表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

4 幸せにしたい

初めて彼女を見たとき、あまりにも可哀想で見ていられなかった。


僕はそんな彼女を幸せにしたいと思った。

そのために、彼女の周りの環境をより良くしようと、あらゆるものに手を加えた。


――だが、全てが弾かれるように悪化していくばかりだった。


それなのに、彼女は嬉しそうに笑っていたのだから理解ができなかった。

だから、あの世界が何かしら妨害をしていると思い、僕はこちらの世界へと連れていくことにした。


それでも、彼女は自分が子どもの姿になっても、髪の色が変わっても、この世界に転移したことにも驚くことはなく――寧ろ、『拾われた』ことにひどく落胆していた。


子どもの姿にしなければ、孤児院に入らせることができなかったため、やむを得ず子どもの姿にさせてもらった。

だが、彼女の髪の色が変わったことに関しては、僕にとっても予想外だった。

黒かった髪が、水色へと変化した。

その瞳とまるで調和するかのように――


そして、彼女はこの世界の孤児院に連れてきた僕をひどく恨んでいた。


僕が彼女を知ったきっかけは、暇つぶしに彼女の世界へと行った時に、見たこともない魂を見つけたからだ。


白と黒が混ざり合い、しかし白が追い出されるほどに黒の色が濃い――そんな異質な魂。

僕はそれに興味を持ち、十八年間、彼女を見守ることにした。

いや、見守ってきた。


やがて、その魂は成長し、美しい少女へと姿を変えた。

それが、ライラだった。


彼女には『しぐれ』という素晴らしい名が与えられていたが、それをつけたのが父親だと知り、腹立たしさを覚えた。

だから、僕は彼女を『ライラ』と名付けた。


幸いにもライラには二人の兄弟がおり、彼らだけはまともな人間だった。

それがまさか、父親のせいで仲を引き裂かれることになるとは。


捨てられたと(さと)ったライラの瞳は、まるで自ら心を捨てたかのように虚ろだった。

――それなのに、笑っていた。

口角を上げ、火照った頬で。

それが、あまりにも不気味で狂気じみていた。


僕は思った。

――狂っている、と。


だが、それでも不思議と彼女を守りたくなった。



ライラがまだ赤子だった時に、寝ている母親の隙を見て抱いたことがある。

暗闇の中、月明かりによって照らされた赤子のライラは、僕を見ては、満面の笑みで僕の頬で遊び出した。

その赤子の美しい水色の瞳が、暗闇の中でも異様に目立っていた。

その瞳で、僕に向かって微笑んだ。


その時から、僕の心には『愛』という感情が芽生えた。


それ以来、成長していくライラを見届けてきた。


時には転びそうになったライラを守り、時には食べてはいけないものを取り上げたり、そして時には遠くの方からトマトを美味しそうに頬張るライラを見つめた。


あの時間が僕にとって、かけがえのない時間となった。

ライラの口調も、いつの間にか僕に似てしまったのか、妙に丁寧だった。

両親もさぞかし不思議に思ったことだろう。


その幸せな時間は、彼女の母親が亡くなってから変わってしまった。

父親は、母親の死をライラのせいにしだしたのだ。

その父親のせいで、ライラの心は一瞬にして虚無へと染まった。


僕が目を離した隙にライラがいつしか消えてしまうのではないか、と思うようになってから、僕はライラを新たな世界で幸せにしようと考えた。



それなのに、今、僕の目の前にいるのは、部屋の扉の前で倒れ込むライラだった。


「父上! ライラが!」

「ライラ! しっかりして!」


僕と同じように駆け寄るライリーとジュリアン。

ライラを揺さぶりながら声を張り上げるが、彼女は応えない。

僕の心臓は、爆発しそうなほどに大きく鼓動を打っていた。


幸せにすると決めていたのに、彼女を不幸な目に合わせていたとは思いたくもなかった。


「父上! 早く助けてください!」

「ルーカスおじさん!」


もともと孤児院を建てるつもりはなかった。

昔の僕は、ただの暇つぶしとして人間の生活を眺め、人の姿で身分を偽りながら退屈を紛らわせていたに過ぎない。

そもそも僕は、この世界とあちらの世界の繋がりを守る門番として生を受けた。

しかし、世界を行き来しても特にやりたいことはなく、日々はただ無為に過ぎていくだけだった。


そんな中、偶然ライラとなる魂を見つけた。

その瞬間から、彼女は僕にとって特別な存在となり、やがて愛おしくてたまらない存在になった。

それゆえに、身寄りのない子どもを見るたびにライラを思い出し、気付けば孤児院を建てようと決めていた。


それほどまでに、ライラは僕にとって大切な人間の少女だった。

僕が唯一、心から守りたいと思った人間の子だった。


だからこそ、僕が傷付けてしまったのだ。

僕のせいで。


「「早く!」」


ぼんやりしていると、ライリーとジュリアンの声がして、思わず顔を上げると、二人は僕を叱りつけるように見上げていた。

そうだ、僕は今まで何をしていたのだろう。

この子たちが懸命にライラを助けようとしているというのに、僕は……


「父上! 早くしないとライラが……ライラが!」

「心配しないで。絶対に死なせませんから」


僕の大切なライラ。

たとえ、僕を恨んでいようと僕はしつこいくらいについていくよ。

だから、今すぐにでも僕に生き生きとした姿を見せておくれ。

失望なんてさせないから、どうか捨ててなんて言わないで。




●●●




「ライラ……」

「父上……ライラは目覚めてくれますよね?」


この声は、ジュリアンとライリー?

そういえば、謎の吐き気と頭痛に襲われて倒れたのだった。

ということは、まだ生きていたのか。

良かった、死ななくて。


「……もちろんです。そうでなければ、困ります」


そして、次に聞こえてきたのはルーカスの声だった。

声音からして、とても疲れているように思えた。

きっと、私のために寝ることもなく魔法で癒し続けていたのだろう。

本当に馬鹿な男です。

私から嫌われていることに気が付いているくせに、そんな相手のために体を張るだなんて。

普通なら、自業自得として見捨てられてもいいというのに。


「本当に……馬鹿なんですから……」


私の絞り出した声に気が付いた三人は、驚いた様子で私の顔を覗き込んだ。


「ライラ! 私は……私は! ううっ、良かった……。本当に良かった」

「ライラ、大丈夫!? 痛みは? 吐き気は?」

「……大丈夫ですから、そんな顔しないでください」

「僕、君が死んでしまうのかと思って……」

「死んでたまるものですか」

「私のライラがじんでじまっだら、私はどう生きていげばいいのだ……。ううっ」


涙と鼻水だらけのライリーに、私は自然と口角が上がる。

本当に人生は不思議だ。

今まで、友人というものを作ったことがないため、なんだかとても新鮮。

けれど、どのように接していけば分からないから、いつ相手を傷付けてしまうのかも分からない。

友人を作ってしまえば、相手まで不幸になってしまう。

ライリーもジュリアンも、私のようになってはいけない。

だから、私と一緒にいてはダメ。

こうして、私のせいで泣かせてしまうのはこっちだって辛いのだから。


「ライラ」


すると、ルーカスが私を呼ぶ。

私は目だけを動かし、ルーカスを見る。

彼は、普段とは違って穏やかな表情ではなく、本気で心配しているような表情で私を見下ろしていた。


「無事で良かったです……」

「……どうして私をそんな目で見るのですか?」

「ルーカスおじさんは、ライラに付きっきりで治してくれてたんだよ」


ジュリアンの言葉に、私は再びルーカスの顔を見る。

本当に彼はお節介な人だ。

それなのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるの?

ううん、騙されてはいけない。

ルーカスはただ、私が倒れていたから治しただけ。

それ以外に理由はない。


「……ありがとうございます」

「ジュリアン、ライリー。少し席を外してくれますか? ほんの少しだけ、ライラと話したいことがあるのです」


え? まさか、二人きりで話すというの?

それだけは嫌よ。


「それは嫌です……!」

「ライラ、ほんの少しだけだからお願いします」


そんな真剣な顔でお願いしないで。

余計に断りづらい。

ジュリアンのほうを見ると、我慢しろとでも言うかのように首を横に振りながらライリーを連れて部屋から出ていった。


やがて、ルーカスと二人きりとなった部屋は沈黙に包まれていた。

私と話したいのなら、この沈黙はやめてほしい。

すると、私の思いが届いたのかルーカスは口を開いた。


「ライラ、いつから体調を崩すようになったのか教えてくれますか?」

「……分かりません。突然、体調が悪くなったんです」


あれが、ルーカスのせいだと思っていたけれど、さすがにあれだけで倒れてしまうとは思えない。

すると、ルーカスは思い悩むように考え始めた。

え? そんなに深刻な状況だというの? 私、まだ死にたくはありません。

人と関わることは好きではないが、生きることが嫌というわけではない。

一人で何かをして、一人で好きなことをする人生が一番楽しい。


すると、ルーカスは私を見つめた。


「な、なんですか……」

「僕の手を触ってほしいのです」


この男はさっきから何を言っているの。

まさか、私を使って良からぬことをしようとしているのではないだろうか。


「変なことはしないので、触るだけでいいのです」

「……」


仕方がない。

きっと触らない限りは、ずっとルーカスと二人きりになること時間が増えるだけだ。

とりあえず、人差し指だけで触ろう。


すると、突如大きな静電気を感じて私は素早く指を離した。


「痛っ……」

「まさか、こんなことが……」

「私に……何をしたのですか?」

「……いいえ、なんでもありませんよライラ。ということですので、ジュリアンたちを呼んできます」


待ってどういうことなの?

ルーカスは、もしかして私に何かを隠している?

今までもそうだったけれど、どうして私にだけ必要以上に優しくし、見て見ぬふりをすればいいというのに、逃げ続ける私を捕まえ続けるの?

何かを企んでいるのなら、さっさと私をどこかに売り飛ばして、私を一人にさせてほしい。

それがたとえ、悪党のところへ売り飛ばされても逃げればいいだけだ。


だから、私に優しくしないで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ