11.ぶつかり合う漆黒と深紅
ソフィアの周りを赤い液体が小さな球体型に変形しながら浮かんでいる。
(血……?)
俺は地面に落ちている鉄パイプを拾い上げ、それに魔力を込める。
漆黒の魔力が鉄パイプ全体を覆うと、それは全体が黒く染まった剣へと変化した。魔力にはこういう使い方もあるのだ。
「あら、ミデンさん、そんなこともできるのね」
ソフィアは不敵な笑みを浮かべて、そう言った。
「ソフィアさんもその周りに浮かんでいる赤いのは何だい? 血にみえるが」
「ふふっ、流石ね。これは、私の血。私は血を使って戦うの」
やはり彼女の周りに浮いているのは血のようだ。
しかし、魔女が血を使って戦うなんて聞いたことがない。まあ、俺自身、魔女を見たことが無いから実際どう戦うのかなんて知らないんだけど。
そんなことを考えていると、ソフィアが突然俺のことを指差す。
すると、彼女の周りに浮いている血が銃弾のような形に変形し、勢いよく俺に向かって飛んでくる。
そういう戦闘スタイル、というわけか。
ただの血だと思って油断していたら俺の体には無数の穴が開いていたことだろう。だが、俺は最初からソフィアのことを強者だと感じている。だから、絶対に油断はしない。
「ふんっ! はあっ! やっ!」
飛んでくる血の弾丸を剣で斬りおとす。
「ちっ、1発だけ防ぎきれなかったか」
1発だけ防げず、頬をかすってしまい、そこから血が流れる。
俺が相手の攻撃を食らってしまうことなどあまりないことだ。つまり、彼女は俺が予想した通りかなりの強者というわけだ。
あの血の弾丸、常人では絶対に見切れない速度だった。
「やっぱり、この程度の攻撃じゃ倒せないよねぇ」
ソフィアは未だ余裕の表情を浮かべていた。
「今度は俺の番だ」
俺は距離を詰め、剣を振り下ろす。
「そんなの避けちゃいえばどうってことないわ」
「それはどうかな」
彼女は軽やかな足取りで、俺の剣を避けたが、俺の攻撃はこれでは終わらない。
ソフィアの避けた剣は地面に突き刺さり、そこから彼女に向けて地面が割れていく。
「わっ」
ソフィアは体勢を崩した。
その隙に俺は追撃を行う。
剣を持ち直し、素早く斬りかかる。
「きゃっ」
浮かぶ彼女の血に剣を防がれた。が、完全に防げたようではなかった。
彼女は肩からわずかに血を流していた。
「まさか防がれるとは思わなかった。完全に体制崩してただろ」
「防げてないわ。あなたには私のこの肩から流れる血が見えないのかしら?」
「本当はクリーンヒットさせるつもりだったから、それは防がれたも同然だよ」
現段階では、ほぼ互角。
たとえ互角でも負けることだけは許されない。初陣は、華々しい勝利で飾ると決めているのだ。
「あなたのような強敵は初めてよ」
「それは光栄だね」
周りに浮いている血がソフィアの手に集まっていき、それは剣の形へと変化した。
深紅に染まった剣。
漆黒と深紅、良い色合いだと思わないか?
「あなたの真似しちゃった」
「剣技で決めようというわけだね」
「ええ、そういうことよ。私、剣にはかなり自信があるの」
「奇遇だね。俺もだよ」
俺たちはお互いに笑みを浮かべていた。
楽しくて仕方がない。
まさか初陣でここまでの敵と出会えるとは。
でも、1つだけ疑問が浮かんだ。
戦う中で、彼女は俺と同類だと感じた。戦いを好んでいる。強くなることを好んでいる。
だったら、どうしてまだ強くないただ魔力量が多いだけの人たちを襲っているのか。強くなった後で戦えばいいだろうに。
まあ、そんなこと今はどうでもいいか。
戦いの後で聞けばいい。
「はあっ!」
漆黒の剣と深紅の剣がぶつかり、金属音が響きわたる。
剣同士がぶつかり合っただけで周りの岩や建物にまで斬撃が飛び、一部崩壊した。
お互いにかなり多くの魔力を剣に注ぎ込んでいる。だからこそ、常人の剣とは比べ物にならないほどの威力を生み出しているのだろう。
剣だけでなく、走る速度も加速させていく。
一般の人間には目視では認識できないほどの速度。組織のメンバーでも目で追えるかどうかといったところ。
幹部の5人ならギリギリ目で追えると思うが。
(マズい。ソフィアとの戦いが楽しすぎてカッコ良く振舞うことを忘れかけてた)
カッコ良く、強く。
それこそが組織の主だろう。
「我が漆黒の一撃をお見せしよう」
「あら、何が来るのかしら。楽しみだわ」
魔力を剣全体から剣の切っ先へと集中させる。
そして、『突き』の動作を行う。
ソフィアと俺との間に距離があったのでソフィアは不思議そうな表情だったが、すぐに驚きと焦りに満ちた表情へと変わる。
俺の突きの動作と同時に、切っ先に集められた魔力が斬撃と共にソフィアのほうへと飛んだ。
今までの斬撃の比にならないほどの速度。
ズドーンッ! と大きな音が響いた。
「っ……はあっ……はあっ……油断したわ……」
「流石だな。辛うじて避けたか」
「これのどこを見て避けきれたように見えるの……」
ソフィアの右腕は吹き飛んでいた。
そのせいで彼女は大量の血を流していた。このまま何も処置をしなければ、彼女は絶命するだろう。
彼女は今にも意識を失いそうになっていた。
立つことすらできない様子。
先ほどまでの余裕な表情はそこにはなかった。
あの一撃は彼女にとって予想外な攻撃だったのだろう。
「はあっ……もう立てないわ……」
彼女は息を切らしながらその場に座り込んだ。
出血の影響で立つこともままならないのだろう。意識を保っているのが奇跡なくらいだ。
俺は彼女の前まで歩み寄った。
その瞬間。
彼女はニヤリ、と笑った。
「油断したわね」
「な……っ!」
ソフィアは俺に飛びつき、俺の首を噛んだ。