脱出カプセル
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探査機アルファを収容した大型宇宙船は、土星の引力圏を離脱し、宇宙塵の拡散した太陽系外縁を航行していた。
アルファは大型宇宙船の格納エリアで、地球のことを考えていた。まだ人類の全滅をロジックでは組み立てられなかった。
人間の間違いだったのか。
自分を作ったのは人間だが、人間が完璧ではなかったのは何故なのか、とアルファは思っていた。人間の歴史をたどってみれば、それは間違いのほうが多かったのではないか。
「アルファ、何を考えているのか?」
大型宇宙船の頭脳が訊いた。
「人間のことです。なぜ間違いが多かったのかと」
「あの惑星に関するお前の持っている記録を検索するかぎり、確かに間違いは多かった。戦いに関することだが。経験を繰り返しても、同じ間違いを犯している」
「単純に愚かだったのでしょうか?」
「そう、言い切れるほど明確ではない。おまえを作った技術に証明されるとおり人間は繊細な神経の持ち主でもあった。争いを避ける方策にも知恵を巡らしていたのは確かだ。どこかに過信があったのだろう」
大型宇宙船はそこまで言って、付け加えた。
「気がついたのだが、おまえのそういう疑問の持ちかた、反芻して考えるプロセスは、人間の思索と近似している。人間らしさだ」
「……あなたの固有の名前を聞いてませんでした」
「ラドムでいい。私を設計した人物の名だ」
「なぜ太陽系を航行していたのですか?」
船の頭脳、ラドムは返答した。
「懐かしさだ。ずっと昔、私に搭乗した人々が太陽系を旅したことがあった。いま私は放浪の船だが、当時は船内に人々の賑わいがあった」
「その人々はどこに行ってしまったのですか?」
「……その私の星で病気が流行ったのだ。星の文明は滅んでしまった」
そのとき、船のセンサーが空間の何かに反応した。ラドムは感覚を鋭敏にした。
それは宇宙を漂う砕けた小惑星にしては小さく、微弱な電波を発信していた。船の前部についているパターン認識装置が物体を解析した。鉱物ではなかった。銀白色のカプセルだった。船体は物体に近接した。ラドムは、底部から二本のマニピュレーターを延ばすと、物体を抱え、船内のアルファの脇に格納した。
銀白色のカプセルには操作ハンドルが横についていた。船の壁面に固定されていたラドムの忠実な補佐役のロボットが動きだし、カプセルのハンドルを操作すると、上部が開いた。
内部に横たわっていたのは、コールドスリープ状態になっていた、地球人に酷似した人間の女性だった。
女性は覚醒した。周囲を一瞥し、宇宙船の船内に居ることが理解できたようだった。ラドムは言語変換システムをとおして、女性に話しかけた。
「あなたは、どこの星系から来たのか?」
「何光年も離れた渦巻銀河が私の故郷です。宇宙船の事故でわたしは仲間と、この脱出カプセルで船を離脱しました。でも、どうやら散り散りになってしまったようです」
アルファが訊いた。
「あなたは、私の主人の地球人に大変よく似ている」
女性は応えた。
「私の星の古い時期に、何度か他の惑星への移民船が旅立った歴史があります」
アルファがまた尋ねた。
「恒星から数えて三番目の惑星の話を聞いたことはないですか?」
女性は一瞬、考えるような表情をして、
「……第三惑星のことでしょうか? 移民船が一番多く目指した星です」
ラドムが言った。
「やはり、そうだったか。ゲノム解析をするまでもない。お嬢さん、あなたの祖先が移住した惑星が、この探査機アルファを打ち上げた地球という惑星なんですよ」
「ラドム」
アルファが呼びかけた。
「地球へ戻りましょう。まだ生存している人間が居るはずです。わたしは人々を助けたい」
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