27 予想外
おチビちゃんが戻ってきた。
部屋に入ると同時に、瞬時に小さなドラゴンの姿へと変わった。
『はあ、疲れた……』
「お疲れ様です、おチビちゃん」
ベッドに倒れ込むおチビちゃんの頭を撫でてあげる。
気持ちよさそうに目を細めるおチビちゃんが、可愛い。
さっきまで、エドワードさんのことが恐怖すぎて頭から離れなかったけれど、おチビちゃんが来たことによって和らいだ気がした。
『ライラ様は凄いな』
「え?」
おチビちゃんが、体を起こして私の目の前に座って言った。
『あの女が解雇になってから、メイド長が代わりにダンスを教えてくれることになったんだが……」
ま、まさかおチビちゃん。
私の姿で、失敗をし続けたとか言いませんよね?
『お手本のようだと、メイド長に言われたがライラ様のように、あんなに完璧に踊れたわけじゃないんだ……』
……褒められたんかい! と口から出そうになったが引っ込めた。
まさか、おチビちゃんなんでもできる子なのでは? おチビちゃんがちょっと恥ずかしそうに目を逸らすのが可愛い。
思わず笑ってしまう。
「お手本のようだって、凄いじゃないですか。おチビちゃん、もしかして隠れた才能があるんじゃないですか?」
おチビちゃんは少し照れた様子で、肩をすくめながら言った。
『いや、まだまだだよ。でも、ライラ様みたいに完璧に踊れたら、ライリー殿とジュリアン殿に褒められると思って頑張ったんだ』
何それ可愛い。
でも、私は完璧なんかじゃありませんけどね。
「おチビちゃん、今日はたくさんよしよししてあげましょう」
『……! 本当か!? じゃあお願いするよ!』
そう言って、おチビちゃんは私の膝に俯くように寝た。
おチビちゃんが膝に顎を乗せて寝転がる姿に、思わず微笑んでしまう。
軽く頭を撫でると、おチビちゃんは幸せそうな顔をして、ふわっと目を閉じた。
『ライラ様の手、本当に気持ちいい……』
その声に、私はつい笑みをこぼす。
おチビちゃん、まるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。
前の世界にいた頃は、犬と猫を飼って見たかったけれどそれは叶わないことは分かっていた。
でも、もし父に虐められたりしたらと思うと、胸が締め付けられて飼いたくなくなったんでしたっけ。
小さな命が、私のせいでなくなるのが耐えられない。
すると、膝の上から小さな寝息が聞こえた。
そこには、気持ち良さそうに寝るおチビちゃんがいた。
「可愛い」
おチビちゃんの頭を撫でながら、もう一つの手で毛並みを整えてあげた。
●●●
気が付けば夕方となり、私はおチビちゃんと一緒に寝てしまっていた。
すると、扉が叩く音がして私は慌てておチビちゃんを布団の中に隠した。
「ライラ様! 公爵様がお呼びです!」
その声はミリーさんだった。
「……い、今向かいます!」
ミリーさんが扉の外で待っているのを確認した後、私は静かにおチビちゃんを揺さぶって起こした。
『んん……ライラ様?』
「おチビちゃん、ペンダントの中で寝てていいですから、姿を変えてください」
『分かった……』
眠たそうなおチビちゃんは、あくびをしながらペンダントへと姿を変えた。
ごめんなさい、おチビちゃん。
私は、身支度を整え、ペンダントを首にかけた後、部屋を出た。
「お待たせしました、ミリーさん」
「はい! では、参りましょう!」
当主の部屋の前に到着すると、ミリーさんが扉を軽くノックし、私を促すように微笑んだ。
「ライラ様、どうぞお入りください!」
中に入ると、そこには当主とジュリアン、そしてライリーがいた。
ジュリアンが私に気が付くと、隣に座るよう軽く手で誘ってくれた。
ライリーは大きく手を振ってくれた。
エドワードさんはいないですよね……、良かった。
今はあの人に会いたくない。
私はジュリアンの隣に座ると、当主は口を開いた。
「よし、三人とも揃ったな」
「僕たちを集めて、次は何をさせる気ですか?」
私の向かい側にいるライリーが、私に向かって囁いた。
「ラ、ライラ。私、なんだか嫌な予感がするぞ……」
「……奇遇ですね、私も」
そう、なんだか胸騒ぎが止まらない。
「お前たちは礼儀作法というものを学んだな? それでだ、お前たちに今日から勉強をしてもらう!」
なんだ、勉強ですか。
あの世界で散々やった退屈な勉強ですか。
……待って。あの世界はあの世界、この世界はこの世界……。
ということは、あの世界で勉強したことは役に立たないってことですよね!? いやいや、さすがにそんなことはないですよね。
「やっと……」
ジュリアンの様子がおかしい。
「やっと、勉強ができる!」
ジュリアンは、興奮した様子で目を輝かせながら言った。
その顔には、まるで待ち望んでいたことがようやく訪れたかのような表情が浮かんでいる。
あ、そういえば、ジュリアンはとんでもなく頭が良い子でした。
確かに、ジュリアンは頭の良さを隠すタイプではなかった。
あの知識欲の旺盛さは、まさに勉強が好きな証拠ですね。
「ジュリアン、まさか勉強がそんなに楽しみだったなんて思いませんでした」
私は思わず口に出してしまった。
ジュリアンはその言葉を聞いて、少し照れくさそうに笑いながら答える。
「まあ、あんまり言いたくはなかったけど。でも、勉強って面白いんだ。どうせやるなら、しっかり学んで力をつけた方がいいでしょ」
「勉強なんて面白くないぞ! あんな、あんな退屈なことはない!」
ライリーが不満げに言った。
その顔は、まるで勉強の話題になるとすぐに嫌な顔をしてしまう子供のようです。
「おや、ライリー。勉強をしなくてはいけませんよ?」
突如響いた声に、私の体は硬直する。
あの、無駄に透き通った声はあの人しかいない。
「……父上!?」
その声の正体はルーカスだった。
「皆さん、元気にしていましたか?」
ルーカスは笑みを浮かべながら、歩み寄った。
「ルーカスおじさんが来るとは思ってたけど、どうして……」
「ジュリアン、貴族らしくなりましたね」
「ははは! 俺が呼んだ」
なんですって? 仲良しすぎませんか。
すると、ライリーが我慢できなかったのかルーカスに抱きついた。
「父上ー! 会いたかったです!」
「ふふ、私もですよ。ライリー」
「ふむ……ライリーはいつになったら俺のことを『お父様』と呼んでくれるんだ? ジュリアンもライラも」
……そういえばずっと当主と呼んでた気がします。
けれど、そのように呼ぶのはなんだか慣れません。
「……ルーカスおじさん、それで何しに来たんですか?」
「ジュリアン! 父上が来たのだそ! もっと喜べ!」
どうせ、毎日来る予定の人だったのだから、喜ぶも何もないでしょう。
けれど、なんでしょう、この安心する気持ちは。
「ルーカス殿は、お前たちの家庭教師として呼んだ」
え?今なんて言いましたか? 家庭教師? 嘘ですよね。
「は? 家庭教師?」
ジュリアンも困惑している。
ライリーも目を大きくして、「家庭教師?」と確認するように問いかけた。
「ええ。今日から皆さんの家庭教師となりました、ルーカスです。よろしくお願いします」
ま、眩しい。
あなた、孤児院をどうする気ですか? それに神官の仕事もあるでしょう? 本当にありえない。
この人は大馬鹿者です。




