異世界で再会した君は、俺の召喚獣だった
光に包まれた次の瞬間、俺は知らない大地に立っていた。
視界を埋め尽くす青空。どこまでも続く草原。遠くに見える山脈は、どこか異様なまでに鋭く、非現実的な景色だった。
「……は? え、どこだここ……?」
俺――藤堂蒼真は、確か大学の講義室で寝落ちしていたはずだった。ひたすら眠気との戦いに負け、つい机に突っ伏したその瞬間、視界が白く光り――気づけば、ここにいる。
「まさか、テンプレ異世界転移ってやつか……?」
草の匂いを嗅ぎ、耳に届く風の音を聞きながら、状況の現実味を探ろうとするが、脳が拒否している。――そのときだった。
「ようこそ、召喚の勇者よ!」
高らかな声と共に、突然現れたのは絢爛な装飾を纏った一団だった。まるで舞台の演劇でも始まったかのような衣装と身振りに、俺は目を丸くする。
「……やっぱテンプレだコレ」
ため息をついた次の瞬間、俺の前に歩み出てきた少女の姿に、思わず息を飲んだ。
――銀の髪。琥珀色の瞳。凛とした佇まいに、優しさと強さを兼ね備えた気配。
「初めまして。私はリゼリア=アルフェン。あなたの召喚獣です」
……え?
召喚獣? この人が?
戸惑う俺に、リゼリアは静かに微笑んだ。けれど、その笑みの奥に何か引っかかるものを感じたのは、気のせいだったのだろうか。
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事情を聞いた限り、俺はどうやらこの「アルフェン王国」とやらで、異界から勇者として召喚されたらしい。魔王だの混沌だのは、今のところ聞いていない。どうやら魔物の勢力が増してきていて、「勇者の力」が必要らしいが――。
「……いやいや、俺、ただの大学生だし。魔法も剣も使えないし!」
「心配には及びません。あなたの力を引き出すために、私が選ばれたのですから」
リゼリアが静かに言う。召喚獣という存在は、召喚者と魂の契約を交わし、その力の一部を共有できるという。リゼリアは「守護獣」の称号を持ち、王国の中でも最高位の存在だそうだ。
「でもさ……ほんとに初対面? なんか、どこかで会った気がするんだけど……」
俺の問いに、リゼリアは目を伏せた。
「……すみません。私も、なぜかあなたの声を聞いた瞬間、胸がざわめいて……。けれど、記憶には何もありません」
彼女は過去の一部を失っているらしい。召喚獣としての力を継承する代償ともいえるらしいが、それにしても奇妙だった。
なぜだろう。彼女を見ていると、懐かしさとも、焦燥感ともつかない感情が胸を締め付ける。
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王都の滞在も三日目。リゼリアは終始、俺の側にいた。
護衛の名目ではあるが、彼女は俺に不思議なくらい丁寧で、距離を詰めてくることもない。その礼儀正しさが逆に、俺には寂しく思えてきた。
そんなある日。
「……今日は、少し散歩でもしてみませんか?」
そう提案してきたのは、リゼリアだった。珍しい。彼女からそんな柔らかい言葉をかけられたのは初めてかもしれない。
王都の中央にある庭園――噴水の音と風に揺れる花々。静かな午後。
リゼリアは、ふと足を止めて俺に言った。
「あなたの名前を、初めて聞いた気がしないのです。『蒼真』……その響きが、何度も夢の中で聞こえたような気がして」
「リゼリア……」
「……もしかしたら、私は以前も、あなたを守っていたのではないか。そんな気がするのです」
彼女の横顔は、何かを探し求めるように寂しげで、でもどこか切なさを含んでいた。
俺は言葉を飲み込む。わかるはずもない。でも、俺の胸の奥にずっと引っかかっていたものが、彼女の言葉で少しだけ輪郭を持ち始めた気がした。
「それって、運命とか……?」
「……ええ。馬鹿げてるかもしれませんが、そう信じてみたくなるくらい、懐かしいのです」
そっとリゼリアの指先が、俺の袖に触れる。ほんの少しの距離が、急に縮まった気がした。
胸がドクン、と鳴った。
ああ、これは――惹かれているんだ。俺は、彼女に。
そのとき、遠くから声が響いた。
「勇者様、陛下が御前にお呼びです!」
使者の声に我に返る。けれど、リゼリアの瞳はまっすぐに俺を見ていた。
「また……後で、お話しましょう」
「……ああ」
胸に残った熱を抱えながら、俺は彼女の後を追う。
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夜。部屋に戻った俺は、窓から空を見上げていた。
月が浮かぶ異世界の空。けれど、胸にあるのは、懐かしい温もり。
(リゼリア……君は、俺の何だったんだ?)
答えの出ない問いと、心を占めて離れない彼女の笑顔。
――それは始まりだった。再び巡り合った、俺と彼女の運命の物語の。