第一章3 さいあくなおめざめ
「……結局一睡もできなかったんですケド……」
あの時、鏡に映った自分は紛れもない幽玄トワ本人であったことは間違いない。
だが、そんなことありえるのか?
寝不足の影響でクマが出ているものの、悪かった目つきはつぶらな瞳となり、背はかなり縮んでしまって居る。だが髪色は金髪のままだ。
最低限の昔の名残ということだろうか?
あの姿を見た瞬間いたたまれなくなってダッシュで部屋に帰ってベットに入ってしまったがこのありさまである。
「あーどうしよ、あたままわんねー、おわったわ」
時計を見ると、短針は7を指していた。お屋敷の朝食ならもうすぐだろうか?
「ていうか、時計とかあるんだ。それに数字」
案外文化の差は元居た世界と差がないのかもしれない。思い返してみれば昨日は普通に会話もできていた。
「よかった、こんな状況にお勉強イベまで発生したら詰んでたぜ」
そんなことを思いながら、ベットでごろごろして数分経った頃だろうか?コツンコツンという足音が聞こえ、部屋の扉が開いた。
「おはようございます!ええっと…」
セキュアさんとは違うメイドさんだ。そういえばまだ誰にも名前をいってなかったっけ?
「トワっていいます。朝早くからお勤めご苦労様です」
「はい!トワ様!朝食の準備が整いましたので、身支度のほうをお願いします」
ベットから起き上がり、用意してもらった服に着替え、食堂に向かう。
既に皆は来ていた。セキュアさんはもちろん、他のメイドやシェフもいる。
だが、一番目を引くものはそこに鎮座していた。
間違いない、あれがこの館の主のロミレア様とやらだろう。
セキュアさんほどでないにしても背が高い、主として威厳のあるお姿だ。おまけに赤い瞳に、トワとは対照的に整った色鮮やかな金髪。黒と赤が入り混じったようなドレスは浮くことなくマッチしている。
「お目覚めのようねぇ、寝心地はどうだったかしらって聞く必要もないわねぇ」
大人びた色気を感じるようなしゃべり方で企みがありそうな笑いを浮かべながらいった。それもそのはずか。こんなに目のクマが浮かんでいるのだから
「えぇ、起きた瞬間わからんことだらけなうえにこんな姿じゃどんなとこでも寝付けるわけねぇっすよこっちも聞きたいことだらけっすけど、あなた方も私に聞きたいことがあるらしいっすけど?」
「既に聞いているようねぇ、そうよあなたには非常に興味があるわぁ」
お互いに聞きたいことだらけのようだ、でも、その前に
「おなかすいた…」
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「いやー!どれもこれもすごくうまかったです!!」
「そうでしょぉ、みーんな国からの折り紙付きの料理人だからねぇ」
腹の調子が整った。さて本題である。
トワは説明した、自身の出自がこの世界ではないこと、一度死んだごと、目が覚めたときにはこの場所にいたこと、そして、もともとこのような姿ではなかったこと。だが…
「なーんのことだがさっぱりね」
この通りだ、何一つ進歩がなかった。
「あなたみたいな生前の記憶を語る人、割といるのよぉ、もしかしたら世界の最果てから来たのかもって言われてるんだけどねぇ」
『世界の最果て』…
聞くに生命がとても生きていけないような環境らしい、何人たりとも生きては返さない禁則の地…
そんなたいそうなところからきているわけがないのだがいったんそれで話を進めよう
「さぁて、次はこっちの番ね」
間延びしたような話し方が一気に引き締まった。どうやらここからは真面目モードかもしれない
「私はねあなたに頼みごとがしたくて今日この場を用意したの、それは館から少し離れた町で怪死事件が起きているの、それも被害者のほとんどが子供の、調査に人を送ろうと考えていたのだけどもあなたにはぜひついていってもらいたいの」
救護を受けた理由はこれだったのだろうか、いかにも危険な仕事である。なんでどこの馬の骨化もわからない幼女をそんなところへ連れて行かせようとするんだという気持ちもあった。だが、トワの中で返事は既に決まっていた。
「やってやるっすよ!もちろんっすよ!怪事件とやらなんてちょちょいのちょいだぜ!」
もう人を悲しませないって決めたから、ましてや被害者が子供となればなおさらだ。
「よかったわぁ、必要なものはこちらで用意するから安心して頂戴、それに女の子一人でそんなところに生かせるのはいくら何でも危ないからねぇ、ボディガードをつけてあげるわぁ、セキュアこの子についてってあげて」
「はい!承知しました!」
気持ちの良い凛とした声の返事が響いた。よかった、セキュアさんなら魔法にも武術にも心得があるから心強い。
「おーとボディーガードはもう一人いるわよーさぁおいでーノクテス」
ロミレアが手招きをしながら、そう呼びかけるとかすかながら声が聞こえてきた。
「お、お呼びですか?ロミレア様…?」
自身なさげにそう答えるのは背丈が今のトワとそう変わらないか少し大きいくらいの淡い緑色の髪をした男の子だった。
大丈夫だろうか?頼りなさそうで少し心配になる。
「うーん呼んだよぉ、聞いての通りこの子の護衛頼んだわよー」
「はっはい!よろしくお願いします!えっ、えっとー」
いい返事でスタートダッシュを切ったと思ったらなんだか歯切りが悪そうにトワのほうを見る。
「あーそういえばそうか」
完全に忘れていた。怪我の治療までしてもらって、飯まで食わせてもらっておいて自己紹介すらまだまともにしていなかったことを
背筋を伸ばし、胸を張り右手をあててから…
「私の名は幽玄トワ!この世界を救済するものとして君臨した!よろしく頼むな!」