26 新たな敵
おチビちゃんに言われた通り、私は自分の部屋で休むことにした。
案の定、ジュリアンとライリーが当主に言い付けたのか、リースさんは解雇となったらしい。
記憶を一部失っているリースさんにとっては、意味が分からず混乱しているでしょうね。
そして、当主が私を呼んでいるとミリーさんが伝えに来てくれたけれど、おチビちゃんが代わりに行ってくれることになりました。
私はもう大丈夫だったけれど、おチビちゃんに止められた。
多分、ぎこちない歩き方をしていたから、怪しまれそうですが喋らなければ大丈夫だと伝えておいたので、恐らくは大丈夫でしょう、うん。
おチビちゃんならきっとやってくれるはず。
そういえば、ルーカスはどうしているのかしら。
毎日のように来るとか言ってましたが、今のところまだ来ていませんよね。
私としては、別に来なくてもいいですが、あのルーカスなら来ていてもおかしくはないはずです。
仕事が忙しいのかしら。
ルーカスは、孤児院の院長や神官といった肩書きを持っているし、やることも多いのでしょうね。
それなら、それで別に構わないのですが……。
いいえ、でもルーカスのことだから、あの人、忙しくても無理をしてでも来そうな気がします。
それなのに、未だに姿を見せていません。
「……珍しいこともあるものですね」
私はボソッと、ベッドの上で呟いた。
そう呟いたものの、特に深く考えるつもりはなかった。
ルーカスが来ないなら来ないで、静かに過ごせるのだから、それでいい。
そう自分に言い聞かせて、ベッドの上で軽く伸びをした。
今はとにかく休むことが大事。
余計なことを考えても仕方がないです。
少し目を閉じようとした、そのとき——
突然、部屋の扉が叩かれた。
私は一瞬、当主のところへ行ったはずのおチビちゃんが戻ってきたのかと思ったが、いや、まだ時間が早すぎる。
それに、そもそもおチビちゃんが私の部屋の扉をこんな風に叩くことはない。
「ライラ様、いらっしゃいますか?」
この声——エドワードさんだ。
私は思わず息を呑んだ。
エドワードさんがわざわざ私の部屋に? しかもこのタイミングで?
もしかして——。
心臓が高鳴る。
おチビちゃんが私の代わりに行ったこと、気付かれているのでは?
「……っ!」
一瞬の迷いの後、私は扉に手をかけることもせず、じっとその場で息を潜めた。
もしかすると、ただの用事かもしれない。
けれど、今は出ない方がいい気がする。
そう思って、静かにしていると扉の外から立ち去る音が聞こえた。
エドワードさんは立ち去った? そんなに簡単に諦めるような人なのですね。
疑問を抱きつつも、私は安堵の息を吐き、そっと扉を開けて外を覗き込んだ。
「ご安心を、ペンダントのことは言いませんよ」
耳元で静かに囁かれた瞬間、ひやりとした声が肌を撫でる。
それと同時に、微かな温もりが触れるか触れないかの距離で感じられ、背筋がぞくりと震えた。
「……っ!」
私は思わず飛び上がるようにして、バッと右を向いた。
そこには、扉の横の壁にもたれかかるように立つエドワードさんが、優雅な笑みを浮かべていた。
まるで私が外を覗くことを予想していたかのように、完全に待ち伏せされていたらしい。
何、この人!? ルーカスよりも怖いです。
それに、ペンダントのことって……。
「ふふ、驚かせてしまいましたね」
彼は穏やかな声でそう言うが、その微笑みはどこか含みのあるものだった。
私は急いで一歩後ずさり、距離を取る。
「いったい、何しに来たのですか。エドワードさん」
「僕の名前を覚えていただき光栄です、ライラ様」
「……あなたはウィクト家の三男なのに、私に対して様付けをする理由が分かりません」
エドワードさんは少しだけ口角を上げ、冷たくも温かみのある微笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「それは、あなたが特別な存在だからです、ライラ様。少なくとも、僕にとっては」
その言葉には、単なる礼儀を超えた何かが潜んでいるようで、私は一瞬、その意味を測りかねた。
「……立場上、私はあなたの妹となりますが」
「そうですね、立場上は」
エドワードさんは徐々に近付いてきた。
どうしましょう、私今、完全に変な人に目を付けられているのではないでしょうか。
ここは逃げるべき? それともペンダントのことを問いただすべきなの?
エドワードさんの足音が、じわりじわりと近づいてくる。
彼の一歩一歩が、私の心臓の鼓動と同調するように感じられ、頭の中が少しずつ混乱していく。
ふと、脳裏にルーカスが思い浮かぶ。
こんな時に、助けを求めてしまうなんて。
けれど、今はルーカスはいない、自分でなんとかしないと。
エドワードさんの足音が、私を追い詰めるように響く。
心臓の鼓動が耳の中で高鳴り、息が少し乱れてくる。
こんな状況で冷静を保つのは無理です。
彼の微笑みが、あまりにも計算されたものに感じて、思わず身を引きたくなる。
「どうして、そんなに近付いてくるのですか?」
私はできるだけ平静を装いながら、彼を見上げた。
彼の目は、私を逃がさないと決めたように鋭く、同時に興味深げに見つめている。
「あなたが気になるからですよ、ライラ様」
エドワードさんはもう一歩近づくと、すぐ傍で立ち止まった。
その距離感が私の体を震わせる。
「……ペンダントのこと、どうして知っているのですか?」
私は恐る恐る、問いかけた。
まるで私の心を見透かすような視線を送る彼に、言葉を絞り出すのがやっとだった。
「それは、あなたがどれだけ特別な存在かを知っているからです」
彼は微笑みながら、さらに一歩、私に近づいた。
その視線が、まるで私の内面を探るように深く感じられる。
ち、近い。
「ライラ様」
エドワードは私の名前をゆっくりと呼び、言葉を続けた。
「あなたが隠していること、僕には全て分かっているのです」
その言葉に、私の心臓が大きく飛び跳ねた。
もしかして、私が闇属性だと知っているの? いや、そんなはずはない。
闇属性はもはや消えた存在なのよ、それを知っているなんて。
今は、平常心を保たないと。
闇属性だと知られるわけにはいかない。
「……私は、何故ペンダントのことを知っているのかと聞いているのです。それは、答えになっていません」
「本当に面白い人ですね。そうですね、僕には見えるのです、ペンダントから伝わる力が」
「……え?」
まさか、エドワードさんも魔法が使えるというの?
「兄上も薄々感じ取ったでしょうが、僕のように魔力が強い訳ではないので勘違いだと思ったことでしょう」
エドワードさんは、顔を近付けて囁くように言葉を続けた。
「でも、僕は違う。勘違いなんかじゃありません」
エドワードの声は、私の耳元でふわりと響いた。
その瞬間、彼の息が私の肌に触れ、背筋がゾクゾクと震えた。
彼の目は真剣そのもので、私を見つめるその視線に、今まで感じたことのない強い圧力があった。
どうしよう、体が動かない。
エドワードの息が私の肌に触れるたび、背筋がさらに震えた。
彼の真剣な眼差しに、心臓が高鳴り、体が動かない。
言葉が出そうで、出ない。
「あれ? ライラ様? それにエドワード様!?」
そのとき、廊下の向こうから、ミリーさんの声が響いた。
ミリーの声に、私は一瞬我に返り、エドワードがすぐに距離を取るのを見た。
彼はゆっくりと体を上げて、満面の笑みを浮かべて私を一瞥した後、ミリーさんに向かってお辞儀をした。
「ライラ様、また後ほど」
そう言って、エドワードは軽く頭を下げ、すぐに去っていった。
その背中が見えなくなった瞬間、私はようやく力が抜けたように膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。
な、何あの人! こ、怖すぎる。
「ライラ様! 大丈夫ですか!?」
ミリーさんが心配そうに駆け寄り、私の肩を支えてくれた。
「大丈夫です……」
やっぱり、警戒心が強いジュリアンを信用した方がいいかもしれません。
また手を繋がれた時は、ジュリアンが離すまでずっと繋いでおきましょう、うん、そうしましょう。
それに、今日はライリーと一緒に寝よう。




