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かつて交わした、未来を約束する言葉

 「……また、来てくれてありがとう」


 


 温室の扉を開けた瞬間、リゼリアはそう呟いた。


 まるで――ここが、ただの場所ではなく、想い出そのものであるかのように。


 


 昼下がりの陽射しがガラス天井を透かして降り注ぎ、白く咲き誇るルミナフロアの花々が、柔らかく風に揺れていた。


 


 「この香り……懐かしい。でも、懐かしさの理由が……ようやく、少しずつ分かってきた気がします」


 


 そう言って、リゼリアは足元に咲く一輪の花にしゃがみこむ。


 俺はその隣に腰を下ろした。


 


 「夢を見たんです。子供みたいに笑い合って、この花の前で、来年もまた一緒にって言ってる夢」


 


 リゼリアの声は震えていた。


 けれどそれは恐怖からではない――涙が、ほっと流れ出すような安堵の震えだった。


 


 「俺も……同じ夢を見た気がするよ」


 


 「ほんとうに……?」


 


 俺はうなずいた。


 不思議だった。過去の記憶なのか、ただの幻なのかは分からない。でも、彼女の夢の中の言葉が、あまりにも自然に胸に響いた。


 


 「君が笑って、また一緒に見ようねって言ったのを、確かに覚えてる。あの笑顔は……忘れられない」


 


 リゼリアは、手のひらで自分の胸元を押さえる。


 その瞳が、静かに揺れていた。


 


 「きっと、私は……あなたを、心から想っていた。騎士としてではなく、召喚獣としてでもなく、ただの――リゼとして」


 


 「……俺も、君を誰かを守る存在としてじゃなくて、一人の女の子として、大切に思ってた」


 


 「……蒼真様」


 


 見つめ合ったその瞬間、世界が静止したように感じた。


 風の音も、鳥のさえずりも、すべてが遠ざかり――ふたりの鼓動だけが、確かに響いていた。


 


 


 ====


 


 


 その日の夜、俺はエリスに呼び出された。


 彼女の手元には、古びた書簡が置かれていた。


 


 「これを見てください。リゼリア様が契約前に書いた、最後の遺志書の写しです」


 


 「遺志書……?」


 


 エリスは静かにうなずいた。


 


 「召喚獣契約は、時として人格と記憶を代償にすることがあります。リゼリア様はそれを理解した上で、あなたとの契約を選ばれた」


 


 俺は書簡を手に取り、ページをめくった。


 その中に、震える筆致で綴られた言葉があった。


 


 《――たとえ私が何も思い出せなくなっても、この魂が彼を呼び続ける限り、きっと、もう一度巡り会えると信じています》


 


 《私は彼を、ただ一人の人間として、心から愛しています。だから――忘れても、また恋をしますように。そういう奇跡を信じて、私はこの契約を結びます》


 


 その言葉に、胸が締めつけられた。


 


 「リゼリア……」


 


 「魂に残った想いが、あなたと再び引き合った。――きっと、これは運命なのですわ」


 


 エリスはそう言って、俺に微笑みかけた。


 


 「記憶はすべて戻るとは限りません。ですが、あなたと交わした感情だけは、何よりも強く残っていたのです」


 


 それは、記憶よりも確かなもの――想い。


 


 


 ====


 


 


 翌朝。再び温室を訪れると、リゼリアが花の前に立っていた。


 白いルミナフロアの花びらが、彼女の金の髪に舞い落ちる。


 


 「……待ってたよ」


 


 「来てくれると、思っていました」


 


 リゼリアは、振り返りながら笑った。


 けれどその微笑みに、ほんの少しの不安が混じっていたのを、俺は見逃さなかった。


 


 「蒼真様。私……すべてを思い出したわけではありません。でも、約束だけは、はっきりと覚えています」


 


 彼女は、一歩俺に近づいた。


 距離が縮まるたび、心臓の鼓動が早くなる。


 


 「あなたと、この場所で、もう一度……花が咲いたら、一緒に見ようと誓った。私は、その言葉を、愛を、魂に刻んだのです」


 


 「……ああ、俺も覚えてる」


 


 俺はリゼリアの手を取り、そっと唇を開いた。


 


 「俺たちは――もう一度出会って、もう一度恋に落ちたんだ」


 


 リゼリアの目が潤む。


 


 「こんなふうに、またあなたと同じ景色を見られるなんて……本当に奇跡です」


 


 俺は彼女の手を引き寄せ、そっと抱きしめた。


 この温もりを、二度と失いたくなかった。


 


 「君が戻ってきてくれて、よかった」


 


 「……ただいま、蒼真様」


 


 その言葉は、やさしい春風のようだった。


 花が舞い、光が満ち、再び結ばれたふたりの物語は――


 


 ようやく、動き始めたばかりだった。


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