第一章1 いじわるなせかいにこんにちは
「ねーねー、とわちゃん!わたしたちがいまいるせかいとはちがうせかいがあるってしってる?」
「それでね、そのせかいはね、とってもいじわるでね、ぜんぜんわたしたちとおはなしをしてくれないんだって」
「でもねでもね!もしそのせかいとおともだちになれたらいちばんたいせつなものをおしえてくれるんだって」
「もう!メルちゃんはむずかしいおはなしばっかりでよくわかんないよ!
いいからはやくあそぼうよー」
「…そうだね!なにしてあそぶ!?」
「かくれんぼ!だとふたりじゃできないか…、そうだ!こうえんにいけば〇〇ちゃんたちもいるかも!さそってみよ!」
―――――――
午前二時、、、多くの人は既に夢の中にいてもおかしくない時間、一人の少女はまだ起きていた。
「あーだめだ、腹が減ってしょうがねぇ…なんか食えるもんねぇかな」
空腹のせいか腹の虫がおさまらない様子を見せる少女がいた。
同年代と比べると非常に背丈が高く、手入れのされていない金髪、非常に目つきの悪い様子、荒い言葉遣い…
一見すると不良としか思えない風貌である。
「…だめだ、なんにもありゃしねぇ」
どうやら冷蔵庫の中は腹の中のように空っぽだったらしい。
「コンビニってまだ空いてるっけ?」
おまけに近くのコンビニの営業時間も把握できていないほど外界に乏しい。
「しゃーね、なんか買いに行くか」
ずいぶんと久しぶりに外に出たように気がする、いや実際に久々なのかもしれない。
重い身体をなんとか動かし部屋を出て玄関のドアを開け外に出る。新鮮な空気だ。
住宅街を出て大通りのコンビニへと歩いていく。こんな時間だ、人通りも少ない。
…なんだか気分が重くなってきた。
「ワタシっていつからこんなんだっけ?」
自己嫌悪に陥ってしまった。たまにあることだ。小さかった頃はこんなこと考えなかったのに、とかそもそもどうやって人と話してたっけ?とか考えれば考えるほどマイナスな思考が降り積もってく。
数か月前まではなんだかんだ社会に馴染めてたと思う。不登校になったのだって明確な理由があるわけでもない。ただなんとなく…ふとある時少し人付き合いに疲れて一日休んだのをきっかけに以降も休み続けたというのが実情だ。
曜日感覚が狂ったからだろうか?やることがないからだろうか?ここ最近は一日がとても長い。その分憂鬱になる時間もとても長く感じる。
「あークッソ」
やり場のない気持ちが出てくる。
そうこうしているうちにコンビニについた。
「…らっしゃい」
店員も眠そうな様子だ。こんな時間までお疲れ様である。社会の人たちはワタシよりはるかにすごい人たちばかりだなぁ
適当にカップ麺やおにぎりなどの食べ物とお茶を買い店を後にする。
さぁてまたここから長い道のりだ。先ほど買ったおにぎりを少しだけ食べながら帰り道を歩く。食事をしながらだからか空腹を紛らわせたからか来る時より機嫌がいい。
ふと道に目をやると懐かしい景色でいっぱいだ。古びれた看板、公園、はては信号機でさえも思い出の一つだ。
「そうそう、ここの公園で昔よく遊んだっけ?…ってあれ?」
見慣れた公園の中に見慣れない人影がいた。子どもだろうか?なんでこんな時間に?
その人影は悲しそうな様子でブランコに座っていた。
「こんな時間にどうしたんだ?あぶねーぞ」
ふと話しかけてみると、その人影は齢、十にも満たないような女の子だった。
「ぅうっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」
「ど、どうした!?」
急に話しかけてしまったからだろうか?安心させるつもりがかえって泣かせてしまった。
「お、おおおお落ち着け!ほら!お姉さんは悪い奴じゃないよ!?」
_________
「…、ほらもう大丈夫だぜ、」
「…うん」
数分して落ち着いたのだろう。涙は収まったもののまだ瞳には潤いがみられた。心の中に不安な気持ちがまだあるのだろうか?なんとなくだがそんな気がした。
「んで、なにがあったんだ?」
「あのね、じつはね、おかあさんおこらせちゃったの」
「おなかがすいちゃって、でもそれいうといたくなるからいえなくて、でもなにもいわなくてもいたいから…」
聞くのもつらくなってしまうようなことをいいながら女の子の目からは再び涙が零れそうになった。
あぁ、紛うことなきネグレクトだろうな。幼い子の泣き顔を見るに堪えなくなったのだろう。トワは自然と頭に手を伸ばし撫でていた。
「もう大丈夫だよ、今日はもう遅いからとりあえずうち来なよ、そっからいろいろ考えよう。ほらこのおにぎりでも食べな」
余っていたおにぎりをもらってすぐに小さな口でおもいっきりほうばる。相当おなかが空いていたのだろう。
食べ終わり腹がこなれて元気な様子になったことはトワの目から見ても明らかだった。やっぱ腹が減っちゃ人間だめだな。
「それじゃいっしょにいこっか」
「うん!!!」
なんだかこの数分で何日分か脳みそを使ったような気がする。おそらくうちなら事情を話せば今晩くらいなら泊めてくれるだろう。そのあとは警察か児童相談所に行けばいいのかな?でも、何より
ここ最近ろくな人間でなかった自分が人の為になれた…!
そう考えるとこれからの苦労なんて吹き飛んでいった。
…あ、そうだ、なんだか懐かしい感じがしたんだ。子どもの頃はできてた。でも大人になって忘れてしまった。誰かの為になること。それで人に喜んでもらえることがなにより大好きだったことを…
「……なんだか、少しだけ生きてる意味が分かった気がするな」
「うん?どうしたの?」
「いやぁなんでもないよ、そういえば名前がまだだったなワタシは幽玄トワ。トワ姉ちゃんって呼んでな」
「トワねぇちゃん!わたしは」
お互い自己紹介をしながら手をつないで家へと向おうとした。お互いに心が落ち着いていて、久しぶりに気分のいい夜を過ごしていた。
…しかし、そんなものは束の間だった。
「オイ!!!!おまえ!どんだけ親を困られたら気が済むんだよ!この馬鹿が!」
近所迷惑などお構いなしの怒号と鬼のような形相の女がこちらに向かってくる。
…この女が母親か
「あ゛!?誰だよこの女!?誘拐か!?」
「は!?ちげぇよていうかお前が母親か?子供ほっておいたうえに腹も空かせてたくせになんなんだよその態度は!頭おかしいんじゃねぇか!?」
「頭がおかしいのはお前だよ!誘拐犯!後で警察に突き出してやるからな!そもそもこのバカガキが面倒起こしたせいで今日は散々だったのになんでお前みたいなやつにも私が時間を割かないといけないわけ!?もう本当にヤダ!!!」
駄目だ、丸く収まるように会話も試みようとしたがどう見ても話が通じる相手じゃない。それどころか逆ギレ、被害者意識の応酬である。
だが、怒りの様子は収まる気配はなくそれどころか矛先を女の子のほうに向けだした。
「オイ!バカガキさっさと帰るぞ!」
強引に髪を引っ張り引っ張り連れて帰ろうとする。
「いたい!!!やめて!!」
抵抗の声もむなしくさらなる罵声で遮られる。
「あ!?おまえ親に対して逆らうのか!?そんな悪い子にたいしては…」
思いっきり手を上げ振りかざそうとした。しかし
「いい加減にしろよおまえ!!!」
あと一歩遅かったら幼い肌に残る痣アザができていたところだった。すんでのところでなんとか手を止めさせることができた。
「人の家の教育方針に文句言うつもり!?邪魔よ!あんたみたいなやつはこれで!」
「え」
ふと一瞬の出来事だった。だがその一瞬で起きたことはとても大きく、悲惨なことだった。
「ナイフ…?」
状況を理解し始めるころには胸のあたりがすごく痛くなり血がにじみ出ていた。
ナイフで刺されたのだ。
目の前が真っ白になり今にも意識を失いそうになる。
「あーはっはっはっは!私に逆らうからこうなるのよ!一生底に倒れておきなさい!愚か者!」
「おい!そこのお前何をしている!今すぐ取り押さえろ!」
騒ぎを聞きつけた近くの住民が通報してくれたのだろうか?既に多数の警察官が公園に到着していた。
「ちょうどよかったわ!あそこの倒れている女をっては!?なんでわた!?」
抵抗むなしくあっさり取り押さえられていた。客観的に見ればナイフを持った女とさされて血をだし倒れている女。どうみても殺人事件現場。加害者以外から見ればどっちが被害者なんて一目瞭然だった。
おそらく母親はこのままいけば逮捕されるだろう
…よかったかな?間違いなく女の子の一番の脅威を遠ざけることはできた…でも……もう…長くないかも
せっかく生きている意味…見つけれたのに
「おねぇちゃん!トワねぇちゃん!おねがいめをあけて!しなないで!」
…はぁ、結局ワタシはろくでなしだったんだな。そう簡単に変わるわけなかった。今私が死ねばどう考えたってこの子にトラウマが残ってしまう。やっとみつけた希望が、この子にとって一番の恐怖の母親によって殺される瞬間を、しかもこんな幼い子がみてしまったんだ。
結局、救えたと思っても救えず、自己満足だったんだ。人のためはおろか余計に悪化させちまった。
「わたし!おねぇちゃんのおかげでたすかったの、いきていけるきがしたの!だからぁ」
泣きながら必死に訴えかけてくれた。それも生きる希望を見出せたといっている。そう、トワの言動は決して無駄ではなかった。少なくともこの幼い子にとっては、それまで時間でしかなかった明日を希望に変えることができたのだ。
…なにをくだらない自己嫌悪をしているんだ。ここで終わったら本当にろくでなしだ。そうだ、無駄なはずがない…だから最後にせめて
「ありがとよ…いらねぇ心配させてすまねぇな。お姉ちゃんちょっと倒れてるだけだから、でもほら、見つけれたじゃん…生きてる意味…それが分かってるなら大丈夫だよ…お姉ちゃんこれからもついてるから…安心して…」
「…おねぇちゃん?」
これでよかったんだ、このままいけば女の子は警察に保護されて新たな暮らしを始めることになるだろう。よかった最期くらいは役に立てて…
午前2時20分、とある公園にて、ナイフを凶器に使った事件が発生。被害者はその場にいた女子高生だった。
……幽玄トワは17歳にしてこの世を去ったのだった。