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28 勉強

「それでは皆さん、夕食になるまで頑張りましょうか」


ルーカスが家庭教師となった。

ジュリアンは、頭を抱えながら椅子に座っていた。

この人、どれだけ職業があるのよ。


「父上……。勉強をしないといけませんか?」


ライリー、今のルーカスに何を言っても無駄ですよ。

あんな優しいルーカスはもういないのです。


「ダメです」


ほら。

ルーカスの言葉にライリーはすぐに肩を落として黙り込んだ。

すると、ルーカスと目が合い、私に微笑みかけた。

な、なんですか。


「ライラ、可愛くなりましたね。前も可愛かったですが」

「……!」


いきなり何を言うのかと思ったら、本当に変わりませんね! ルーカスがあまりにも突然なことを言うので、思わず私の心臓がドキリと跳ねた。


「ふふ、では授業を始めますよ」


そう言って、ルーカスは教科書を開いた。




●●●




「ルーカスおじさん、ウィクト家は皆魔法が使えるんですか?」


ルーカスの講義が始まって、ジュリアンは結局真剣に取り組んでいた。

今日学んでいるのは、ウィクト家の歴史と魔法の使い方についてだった。

ジュリアンが質問したのはその一環で、ウィクト家の魔法の力について気になったのでしょう。

まさか、この世界に来てから魔法のことを学ぶなんて信じられないわね。

ライリーなんか、突っ伏して絵を描いてるし。


「ウィクト家の者は、確かに皆、魔法を使うことができます。ただし、その力には個人差があるのです」


ルーカスは教科書のページをめくりながら、説明を始めた。


「ウィクト家の魔法は血統によるものが大きい。代々受け継がれた力は、家族によって使い方や得意な魔法が違うのです。ただ、基本的には全員が何かしらの魔法を使えます」


ジュリアンは興味深く聞き入りながら、再び質問した。


「ということは、公爵様はどんな魔法を使えるんですか?」

「エヴァン殿は、力強い火の魔法を使うことができます。火の魔法はウィクト家の得意とする分野で、特にエヴァン殿はその力を極めたと言われています。もちろん、火の魔法にも個人差がありますが、エヴァン殿のような使い手は少ないですね」


ということは、ライリーも火の魔法を使えるからウィクト家に一番適していることになりますね。

ジュリアンが興味津々で聞き入っている中、ライリーはまだ絵を描き続けているし。


それにしても、この世界は魔法を使えるものは極端に少ないと言われてますが、ウィクト家の全員が使えるのなら、とんでもない家系なのでは? それに、魔法を使える者たちは皇帝に大事にされていると聞いたから、ウィクト家は特に注目されている家系なのかしら。


けれど、養子となった三人の子どものうちの一人が『闇属性』と知られたら、どうなる? そうならないように、ひたすら隠して影となって過ごすしかないです。


「ルーカスおじさん、じゃあエドワード……兄上は?」


ジュリアンが、兄上と言ってる……。当主のことは父上やお父様とは呼ばないのに。

それにしても、エドワードさんの名前を聞くたびに体が震えあがる。


「彼は、僕と同じ光魔法を使うことができます。ですが、エドワード殿はその力をかなり特殊な形で扱うことが得意で、時にその力を使って周囲の状況を整えたり、支配することもあるんです」


光魔法が、周囲を支配する? それは一体どういう意味なんだろう? 何か裏があるような気がしてならない。


「エドワード殿は、光魔法をただの力としてではなく、非常に繊細に、また時には支配的に使うことができます。彼の魔法は、周囲の人々に大きな影響を与えることもあるのです」


ジュリアンは興味深そうに聞き入っていたが、その表情に少しの警戒心が見えた。


「それって、どういう意味ですか?」


ルーカスは一瞬考え込み、言葉を慎重に選んだ。


「エドワード殿は、光の力で人々の心に強く作用します。彼の魔法には、人の感情や意志を引き寄せる力があるとエヴァン殿は言っていた。なので、彼と接する際には、慎重でなければならない。彼の言葉や行動に影響されやすいですからね」


ジュリアンは黙って考え込んでいるようだった。

エドワードに対する恐怖や不安が少しだけ顔に浮かんだが、それが何か不安定なものを感じさせた。


エドワードさんが、ペンダントのことを知って何をしてくるか分からない。

夕食の際は、必ずと言っていいほど接触しなければならないし、どうしたらいいの。


「ルーカスおじさん、ずっと思ってたけど、公爵様は自分の子どもとかいないんですか? 僕たちを養子にするくらいだから」


確かに私もそう思っていた。

奥さんらしき人もいないし、子どももいませんよね。

成長して家を出ていったのなら分かるけれど、当主は見た感じ若そうですし、それはなさそう。


「ええ。エヴァン殿は子どももいないどころか結婚もしていません」


嘘でしょ、子どもはまだしも結婚すらしていなかったなんて。


「え、結婚もしていないの!?」


ジュリアンは驚きながら問い返した。

ルーカスおじさんは、少し苦笑いを浮かべながら頷いた。


「ええ。彼は家を継ぐことに重きを置いていて、家庭を持つ余裕がなかったのでしょう。家業が忙しいのも理由の一つかもしれませんが」

「じゃあ、僕たちが養子となったのは、念の為継ぐ人が必要だったから?」

「それもありますが、家族を作ることでウィクト家を変えたかったのでしょうね。それに、エヴァン殿は女性が苦手だそうなので、結婚をする気もないそうですけどね」


なんだか意外なんですけど。

初めて会った時は、あんなに堂々としてたのに女性が苦手だなんて。

ですが、メイドさんたちに対しては大丈夫そうに見えるけれど、それとこれとは別なのかしら。


「エヴァン殿は非常に優れた人物ですが、どうも女性との関わりが苦手なようで。だからこそ、家族を作るために養子を迎えることを選んだのかもしれません」


それを聞いて、私はエヴァンさんのことが少しだけ理解できた気がした。

外見や振る舞いからは、そんな一面は全く見えなかったけれど、あの人にも悩みや苦手なこともあったのね。


「父上! 公爵様から聞いたことがあるが、ウィクト家には私と同じ騎士を目指していた私の姉となる方がいると聞きました!」


今まで、 退屈そうに絵を描いていたはずのライリーが、思い出したかのように声を上げた。

男しかいないと思っていたけれど、女性もいるんですね。

なんだか、分かりませんが私の胸がゾクゾクとしてくるような感覚してきた。

なんでしょう、この感覚。

会うのが楽しみでたまらない。


ルーカスはライリーの言葉を聞くと、少し驚いたように目を瞬かせた後、静かに頷いた。


「ええ、ウィクト家には、三番目の子として生まれた長女にあたるエフィ嬢がいます」

「エフィ?」


ライリーが興味深げに問い返す。


「ええ。彼女はフローグナ家に嫁ぎ、現在は社交界で活躍されています。フローグナ家は、この国で最も名高い騎士の家系です」

「騎士の家系……!」


ライリーの目が輝く。

ライリーにとって、騎士は憧れの存在よね。

そのフローグナ家を継いだ人物が、自分の姉となる存在だと知り、興味が湧かないはずがない。

すると、隣にいるジュリアンが机に肘をついて顎に手を置きながら口を開いた。


「ということは、エフィ……姉上も騎士として活躍されているんですか?」

「いいえ、彼女は剣を振るうことを選びませんでした」


あ、そうなんですね。

まあ、社交界で活躍しているのなら尚更ね。


「もともとは騎士を目指していましたが、筋肉がつくことを恐れてやめたのです。その代わり、社交界での立ち回りに力を入れ、今では貴族社会で名の知れたご令嬢となっています」

「筋肉が……?」


ライリーがぽかんとした表情を浮かべる。

騎士を目指していたのに、そんな理由で諦めたの? と言いたそうな顔ですね。


「信じられません……」

「エフィ嬢は、とても誇り高く、完璧な令嬢として生きることを選ばれましたからね」

「では父上、エフィ姉上は、今も剣を握らないのですか?」

「はい、社交界での立ち回りに徹していますよ、ですが――」


ルーカスは一瞬、言葉を区切ると、少し微笑みを浮かべた。


「剣の心得が全くないわけではありませんよ。先ほども言った通り、騎士を目指していた時期もありましたからね」

「おおっ!」


ライリーが身を乗り出す。

すると、隣にいたジュリアンに耳打ちされる。


「この家、ライリーに合ってるよね」

「……そうですね」


ライリーが嬉しそうなら、こっちまでも嬉しくなってしまう。

エフィさんか……いったいどんな方なんでしょう。


もしかしたら、近いうちに会うことになるのかもしれませんね。




●●●




ルーカスによる講義が終わり、夕食を食べ終わった後、私はライリーの部屋で髪をとかす。

ルーカスは、意外にもすぐに帰っていった。

まあ、当然よね。

孤児院のこともあるし、呑気に夕食なんて食べていたら大変ですよ。


それにしても、夕食が地獄でした。

エドワードさんからは常に見られたまま、顔を上げることができなかった。

あれほどにも恐怖心を感じたことはない。

ジュリアンが私の様子に気が付いたのか、心配そうな顔をして手を握ってくれたのが幸いだった。

もう、手を繋いでくれないといけない体になってきたなんて、言いたくもないけれど、そのような状態になっているとは思いたくもない。


「ライラー! 私と寝たいって言ってくれるなんて可愛すぎるぞ!」


ライリーはそう言って、頬を擦り付けて来る。


「その……怖い夢みたいなものを見たので……一緒に寝てほしいのです……」

『ライラ様、俺だけじゃ不安か?』

「おいチビ! お前は女の気持ちが分かっていない! 女というのは、こういうときに優しく抱きしめられて安心したいんだよ!」


ライリーが得意げに言いながら、私をぐいっと抱きしめる。

まあ、おチビちゃんでも良かったのですが、あの部屋にいたらエドワードさんが入ってきそうで怖い。

ライリーの部屋なら、孤児院でジュリアンが起こしに行った時に寝ぼけて飛び蹴りしかけたのだから、ここにいたら安全です。


「それにしても、早くエフィ姉上に会いたいぞ!」

『ああ、聞いた感じからすると横暴そうな女か?』

「こら、おチビちゃん失礼ですよ」

『そうだぞ! 同じ騎士道に進んだ私と同じ志を持った、姉上なのだぞ!』

『だが、もう騎士の道には歩んでないんだろ?』

「それでも、姉上は騎士の心得があるんだぞ! さすがとしか言い様がない!」


ライリーが興奮気味に語る。

どうやらライリーの中では、エフィさんは既に理想の騎士像として出来上がっているようです。


『……いや、どう考えても剣を置いた時点で、その志は変わったんじゃないか?』


おチビちゃんが冷静に指摘するが、ライリーは聞く耳を持たない。


「いや、そんなことはない! 姉上がどれほど気高い方なのか、会えばすぐに分かるはずだ!」


エフィさんが社交界で活躍しているのなら、ライリーのような言葉遣いではないことは、予想がつく。

エフィさんが、エドワードさんのような人でなければいいのだけれど。


そう思いながら、私はベッドに横になり眠気に負けそうになりながらも、おチビちゃんとライリーの言い合いを聞く。


やがて、二人もベッドに入り込みながら一瞬で眠りに落ちた。

相変わらず早いんだから。

そう思いながらも、私も徐々に意識を手放していった。

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