9 二人の友達
「ライラ、私がおぶってやるぞ?」
ルーカスに追い出され、気分転換に外へ出ると、ライリーがニヤつきながらそんなことを言ってきた。
「……大丈夫です」
そっけなく返すと、ライリーは少し残念そうに「そうか?」と肩をすくめた。
いくら二歳上とはいえ、まだ十二歳の少女がおんぶするには無理があるでしょう。
私は近くの木に背を預けて座ると、ジュリアンも隣に腰を下ろした。
一方でライリーは何かを探しているように、地面をじっと見つめながら歩き回っている。
――きっと、枝か何かを探しているのだろう。
ライリーはいつも木の枝を剣代わりにして稽古をしている。
騎士になることが夢らしいが、本当に騎士になりそうで怖い。
いや、ライリーなら必ずなれると思うけれど、それもまた恐ろしい。
大人になった彼女にはできる限り会いたくないものです。
隣のジュリアンもまた、貴族に養子として引き取られ、性格が変わってしまうのではないかと不安になる。
この可愛らしい顔が、いつか偉そうな顔つきになるのは……嫌ですね。
「……僕の顔に何かついてるの?」
しまった、見すぎてしまった。
慌てて顔を逸らし、「いいえ」とだけ返すと、ジュリアンは何も言わずにじっと私を見つめ続けた。
可愛い子に見つめられると、なんだかおかしな気分になる。
それに、もしかして私の目が魔族のような姿になりかけているのでは……? いや、そんなはずはない。
「ライラって、綺麗な髪をしてるよね」
「え?」
「あ、べ、別に君だけが綺麗な髪をしてるわけじゃないから!」
「私よりもジュリアンの髪の方が綺麗ですよ」
「……!」
ほら、そんな綺麗な緑色の瞳で私を見ないでほしい。
とても純粋で、穢れを知らない目をしている。
それに比べて私は――
父親に捨てられ、それでもなお、捨てられることに快楽を覚えてしまった。
闇属性になったのも、もはや仕方のないことでしょう。
ルーカスも、私のことを純粋無垢な子どもだと思っていたのかもしれない。
でも、おチビちゃんが私を『闇属性』だと言った時点で、彼ももう認めざるを得なかったのでしょうね。
そもそも、この髪はこの世界に来てから水色になったもの。
本来の私の髪色ではありません。
――ジュリアンに、そんなことを言えるはずもないけれど。
「僕はライラがよく分からないよ」
「分からなくていいです」
「分からないから……僕は……」
何かを言いかけたジュリアンの顔に、大きな葉っぱが落ちてきた。
うわ、びっくりした。
「すまない! ジュリアン! 大丈夫だったか!?」
ライリーは慌てて駆け寄ってきた。
「ライリー! 危ないだろ! ライラに当たるところだったんだぞ!」
「本当にすまない! まさか、風がお前たちがいる方向に吹くとは思わなかったんだ!」
「それでも、木の枝で葉っぱなんか切れるわけないだろ!」
「何を言う。木の枝で葉っぱを切れなければ、騎士になどなれん!」
「そんなのできなくたって、騎士になれるだろ!」
「ジュリアンは何も分かっていないな! 騎士はどんなものでも何かを守るために、切らねばならんのだ!」
ライリー、ジュリアンは話を聞いてませんよ。
そもそも、さっきの葉っぱ、わざとですよね? 偶然ジュリアンの顔に当たるとは到底思えないのだけど。
……考えすぎでしょうか?
「そんなに騎士になりたいなら、ルーカスおじさんに頼んで引き取ってもらえよ! 僕はライラと二人で孤児院に残るから」
え? 私も孤児院から出たいのだけど。
ジュリアンと行動を共にすれば、あなたのファンに妬まれる未来が待っているのですが。
――というか、一人にさせて。
「そ、それはダメだ! ライラを残して引き取られるなど、私には考えられない……!」
「だったら、諦めるんだな」
「ぐぬぬ……」
ああ、なんだか眠くなってきた。
おチビちゃんとルーカスも、早く話を終わらせてくれないかしら。
そもそも、私の部屋なのに。
――もう疲れた。
この世界に来てから、体が重くなった気がする。
子どもになれば体力が上がるのではなかったの? たくさん走って、たくさん食べて、たくさん遊んで……それが今ではとても辛い。
ふと、昔の記憶が蘇る。
――父が仕事でいない間、朝昼晩の食事を与えられなかった私に、兄が手料理を作ってくれた。
普段は残り物を適当に食べていたのに、兄が作ってくれたのは、私の好物のトマト料理だった。
それが、とてもおかしくて……それでいて嬉しかった。
食べきれない量だったけれど、父が帰るまで兄と、後からやってきた弟と一緒に頑張って食べた。
三人でお腹いっぱいになって、空になった皿を見て笑ったものです。
――でも、その時間は一瞬で終わった。
気が付けば、兄も弟も父によって遠ざけられ、私だけが残った。
本当に最悪だ。
捨てられるのはいい。
でも、関係を引き裂く人間が一番許せない。
ジュリアンとライリーを見るたびに、同じことが起こるのではないかと不安になる。
私なんかと一緒にいたら、彼らまで不幸になってしまう。
……こんな私なんか、消えてしまえばいいのに。
それなのに、彼らの生き生きとした表情が胸に響く。
そして、空を見上げると――
この世界の空も、あちらの空と変わらず、腹が立つほどに快晴だった。
「笑えますね」
思わず、そう呟いてしまった。
隣でいがみ合っていたジュリアンと、その前に立つライリーが驚いた顔を向けた。
「ラ、ライラが笑った!?」
「こ、これは新たな発見だぞ! 今すぐ描かねば!」
ライリーは騎士ではなく、画家になればいいのに……と思いながら、私は二人を眺めて待つことにした。
●●●
いつの間にか寝ているライラを、ライリーは凝視しながら物凄い速さで絵を描いていた。
相変わらず、この乱暴者のライリーは絵が上手だ。
でもまあ、僕の頭の良さには到底敵わないけど。
「ふむふむ、ライラのまつ毛はとても長いのだな。まるで人形だな、くくっ」
うわ、この女、またライラを変な目で観察しだしたよ。
これだから、ライラが心配なんだ。
初めて会った時からそうだったけど、ライリーは鼻息を荒くしながらルーカスおじさんに抱えられてやってきたライラを見ていたんだから。
まるで、おもちゃを見つけた子どものように目を輝かせていた。
でも、あんなに人形みたいな女の子、僕も見たことがない。
孤児院で育ったけど、ライラのような子は初めてだった。
だからなのか、ライリーも興味を持ったんだろう。
あの綺麗な水色の髪に、空と同じ色の澄んだ瞳。
汚れなんて知らないかのような姿に、どこか大人びた雰囲気を持つライラ。
ライラが孤児院にいる理由が、どうしても分からなかった。
もし、捨てられてルーカスおじさんに拾われたのなら、あんなにも不機嫌そうな顔をして「拾うな」とでも言うように睨みつけるはずがない。
それに、少し目を離せばすぐにどこかへ行ってしまう。
まるで、ここから逃げ出したくて仕方がないみたいに。
「ねえ、ライリー。どうしてライラはあんなに逃げたがるんだろ?」
ライリーは描く手を止め、少し考えてから口を開いた。
「……もしかしたら、ライラは自分から逃げ出して、一人になれる環境を探していたのかもしれんな」
「自分から逃げ出す?」
「ライラが孤児院に来た時、服も髪も汚れてなかっただろう? もしかすると、どこかの貴族の娘で、嫌なことがあって逃げてきたのかもしれない」
「確かに……。こんなに可愛いし、普通の子じゃないよね」
だから、ルーカスおじさんに拾われた時、ライラは「やっと一人になれる」と思ったのに、また保護されてしまって腹が立ったのかもしれない。
でも、女の子が一人でさまようのは危険すぎる。
「ライラは、きっと私たちのことを迷惑に思っているだろうが……私は諦めないぞ!」
ライリーは拳を握りしめ、力強く言った。
「私の夢は騎士となってライラの盾となることだ。そして、友人として認めてもらうまで、しつこく付きまとうぞ!」
そう言うライリーの姿は、勇ましかった。
きっと、ライリーは本当に騎士になる。
それに、僕だってライラを守りたい。
ライリーのように明確な夢があるわけじゃないけど、僕は頭を使って国のために何かをしたいと思っている。
でも、もし僕たちの夢が叶った時――
ライラはまるで存在しなかったかのように、どこかへ消えてしまうんじゃないか。
それが、怖い。
「……僕は君と仲良くする気はないけど、ライラのためだから、僕も付きまとってやるよ」
「ははっ、いい度胸だ!」
ライリーが笑い、拳を軽くぶつけてきた。
こうして僕たちは、ライラを見張り続けるという任務を受けた。
報酬は――そう、ライラと友達になること。
ライラは気付いていないけれど、僕は可愛いものが好きだ。
だからライラが好き。
それが、たとえ闇属性であっても。




