8 闇属性
「う、動けない……」
私の足とライリーの足が絡まり、さらにジュリアンの足がライリーに絡まって、完全に身動きが取れなくなった。
そんな私たちを、呆然と見つめるルーカスは、すぐさま魔法で起こしてくれた。
「皆さん、いったい何をしているのですか? それに、ライラまで……」
「父上! あのチビが喋ったんですよ! こんな不思議なことがあるでしょうか!」
ライリー、その手をやめなさい。
当のおチビちゃんは、「なんのこと?」とでも言うように目を逸らしている。
「ラジュリー! 僕の目は誤魔化せないぞ!」
ジュリアンの言葉に、ルーカスは「ラジュリー?」と不思議そうに首を傾げた。
……そういえば、ルーカスにはまだ名前を付けたことを話していませんでしたね。
おチビちゃんは、名前を呼ばれたのが嬉しいのか、自慢げに飛び回っている。
「それは、三人で考えた名前ですか?」
私たちは揃って頷く。
まさか、自分たちの名前から取ったとは思うまい。
「皆さん、体に異変は?」
「父上、異変とは?」
異変? 確かに私は頭痛と吐き気で倒れたけれど、ただの体調不良かもしれないですし……。
「……皆さんには話しておいたほうがいいでしょう。今から言うことは、必ず他言しないこと、いいですね?」
二人に合わせて私も頷く。
そんなに重大な話なのだろうか。
おチビちゃんは相変わらず何食わぬ顔で飛び回っているけれど。
「この動物は、ただの動物ではなく、姿を変えた魔族です」
は? 魔族? この可愛らしいおチビちゃんが? 信じられない。
魔族といえば、悪魔的な存在のあれでしょう?
でも、魔族だろうが何だろうが、おチビちゃんはおチビちゃんよ。
むしろ、このままでいてくれないと困る。
「ま、魔族だって!? じゃあ、僕たちは魔族に名前を付けてしまったということ?」
「魔族に名を授けるということは、魔力を分け与えるということ。つまり、あなたたち三人は魔力持ちで、それぞれ魔法が使えることになります」
――待って、嘘でしょう?
魔法が使えるのはいいけれど、私の場合、嫌な予感しかしないのだけど? 闇魔法だけは嫌です。
どうか、それ以外でお願いします、神様。
「僕たちが、魔法を……?」
「父上……それは誠ですか?」
「ええ。ライラが体調不良で倒れたとなると、あの魔族に名を授けた代償かと思いましたが……ライラは別の理由でした」
別の理由ってなんですか。
私はてっきり、「捨てられたい」と願ったことで天罰が下されたとばかり思っていたのですが。
「ルーカスおじさん、それはどういうことですか?」
「ライラは、どうやら光の魔法が苦手な体質のようです」
この世界は、私に優しくないようです。
だって、これはもう私が闇属性だと分かった瞬間ではないですか。
神様、私が何をしたというのですか? 確かに、捨てられることへの快感を覚えてしまったけれど、それは仕方がないことではなくて? 闇属性なんて、皆に嫌われる未来しか見えないのだけれど。
でも、誰もいない場所に逃げられるなら、それはそれで本望かも。
とはいえ……ルーカスは世界の果てだろうと、私を捕まえに来るだろうけれど。
はあ、泣きたいです。
おチビちゃん、どうしてそんな顔をしながら私を見ているの? 泣きたいのはこっちなんですが。
おチビちゃんは、私に向かって飛びつき、私はそれを受け止める。
『キュ……』
「……そんな顔で見ないでください」
それでも、私はおチビちゃんを強く抱きしめてしまうのだから、相当、精神的に来ているんでしょう。
というかおチビちゃん、あなた、普通に喋れるでしょう……?
「……あくまで、そういう体質なだけで、ライラが闇属性だというわけではありませんよ」
――この男、私の心を読んだな?
おチビちゃんは、何故かルーカスを睨みつけているけれど、あなたはいったい何がしたいのです?
「父上、ライラが闇属性だなんてありえません!」
「ライリー。ライラが闇属性なわけないだろ。むしろ光……」
ジュリアン、いつも私を見るたびに言葉を濁さないでください。
もういいです、私が闇であろうと死ななければいいのだから。
『全く、ライラ様は闇属性に決まっているだろう?』
――あ、喋った。
「……だそうですよ。ルーカス」
「……! ライラ、騙されてはいけません」
『何を騙すって? 俺は本当のことを言ったまでだ。これほどにも闇の力が強く、ましてやあの消えたはずの『闇属性』だ。これほどにも嬉しいことはないよ』
「ラ、ラジュリー! さすがに嘘だよね?」
やはり、闇となると皆これほどにも否定したがるのですね。
でも、たとえ私が闇属性であろうと、魔法を使わなければいい話でしょう。
死ななければいいのだから。
もう、闇属性も捨てられる運命と同じなのだとしたら、受け入れるしかないですね。
『俺は嘘はつかないよ、ジュリアン殿。ライラ様は正真正銘、闇属性だ』
私に様付けをするのはなんなのです?
「チビ! それ以上言ったらここから追い出すぞ」
え、追い出す? それなら、おチビちゃんを追い出すついでに私も追い出してください!
『ライリー殿。俺を追い出すのなら、ライラ様もここから出ていくことになるが?』
――私は構いませんよ。
おチビちゃんは、私と同類みたいなものですし、一緒にいようがどうでもいいです。
すると、突然、壁が粉々に砕け散る音が響いた。
「ライラは魔族の手に渡らせない」
低く、抑えた声が聞こえる。
視線を向けると、ルーカスが壁に拳を叩きつけ、砕けた破片が床に散らばっていた。
おチビちゃんを睨みつけるその目は、殺意に満ちている。
……これが本性ですね?
ライリーとジュリアンは明らかに引いている。
彼らにとっては恐怖だろうけれど、私は精神年齢が十八の成人女性です。
これは、子どもにはトラウマ級の光景でしょうね。
『魔族の手? ははは! 面白いことを言う。ライラ様は確かに我々魔族にとって偉大な存在だが、それは所詮争いの種となる』
「争いの種?」
ルーカスは、怖がるライリーとジュリアンに気が付いたのか、すぐさま壁から拳を抜き、手に付いた断片を振り払いながら、おチビちゃんを見ていた。
『ライラ様は、この世界でたった一人の闇属性だ。それに、直視できないほどの強力な魔力をも持っている。そのような存在を手にしようとする不届き者がいたら、やがてライラ様を巡る戦争となるに違いないのだからな』
……それ、聞きたくなかった。
そもそも、魔族という存在は闇の世界に生きているから、そのほとんどが闇属性ではないの? だとしたら、おかしすぎる世界ですね。
「……ジュリアン、ライリー、そしてライラ。しばらく席を外してもらえますか?」
――また、追い出されるんですか?
おチビちゃんは、ルーカスを蔑む目で見ている。
私に視線を向けると、すり寄ってきた。
可愛子ぶっても無駄だと言いたいけれど、ここは大人しく席を外すことにしよう。
「ライリー、ジュリアン行きましょう」
そう言って、おチビちゃんを下ろすと慌てた様子で私の周りを歩き回った。
『ライラ様? あんな奴のことなんて聞かなくても――』
「それでは」
もう面倒くさいので、言われた通りに退室しましょう。
「ルーカスおじさん! 早く終わらせてください。一応、ライラは病み上がりなんですから」
「父上、それとチビ。ライラのためにも少しは気を使ってください」
ジュリアンとライリーは私の手を掴み、部屋の外へと連れ出した。
その背中が、大人のように頼もしく思えた。




