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25 本来の姿

気が付けば、私の視界は黒い霧に覆われていた。

影が、手となり今にでもリースさんに襲いかかろうとしていた。


きっと、闇属性にしか見えない景色なのだと私は思った。

リースさんは、何食わぬ顔をしたまま腕を組んでジュリアンを睨み付けていた。

私の周囲が徐々に暗くなり、視界が黒い霧に覆われていく。

その時、胸の奥から湧き上がる強烈な怒りが、まるで自分の体を支配するように広がっていた。

すぐにでも、リースさんに対して手を出したくてたまらない。

――その気持ちがどんどん強くなる。

目の前で、リースさんが無神経にもジュリアンを睨みつけている姿が、怒りをさらにかき立てた。


次の瞬間、私の周囲から黒い霧が漂い始め、視界がさらに暗くなった。

その暗闇が、私の怒りのように膨れ上がっていく。


声が漏れそうになるが、それを無視して怒りに任せて手を伸ばす。

闇が、私の指先から力を持ち始め、次第に手が黒い影に覆われ、私の体全体に力がみなぎった。

影が伸び、リースさんに向かって突き進もうとする。

私が魔力を解放しようとしたその瞬間――


「ライラ様、ダメだ!」


耳元に響いたおチビちゃんの声。


その瞬間、目の前に現れたのは――小さなドラゴンではなく、上半身裸の魔族の姿だった。

その姿は、灰色の髪と赤い瞳を持ち、威圧的な雰囲気を放っている。

その魔族は、おチビちゃんの姿そのもので、私の前に立ち、私の手を静かに止めた。

そして、私を抱き締めた。


「ライラ様、大丈夫だ。俺がいる」


おチビちゃんの声が私の中に直接響く。

その声のおかげで、私は次第に冷静を取り戻した。

温かい。


「ギャー! ば、化け物!」


突然、リースさんの叫び声が響いた。

それと同時に、おチビちゃんは私を抱き締めたままリースに向けて手のひらを向けた。

その手から放たれた魔法に、リースは次の瞬間、意識を失い倒れ込んだ。


リースさんが倒れた後、おチビちゃんは再び私を強く抱き締めた。


「ライラ様、もう大丈夫だ」


おチビちゃんの手が私をしっかりと包み込んでくれる。

その温もりに、私は全身の力が抜けるのを感じた。

怒りに駆られていた自分が、少しずつ元に戻っていくのを実感する。

リースさんが倒れたのも、今は不思議なほど冷静に感じます。

その言葉に、涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。


ふと、ライリーとジュリアンと目が合う。

二人は、おチビちゃんを見ては口を開けたまま固まっていた。

当然、固まるでしょうね。


「おチビちゃん……私はもう大丈夫です……」


私が静かに囁くと、おチビちゃんは体を離してくれた。

なんだか、恥ずかしくなってきた。

けれど、それよりもジュリアンが心配です。

一応、ジュリアンは子どもだから心に大きな傷を負ってしまったら大変よ。


「お、お前! チビか!?」


固まっていたライリーが、我に返ったかのように声を上げた。


「ああ、そうだよ。上を着ていないのは今は許してくれ」

「おいチビ! その体どうやって鍛えたんだ!?」

「邪魔者を殺しまくったりしたらこうなったぞ」


そういえば、ライリーは孤児院で他の男の子の体を見ても、恥ずかしがるどころか「ちゃんと鍛えろ!」と言ってお腹を叩いていましたっけ。

これは、ライリーにしかできないことですね。

それにしても、おチビちゃんはルーカスよりも長身なんですね。


「……その、ライラ……ごめん」


おチビちゃんとライリーが話しているのを眺めていると、いつの間にか近くにいたジュリアンが泣きそうな顔で言った。

ど、どうしてそんな顔をしているの? 物凄く痛かったのでしょうか。


「ジュリアン、痛むのですか?」


私が叩かれたジュリアンの右頬に触れると、なんだか頬から伝わる体温が熱くなった気がした。

もしかして、熱があるのかしら。

そうだとしたら、大変です。

私が顔を上げると、ジュリアンは顔を真っ赤にさせて私から物凄い勢いで離れた。


「……ジュリアン?」


そういえば私、ジュリアンに嫌われていたのだった。

私ったら自分で嫌われにいくなんて、馬鹿ですね。


「あ、ごめんなさい……」


私は小さく戸惑いながら呟くと、ジュリアンは「ち、違う!」と大きな声で否定した。

ち、違うの?


ジュリアンは、顔を真っ赤にしながら再び私に近付いて、口を開いた。


「……あの時のこと、あれは誤解だから」

「あの時……?」

「公爵様の部屋の前で聞いただろ! 僕が……僕がライラのことが好きじゃないって言ったこと!」

「…………」


ジュリアンの言葉に、私はしばらく言葉を失った。

なんて返せばいいのか分からない。

聞いたと言ったらさらに場が悪くなってしまいそうで、怖い。


「お、怒ってるよね?」

「……え?」

「僕、ライラを傷付けてしまったから……」


確かに、驚いたけれどジュリアンのその様子だと、本当に私のことが嫌いなわけじゃなさそう。


「……怒ってないです」

「ほ、ほんと?」

「はい」

「良かったあ……」


ジュリアンは、その場でしゃがみ込んで息を吐いた。

あんなに真剣な顔をして謝ってきたジュリアンを見て、私も心の中で少しほっとしていた。

このまま、ジュリアンと気まずい関係は嫌ですから。


「ジュリアン……」


私は思わず彼の方を見て、ゆっくりと声をかけた。

ジュリアンは顔を上げ、まだ少し赤い顔をしながら、私の目を見つめてきた。


そして立ち上がり、ジュリアンはそっぽを向きながら私の手を取って握り締めた。

ま、また繋がれた……。

なんて、言葉を出せばいいのかもう分かりません。

何もかも分からない、分からなすぎて頭がぐるぐるしてきます。

でも、ジュリアンが私のことを嫌いじゃなかった事実が驚きで、なんだか安心します。


やがて、リースさんの唸り声が聞こえ、反射的に私はジュリアンの手を強く握った。


「ライラ、大丈夫。今はラジュリーがいるから」


ジュリアンが言った通り、おチビちゃんは目が覚める寸前のリースさんに、何かを唱えて私たちのもとにやってきた。


「ライラ様、あの女が目覚めてもさっきの記憶は消したから大丈夫だ。自分がどうしてここにいるのかさえ、分からなくなるぞ」

「チビ! 凄いな! いや、今はチビじゃないな」

「この姿のままでいたいが、ライラ様が喜ばないだろうから、また前の姿になるよ」

「……おチビちゃんありがとうございました」

「気にしないでくれ。でも、ジュリアン殿。ライラ様がまた闇魔法を発動しないか心配だから、ペンダントをライラ様に預けてもいいか?」


おチビちゃん――いや、今は上半身裸の魔族の姿をしたラジュリーが、ジュリアンに問いかけた。


ジュリアンは一瞬考えたあと、すぐに真剣な表情になり、私を見つめる。

私は思わず視線を逸らしそうになったけれど、ジュリアンの真剣なまなざしを前にして、それができなかった。

繋いでいる手が強くなる。


「……ライラが望むなら、僕はいいよ」


ジュリアンの言葉に、私は少し考えた。

確かに、私の魔法は制御が難しい。

今のままでは、また誰かを傷つけてしまうかもしれません。

そう考えると、おチビちゃんをペンダントとして身に付けていた方がいいのかもしれないですね。


「……お願いしてもいいですか?」


私がそう言うと、おチビちゃんは頷いて、ゆっくりとその姿を赤の粒子へと変えていった。

次の瞬間、見慣れた小さなペンダントが私の手元に落ちてきた。


「これで安心だな! ったく、あのリースはジュリアンを叩くなんて言語道断だ」


そう言いながら、ライリーが満足そうに頷く。

私はそのペンダントを首にかけた。


「でもチビ、お前本当に凄いな! あの体つきといえ、力といはいえ。あ、そうだ! 今度私を鍛えてくれないか?」

『ははは、いいぞ』


またこの話が始まった。

本当に、ライリーはこういう話が好きですね。

ジュリアンもそう思ったのか、隣で溜息をついた。


結局、ダンスの指導はどうなるのでしょう。


私はリースさんの様子をそっと伺った。

彼女はまだ気絶しているけれど、これが目覚めたときのことを考えると少し気が重い。


当主がこのことを知ったら、リースさんはどうなるのでしょうね。

きっと、厳しい叱責を受けるかもしれません。

ですが、何も覚えていないリースさんからしたら、わけが分からないでしょうけど。




●●●




「それで、この人全然起きないけどどうするの?」


ジュリアンは、未だに気絶しているリースさんを見下ろして呟いた。

ちなみに、手は離してもらえました。


それより、三十分くらい時間が経ったけれど一向に目覚める気配がしません。

もしかして、おチビちゃん……あなた!


「おい、チビ。お前、殺してしまったんじゃないのか!?」


私が思っていたことを、ライリーが代わりに言ってくれた。


『おお、その手があったか。確かに殺しておけば良かったな』


そんなことを普通に言えるなんて、やっぱり魔族ですね。

でも、本当に殺しそうで怖い。


「おいチビ! そんなことをしたら私たちが疑われるだろう!」


いや、そこなんですね。

でも、確かに早く目覚めてくれないと誰かにこの状況を見られたら、大変なことになりますよ。

まさに、当主が来たら終わりね。


「本当にどうするのですか……?」


私は溜息をつきながら、気絶したままのリースさんを見下ろした。


「とりあえず、このまま放置はまずいよ……」

「おいチビ! なんとかできないのか!」


ライリーがペンダントを指でつつくと、おチビちゃんは考え込むように唸った。


『じゃあ、俺があの女になるとか? 最悪だがな』

「……は?」


ジュリアンが固まる。

私も、一瞬おチビちゃんの言葉に寒気がした。


「チビ、お前がリースになるだって?」

『うん、俺があの女の姿になれば、誤魔化せるし、面倒なことにはならないだろ?』


それだけはダメです。

私やライリー、ジュリアンならまだしもリースさんに姿を変えるだなんて、それだけは絶対に嫌です。


「おチビちゃん、それだけはやめてください」

『……ライラ様がそう言うのならやめよう』

「じゃあどうするのさ……」


別に逃げなくても、記憶が飛んでいるのなら私たちに礼儀作法を教える直前しか覚えていないでしょう。

そもそも、私たちのことが分からないかもしれない。

きっと、普通に起こしても何も問題はなさそう。


「もう普通に起こしましょう」


ライリーは、満面の笑みで「分かった!」と言って頷いた。

私のことになると忠実になるのは、おチビちゃんに似ている。


ライリーがしゃがみ込み、リースさんの肩を揺さぶる。


「おーい、起きろー」


しばらく揺さぶっても反応がない。


「……全然起きないが?」

「ライリー、ちょっと僕に任せてよ」


ジュリアンはそう言って、「風よ吹け」と唱えると突如窓が開き、リースさんを飛ばす勢いで風が吹き込んだ。


『ははは、さすがだな。ジュリアン殿』

「いや、ちょっと強すぎたかも……」


ジュリアンが焦る間にも、リースさんの髪がぐしゃぐしゃになり、服もバサバサと舞い上がる。

うん、結構やり過ぎですね。

淑女(しゅくじょ) であろう女性が、こんな姿になっては悲鳴どころじゃなさそうです。


「ぎゃあっ!? 何、何よ!?」


突風に驚いたリースさんは、ガバッと目を覚ました。


「よし、起きたな!」


ライリーが満足そうに頷く。


「……あなたたちは……って、どうして私はこんなところで寝ているのです!?」

「倒れたんだよ」

「た、倒れたですって!?」

「……はあ、うるさいな。静かにしてよ」


ジュリアン、落ち着いてください。

怒りが沸きあがるのは分かりますが、記憶が飛んでるリースさんに怒っても意味がありませんよ。


「え……私、倒れたですって?」


リースさんはまだ混乱している様子だったが、ライリーが適当に話を合わせる。


「そうだ、だから、今日はもう休んでいろ!」

「……ふ、ふん。礼儀がなっていませんね。ですが、今日は特別に許してあげましょう」


リースさんはまだ少しぼんやりしながらも、腕を組んで偉そうに頷いた。

記憶が飛んでいるのに、こういう態度だけは変わらないんですね。


「それじゃあ私は帰らせていただきます。全く、無駄な時間を過ごしましたね!」


そう言って、リースさんはフラフラと歩きながら部屋を出ていった。

どうか、当主に叱られて頭を冷やしてくれますように、と。


「……僕、今から公爵様に言い付けにいくよ」

「なら私も行くぞ!」


え? 言い付けちゃうんですか? でも確かに私も叱られてほしいとは願いましたけど、こんなにあっさりとしているだなんて、意外ですね。


『ライラ様、あの様子だとあの二人はもう止められないぞ』


私が困惑していると、それを感じ取ったのかおチビちゃんがペンダント越しで囁いた。


「……そうですね」


いつの間にか、あの二人はいなくなっていた。

私は、ジュリアンの魔法によって開かれた窓を閉めながら外を見つめた。

まだ、一日が始まったばかりだと言うのに疲れた。


『ライラ様、お疲れか?』


無意識に溜息をつくと、おチビちゃんが心配そうに話しかけてきた。


「……少しだけ」

『だったら、部屋に戻って休んだ方がいい』

「ですが、ライリーもジュリアンも私と同じように疲れているはずです。私だけ休むなんてできません」

『ライラ様のその疲れは、普通の疲れじゃない。闇属性による特有のものだよ』

「……え?」


今の疲労は、運動不足による疲れではないの? これが、闇属性と関わっているなんて信じられない。


『闇魔法を使いかけただろう? あれは、精神にも影響を及ぼす。無意識のうちに魔力が消耗し、体がどっと疲れるんだ』


そう言われてみると、ただの疲れとは違う気がします。

体だけでなく、頭の中がもやもやと重たい感じがするし。


『だから、少しでも休んでおいたほうがいい。もし、あの公爵に呼ばれたら、俺がライラ様となって行くよ』

「……それはありがとうございます」

『俺は、ライラ様のためならなんでもしてやる。だから、ライラ様は安心してくれ』


私はおチビちゃんの言葉に、少し安心した気持ちが広がるのを感じた。

その言葉の一つ一つが、どこか心に響いて、少しずつ疲れが和らいでいくようだった。


少しだけでも休んでおきましょう。

そして、またライリーとジュリアンと一緒に礼儀作法を学ばなくちゃ。

学ぶというより、手助けと言った方がいいですね。


「さてと、部屋に戻りましょうか」


ペンダントを撫でるかのように触れながら、私はこの場を後にした。

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