日常の中に、恋の続きがあるのなら
春が過ぎ、夏が訪れる。
王都の街並みは、陽光に照らされてきらめき、どこか浮き足立っていた。広場では小さな市が立ち、露店の香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。
そんな中、俺とリゼリアは並んで、手をつないで歩いていた。
「……ねえ、蒼真様」
「ん?」
「市に出てるあのピンク色の氷菓、ちょっと気になってます」
リゼリアがちら、と横目で見ながら言った。
頬をわずかに赤らめているのは、炎天下のせいだけじゃないはずだ。
「言えばいいのに。遠慮すんなよ。……ほら、行こうぜ」
「ふふっ、ありがとうございます。じゃあ――お言葉に甘えて」
嬉しそうに笑うその横顔に、俺はつい、胸を掴まれる。
思い返せば、つい最近まで彼女は記憶も曖昧で、自分が何者かさえもわからない状態だった。
でも、今はこうして――
「うん、美味しいです。甘くて、冷たくて……ああ、でも溶けちゃう……っ」
「ほら、口元にちょっと……」
思わず指先で拭ってやると、リゼリアは一瞬固まり、そして――
「……あの、それ、反則です」
「何が?」
「無意識にドキドキさせるの、ほんとに反則」
頬を染めながら、リゼリアが口を尖らせた。
あまりに可愛くて、俺はちょっと笑ってしまう。
「それはこっちの台詞だっての。お前の笑顔、どんだけ破壊力あると思ってんだよ」
「……え、あ、そんなこと言われたら……っ、うう、もう……!」
氷菓のカップを持ったまま、リゼリアはぶんぶんと手を振る。
そんな彼女を見ていた近くの子どもたちが、「あのふたり、恋人同士かな?」とひそひそ話していて、思わずくすぐったい気持ちになった。
そう――今、俺たちはようやく、普通のふたりになれたのだ。
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帰り道、リゼリアは温室に寄りたいと言い出した。
「もうすぐ咲きますよ、白い花」
「ほんとに?」
「はい。あの日も、こうして季節の変わり目でした。春の終わりに出会って、夏が来る前に心を通わせた。……だから、この場所は私にとって、特別なんです」
静かな温室の中、ふたり並んで腰を下ろす。
白い蕾が風に揺れながら、ほんのりと膨らんでいるのを眺めながら、リゼリアは少し照れたように口を開いた。
「私、考えたんです。記憶を取り戻しても、過去に戻ることはできない。でも、未来は作れるって」
「……うん」
「あなたともう一度、ちゃんと恋をして。今度は毎日の中で、少しずつ好きを重ねていきたい。……そう思ったんです」
「……リゼ」
俺は彼女の手を握る。
その小さな指先は、ほんのり温かかった。
「俺もそう思ってた。運命とか過去とか関係なく、これからの時間の中で、もっとお前を好きになっていきたい」
リゼリアは、静かに微笑んだ。
「……それじゃあ、蒼真様」
「ん?」
「わたしと……ふつうの恋人として、これからもよろしくお願いしますね」
彼女が少し照れながら差し出した小指に、俺はそっと自分の小指を絡める。
「もちろん。ふつうなんて言葉じゃ足りないくらい、大事にする」
重ねた手が、言葉以上に、想いを伝えていた。
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夕暮れが近づく。
温室の外では蝉が鳴き、ゆっくりと世界が茜に染まっていく。
ふたりで肩を寄せ合って座る、その時間が、何よりも贅沢に思えた。
そして――
「……花、咲きましたね」
リゼリアの声に顔を上げると、白い蕾がひとつ、ほんのわずかに開いていた。
「……お前の花、みたいだな」
「……え?」
「俺の前で、少しずつ開いていって。今も、こうして……」
思わず照れながら言葉を継げば、リゼリアはふふ、と笑った。
「じゃあ、その花が満開になるころに、もう一度――プロポーズ、受けてあげますね」
俺はそれに、力強く頷いた。
そう、これはまだ恋の途中。
日常の中に、ふたりだけの続きが、静かに育っているのだから。