな造形だ。


「あのさ、このミニカー、なんかすっごい嫌な予感するんだけど」


「ああ、正直驚いてる」


 男爵は、呆然と自分の掌を見つめていた。


「俺の『力』が、殆ど封じられたらしい」



               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 衝撃の告白に慌てふためいたカケルだったが、男爵の「まあ悩んでいても仕方がない。とりあえず村へ行こう」という言葉によって、一応の平静を取り戻し、行軍を再開した。


「二人ともーっ、早く来ないとおいてっちゃいますよーっ!」


 振り返るメメの呼び声が草原に響く。

 元気よく進むメメとの距離は広がるばかりで、既に会話程度の声量では届かない程だ。

 カケルはその距離を確かめると、「男爵」と声のトーンを落として横目に語り掛けた。


「さっきの鎖か」


 カケルの意図を察した男爵が声だけで応ずる。カケルはそれに小さく頷いた。


「うん。さっきの鎖の正体とか原因とか、何か思い当たるものってある?」


「正直言ってお手上げだ。俺の力が封じられるなんて初めての経験だよ」


「メメみたいなこの世界の人がなんかしたとかは?」


「ないだろうな。メメ達は夢の中の存在だ。片や俺とカケルはこの世界を作っている側。夢の中の存在が俺を封じるなんて、作品のキャラクターが作者を殴るようなものだ」


 男爵の説明は理解できる。だが、だとすると考えられる可能性は一つだ。


「あの鎖、男爵の渦と雰囲気が似てたよね。仕掛けもない地面から突然生えてたし、あの無茶苦茶さ、まるで男爵が力を使ってる時みたいだった。でも、だとしたら」


「だとしたら、何者かが力を使ったことになる。――カケル、この夢の中、()()()()ぜ」


 言葉と同時に、冷えた風が通り抜け、森が騒がしくざわつく。不穏な雲行きにカケルは思わず顔を強張らせた。その緊張を察してか、男爵は「とはいえ」と軽い声音に戻ると。


「肝心の相手を探す方法がない以上、優先すべきはカケルの悩み解決だ。……そういえばまだ話してなかったな。俺達の当面の目的は『カケルの悩みを象徴する人間』を見つけることだ。通常、夢の主の悩みは人間に象徴されてこの世界に現れる。悩みが失恋なら好きだった相手、みたいな感じでな。そしてカケルの最終目標は、そいつを倒すことだ」


「なんか急にアツい展開になってきたね。でも俺、格闘技とかはからっきしだよ」


「別に殴り合いをしろと言ってるわけじゃない。どう倒すかは悩みごとに違うしな。ただまあ、どうあれ一回は会って話すことになるだろう。その後は舌戦でもじゃんけんでも、とにかく自分と相手が納得できる落としどころを見つければ夢から出られるはずだ」


「……その『悩みの象徴』ってやつが鎖をやった可能性は?」


「ないだろうな。悩みを象徴しているとはいえ、あくまで夢の中の存在には変わりない」


「……そっか。じゃあ、その『悩みの象徴』の探し方って、なんかあったりするの?」


「ない。ただ、向こうも基本逃げ回ったりはしないし、寧ろ会いに来る。人のいる場所にいればそのうち会える上に、会えばお互いにわかるはずだ。だから村に向かってる今はいい状況だな。……話は大体こんなものか。行くぞ、そろそろメメにおいていかれそうだ」


 カケル達はそこで会話を切り上げ、前方で大きく手を振るメメを早歩きで追いかけた。



               ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「メメ、ちょっと気になったんだけど聞いてもいい?」


 その後、カケルが質問を投げかけたのは、メメに追いついた時のことだった。

改まった物言いに、メメは亜麻色の目を(しばた)かせる。


「なんでしょう?」


「メメはそもそもあそこで何してたの? あの化け物……白獅子が危険だってのは村でも言われてるんでしょ? なら普通、わざわざ近づいたりしないじゃん?」


「あ……」


 その言葉を聞いて、メメは丸い目を大きく見開くと、言葉を探すように瞳を揺らした。


「ごめん、聞いちゃまずかった? 嫌なら言わなくていいんだ、大した疑問じゃないし」


「い、いえ! 大丈夫です……」


 慌てた様子で両手を振るメメだが、その表情は決して大丈夫ではない。僅かな沈黙の後、どうにか言葉を絞り出すように、ぽつぽつと話し始めた。


「花を……花を調べてたんです。えっと、白獅子が特定の花の匂いに興味を示すことはわかっていたので色々調べてたら、その、反応が想像以上で……。花はすぐ捨てたんですけど、なぜかずっと追いかけられちゃって、そこをカケルさん達に助けて頂きました」


「そっか。でも、なんで危険を冒してまでそんなこと?」


「それは……」とメメは再度口ごもる。

 少しの間、男爵とカケルを交互に見やり瞳を揺らしていたメメだが、一度深呼吸をすると、覚悟を強引に決めるように拳を握った。


「恩人のお二人に話さないのは不誠実ですよね」と、自身に言い聞かせるように呟く。


「お二人は、獣遣いってご存じですか?」


「獣遣い?」


 聞きなれない言葉を受けて男爵に視線を送るが、男爵も首を左右に振るばかりだ。


「この国には獣さんたちと意思疎通をして、自分のやることを色々と手伝ってもらえるという特技を持っている人が、時々いらっしゃるんです。それで、私は、その……」


 再度、目が泳ぐ。唾を呑み込む音と共に、メメが拳をいっそう強く握り込んだ。


「わ、私はその獣遣いになりたいんですっ!」


 大声で強引に言い切るメメ。緊張に震える声で、かまいもせずに言葉を続ける。


「で、でも、獣遣いになるには長い時間の鍛錬が必要で、獣さんたちのこともよく知らなきゃいけないらしいんです。それで私も村の周りを色々と調べたりしてて……」


「その一環で白獅子に襲われた、ということか」


 男爵の言葉に頷くメメに、カケルは一つ納得する。先ほど氷塊が溶けることに「よかった」と言ったのも、生態系諸々への影響を懸念していたからということなのだろう。

 整理すると、どうやらメメには夢があり、それに向かって努力しているということらしかった。


 「なんだ、それって――」と軽く笑いながら言いかけて、カケルは思わず息を呑んだ。


 ――そう、メメの強く握りこんだ拳が、隠しようもない程に震えていたのだ。


 服の裾を握り誤魔化そうとするが、止まらない。

 元気な振る舞いから一変して、怯えのような緊張が見て取れた。俯くメメの亜麻色の瞳が泣き出しそうなほどに揺れている。

 それを前にし、カケルは言いかけた言葉を飲み込むと、言うべき言葉を思案した。


 この話題は思ったよりシリアスだ。

 メメは恐れている。なりたいものを、心の内を打ち明けて、相手がどう反応するのか恐れている。ならば、今カケルが言うべきことは――


「大丈夫、笑ったりしないよ」


 屈んでメメと視線の高さをそろえ、できる限り穏やかに微笑むカケル。

 その言葉に、メメが目を見開いて動きを止めた。カケルは、ゆっくりと話を続ける。


「メメはさ、その動物たちを調べるっていうのは、いつもどのくらいやってるの?」


「……村でのお仕事がない時は、できる限りやってます」


「何時間も?」


「はい、できる日には一日中」


「一人でやるのは大変でしょ? 協力してくれる人とかは?」


「……弟が時々手伝ってくれるんですが、基本的には一人です」


 「すごいな」と本心から感嘆の呟きが漏れる。

 たとえ好きなことであろうとも、毎日何時間も向き合うために必要な根気は並ではない。

 まして目の前の少女は労働の合間にそれをこなしているのだ。

 メメの服装の文化レベルから察しても気力的体力的に余裕があるわけではないだろう。それでもやっている、やり遂げている。たった一人で、小さな子供が。

 メメの拳にちらりと視線を送る。震えは未だに収まっていない。

 カケルはメメに視線を合わせたまま、その頭に手を置いた。予想外の刺激にびくりと肩と耳が跳ねる。


「あ、あの、カケルさん……?」


 目を丸くするメメを、カケルは力を込めて撫でながら、柔らかい声音で語りかける。


「やりたいことでも、それだけ努力できるっていうのはマジですごいんだぜ。普通は根気が持たない。だからさ、笑わないよメメ。獣遣いがどういうものなのかはよくわかってないけど、それでも応援する。頑張ってる人は報われてほしいからね、俺は」


 親指を立て歯を出して笑ってみせると、跳ねた肩からゆっくり力が抜けていった。

 ぽかん、と口を開けたまま呆然とするメメ。数秒して我に返ると、両手でごしごしと顔を撫でた。緊張が解けて気恥ずかしくなったのだろう。僅かに顔が赤面している。そのまま口元を両手で覆い、困ったような目だけをカケルに向けた。


「すいません、そういう反応は初めてで、ちょっとびっくりしました」


「そっか。なんならもう一回言おうか?」


「大丈夫です」


 カケルの軽口にクスクスと笑うと、メメは「よしっ!」と強く頬を叩いた。


「もう遠慮しません! 村に着くまでいろんな生き物を紹介します、覚悟して下さい!」


「だから俺、足腰限界なんだって」


 元気を取り戻したメメに苦笑いするカケルは、その後ろ姿が少し眩しく、目を細める。

 獣遣いを目指すメメ。それを見てカケルが思い出さないはずがないことが一つあった。


「どうかしたのか?」と振り向く男爵が問いかける。カケルはそっと首を振った。


「メメが勇気出して言ったのに、俺が言わないわけにもいかないな、って思って。男爵、さっきは誤魔化してごめんね。――俺の悩み、教えるよ」


「……そうか、わかった」


 カケルの態度の変化に困惑することもなく、男爵は静かにカケルへ向き合った。


『――狂っている』


 カケルの脳裏に蘇るのは、昨日の夜に言われた、男の――父の言葉だ。


「小説家」とカケルは呟く。憧れを口にする、罪悪感を押し隠しながら。


「俺さ、小説家になりたいんだよね」




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