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23 礼儀作法の時間②

今、私たちの目の前に立っているのは、白髪混じりの年配の夫人。

鋭い目つきと、きっちりと結い上げた髪型が印象的。

彼女は厳格そのものといった雰囲気で、まさに御局様のような存在でしょう。


当主はというと、仕事があるからと言って、あのエドワードさんを連れてどこかへ行ってしまった。


(わたくし)はリースと申します。メイド長のナンシーが不在のため、代わりに担当させていただきます。今回は、公爵様からダンスの指導のみと聞いておりますが、それだけでは済まされない場合もありますから、覚悟をしておいてください」


リースさんの冷たい声が響き渡り、私たちは自然と背筋を伸ばした。


「まずは基本姿勢から。優雅さを保つには、正しい姿勢が必要不可欠です」


彼女は杖を床に軽く叩きつけ、鋭い目つきで私たち一人ひとりを見回した。

ライリーはすでに緊張で固まっており、ジュリアンも少し眉をひそめている。


「ライリー様、まずはあなたからです。前へ」


指名されたライリーは、一瞬ためらったものの、勇ましい表情を作りながら前に出た。


「さあ、基本姿勢を見せていただきましょう」


いや、初めてやるのだから最初からできるわけがないでしょう? こういう人、本当に苦手。


ライリーは言われた通りに姿勢をとるが、その動きは少し力が入りすぎている。


「ダメですね。まるで木の枝を引っ張っているみたいな手の使い方。それでは優雅さの欠片もありません」


リースさんの辛辣な言葉に、ライリーは悔しそうに小さく頷いた。

ライリー、大丈夫ですよ。

後で、私が完璧に教えてあげますからね、ギャフンと言わせてやりましょう。


「お次はジュリアン様。前へ」


ジュリアンは静かに前に出て、リースさんの指示通りに動きを始めた。


「悪くないけれど、まだ硬いですね。もう少し柔らかさを意識してください」


ジュリアンは少し困惑したような顔をしながらも、言われた通りに修正を試みる。

その姿を見たリースさんは満足げに頷いた。

ジュリアンは、本当に頭がいいから飲み込みが早い。


「では、お次はライラ様……」


リースさんの視線が私に向けられると、一瞬だけ鋭い目がわずかに見開かれる。

え、なんですかその反応は。


少し間があった後、リースさんは咳払いをして表情を整えた。


「ライラ様、前へお進みください」


私は何も考えずに一歩前に出て、リースさんの前に立つ。

彼女の視線が私をじっくりと観察しているのが分かる。


「では、基本姿勢を取ってみてください」


言われるがままに姿勢を整える。

特に意識することもなく自然と体が動き、指先から足元までピンと整った動きが出来上がった。

母が言うには、何も考えないことが大事だと言っていたから、こういう人に対しては何も考えないことが大事です。


「ラ、ライラさすがだ!」


ライリーの微かな声が聞こえたが、ジュリアンが「静かに」と小さく囁く。


「……では、次に歩き方を見せていただきます。どうぞ」


なんだか、私だけ指示が多い気がするのだけど、気のせいかしら。

その指示に従って一歩を踏み出す。

自然体で歩いているつもりだったけれど、リースさんの視線がさらに鋭くなるのを感じる。


また、そんな目を向けられるとどこか間違っているか心配になります。

おかしくはないですよね? 母から叩き込まれたのだから、失敗はしていないはず。

おチビちゃんがここにいたら、可愛い顔で励ましてくれるんでしょうね。


「……もう結構です。ライラ様、あなたは隅の方へ立っていてください。その、見下すような目線が気になりますので」

「おい! それはどういうことだ!」

「ライリー様、言動にはお気を付けください。これはあくまで指導ですので」

「ライラの天使のような顔が、どこをどう見たら見下したようになるのだ! むしろ、お前の方が見下しているように思えるのだが?」

「……ライリー、その辺にしておきなよ」


ジュリアンが低い声で静かに制した。

その声にはいつものジュリアンとは違って、少し苛立ちが含まれているように思える。


「ずっと思っていたから言わせてもらうけど、ダンスの指導なら、お手本が先では?」


私もそう思いました。

ジュリアンの静かな指摘に、リースさんは一瞬言葉に詰まった。


「……もちろん、お手本をお見せすることも重要です。しかし、この場では皆様の基礎を確認することが先決かと――」

「その基礎とやらを確認するために、無駄に感情的な指摘を続ける必要があるのかって聞いてるんだよ」

「ジュ、ジュリアン様、私は皆様に最善の指導を――」

「じゃあ、最善の指導とやらを、まず自分で実践して見せたらどうなの?」


あらやだ、リースさん物凄く怒りを抑えているように思えるのだけど、今にでも暴言を吐き出しそうな勢いですね。


「……あなたという方は、本当に口の利き方を知りませんね。礼儀というものがまるでなっていない!」


怒りに震える声とともに、リースさんはジュリアンに歩み寄り、勢いよく頬をビンタした。


「ジュリアン!」


ライリーが駆け寄り、大声で叫んだ。

その顔は怒りに染まっている。

今、ジュリアンを叩いた……? 小汚い手で? しかも、子どもを叩いたと? 許せない。


しかし、その瞬間――私の中に何かが弾けたような感覚が走った。

胸の奥から湧き上がる感情が制御できず、身体の内側から冷たい何かが広がるのを感じる。


『……ライラ様!』


微かにおチビちゃんの声が聞こえた気がするけれど、もう私の中から何かが飛び出しそう。

父から叩かれたことはあったけれど、私はいい。

でも、ジュリアンが叩かれるのを見ると無性に腹が立って仕方がありません。

次第に、怒りが込み上げてきて、視界がじわじわと暗くなる。

ジュリアンを傷つけたことに対する憤り、そしてリースさんの態度への苛立ちが重なり、私の中の力が勝手に動き始めた。


「……絶対に許さない」

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