3 金髪の男からは逃げられない
ライリーとジュリアンに捕まり、ようやく解放された私は、朝食をとるために一階へと向かった。
一階にたどり着くと、既に多くの子どもたちが朝食の準備に取り掛かっていた。
この光景には、どうしても慣れない。
無駄に長い食卓、無駄に多い人の数。
今までの私にとって、こんな大人数で食事をするなんて考えられなかった。
学校の食堂ですら、ここに比べれば少人数ですし。
そして、相変わらず私を妬んでいるのか、ただ見ているだけなのか分からない女の子たちもいるけれど。
ライリーとジュリアンは朝食の準備を手伝いに行ったが、私は手伝っても邪魔になるだけでしょう。
そう思い、一人で邪魔にならない場所を見つけ、この世界のことを整理してみることにした。
二ヶ月ほどこの世界に暮らして思ったことは、金髪の男が普通に魔法を使っていたことに驚いた。
異世界転生なんて夢物語だと思っていたが、どうやら現実らしい。
転生というより、私の場合子どもに戻っただけだから転移かしら?
気になった私は、その金髪の男にこの世界のことを聞いてみた。
どうやらこの世界では魔法が使える人間は極めて珍しいらしい。
珍しさでいえば、「腐ることのない食べ物が腐ったとき」くらい稀だという。
基本的に魔法は 『水・火・風・氷・光』 の五種類が確認されている。
ただ、何百年も前には 『闇魔法』を使える者も少数ながら存在していたらしいです。
しかし、『闇』の力はほとんど日常で使われることはなく、皇族の依頼で暗殺をする程度の需要しかなかったとか。
そのせいで魔族扱いされ、『闇』を使える者はいつの間にか世界から跡形もなく消えてしまったそうです。
あまりにも不憫で、こんな私でも『闇属性』にはなりたくはない。
いや、そもそも私が魔法を使えるかどうかも分からないのだから、考えてもしょうがない。
それにしても、魔法が使える者は皇帝に大事にされるらしいけれど、あの金髪の男もそうなのでしょうか?
そう思い、試しに聞いてみたところ——
「どうでもいいことです」
と、そっけなく返された。
どうでもいいで済ませられる人間は、おそらくあの男だけでしょう。
あの男は『光属性』だからという理由で、ここの孤児院を設立したらしい。
そして、今では子どもたちの『お父さん』的ポジションにいるのだとか。
けれど、私は絶対にお父さんなんて呼ばない。
あの笑みには、何かしら隠しているに違いないのだから。
あの男の名は、『ルーカス』という。
二十五歳のときにたった一人でこの孤児院を運営し始め、皇帝からの信頼も厚いという。
今では三十二歳だというけれど、どう見ても嘘だろうと疑いたくなるほど若い見た目をしている。
あ、ちなみにこの話はライリーから聞いた話です。
ライリーはルーカスを本当の父親のように慕っているが、ジュリアンは私と同じく警戒心丸出しだ。
そういう意味では、ジュリアンと私は気が合うのかもしれません。
まあ、気が合うつもりもありませんが。
今、私がいる国は『アステラディア』という帝国であり、世界で唯一敵に回してはいけないとされる強国であるそう。
そんな国で、ルーカスは、孤児院を運営しながら『グローウム神殿』の神官も務めているという、超多忙な立場にある。
今思えば、彼はいつ寝ているのだろうか、と思ってしまうほどにぴんぴんとしているため、本当に人間なのかと疑ってしまう。
「おはようございます、ライラ。今日もライリーとジュリアンに起こされたのですね。ふふ、仲がよくて素晴らしいです」
一人で邪魔にならない位置で、この世界のことを整理していたら、不意に、聞きたくもない声が後ろからかかった。
おそるおそる振り向くと——
微笑みながら私を見下ろす、あの金髪の男の姿があった。
しまった。
油断したせいで、隙をついてしまった……!
私はすぐさま、風の如くその場から逃げる。
突如、私の体が光に包まれ、後ろへと引っ張られてしまう。
「おやおや、逃げるなんて悲しいですね。ライラ」
私は、気が付けばルーカスの腕の中にいた。
もう最悪です。
この男はいつも私が逃げようとするたびに、こうして捕まえてくる。
勘弁してほしい。
「……」
「さあ、一緒に朝食を食べましょうね、ライラ』
身動きも取れず、私はルーカスの膝の上で朝食を取ることになった。
私よりも下の子どもがいるというのに、こんな仕打ちは耐えられない。
ルーカスを睨みつけるジュリアンと、羨ましそうな目で見るライリーの視線が痛い。
そんなに代わってほしいのなら、喜んで代わってあげたいですよ、こちらも。
「ほら、ライラ。君の大好きなトマトですよ。はい、あーん」
トマトを口に運ばれ、私は 『お前を食ってやろうか?』 という目をしながら噛み潰す。
確かにトマトは好きだけれど、こんな形で食べるとはなんとも屈辱的。
なのに、この男は私からの殺意を向けられながらも、嬉しそうに微笑んでいる。
腹が立って、殴りたくなるような顔です。
「ルーカスおじさん。ライラをそのようにするのはやめてくれますか?」
すると、今まで睨みつけていたジュリアンが口を開いた。
さすがはジュリアン。
もっと言ってやってください。
私は期待の眼差しでジュリアンを見つめる。
ジュリアンはそれに気が付いたのか、身を乗り出して言葉を続けた。
「毎日そんな風にライラを抱えて食べさせて、正直僕からすると不快です」
「こら、ジュリアン! 父上に向かってなんてことを言うのだ!」
「だってそうでしょ? いつもライラだけ特別扱いして、他の子どもたちのことなんて、何も考えてないんだから」
ごもっともです。
私を特別扱いをして、皆に嫌われてここから追い出されればいいが、さすがに他の子どもたちが可哀想です。
「ふむ、そうだね。では、ジュリアンもおいで」
「は?」
次の瞬間、 ジュリアンも魔法で引き寄せられ、私と同じくルーカスの膝の上に座ることになった。
いやそういうことではないでしょう! この男、絶対に馬鹿なのではないだろうか。
「……!」
私と顔が合うジュリアンは、驚いて声に出せないのか、必死にルーカスから降りようとし、私も降りたくてたまらない。
しかし、この男は見た目からして力強い。
すると、ライリーが我慢できなくなったのか、机を叩きながら手をうねうねと動かして、羨ましそうに私とジュリアンを見つめていた。
その様子に他の子どもたちも乗せられたのか、椅子から立ち上がりルーカスの周りを囲んだ。
「私も抱っこ!」
「僕も僕も!」
これでは脱出不可能です。
仕方がないので、私は怒りで顔が真っ赤になっているジュリアンの肩を優しく叩いて、首を横に振った。
「……ライラもこんな気持ちだったんだね」
ジュリアンはそう呟き、私は頷くしかなかった。
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ようやくルーカスから解放された私とジュリアンは、疲れ切って椅子に座り込んだ。
ルーカスは他の子どもたちに囲まれ、一人ずつ順番に抱っこをしたり、頭を撫でたりを繰り返している。
「なんだか、僕、気持ち悪くなってきた……」
「奇遇ですね、私も……」
本当に気分が悪くなってきて、手で口を塞ぎながら小さく息を吐いていると、突如後ろから気配を感じ、ゆっくりと後ろを振り向く。
「父上の腕の中はどうだった? ライラ、ジュリアン?」
そこには、微笑みながら私とジュリアンの肩を強く握るライリーがいた。
「いいわけないでしょ! あんなの拷問だよ」
「吐き気を催す拷問です……」
「そ、そんなに良かったのか……?」
「はあ? 君馬鹿でしょ! どう見てもいいわけないだろ!」
本当に気分が悪くなってきた。
ライリーたちの声すら聞き取りづらくなり、視界も白くなってきて、世界が回り始めた。
これは本当にまずいのではないでしょうか。
これほどにも気分が悪くなったのは初めてです。
とりあえず、場所を移さないと。
「すみません、部屋に戻ります」
「ラ、ライラ。君、僕よりひどいんじゃ……」
「私もついていくぞ」
「いいえ……来なくていいです」
重い足取りで階段を上がると、「ライラ?」と言うルーカスの声が聞こえたが、私はそれに反応することなく聞こえないふりをして、無理に自室へと向かった。
だんだんと、頭痛もひどくなり、歩くのが辛くなってきた。
こんなこと、今までなかったというのに、私の体はいったいどうしたというの。
こんな調子じゃ、逃げるどころか死んでしまいそうだ。
なんとか自室にたどり着いたけれど、ベッドに向かう力も残っていない。
本当に死にそう。
「はあ、はあ……ここで死んでたまりますか……。絶対に……生きてここから……」
扉を閉め、そこに背中を預ける形で座り込むと、そのまま意識を手放す。




