21 慣れない待遇
私たちは案内された部屋に到着すると、その広さと豪華さに圧倒された。
――広い。
これが『部屋』だなんて、さすが財力がありますね。
孤児院の部屋よりも、遥かに広いじゃない。
「こちらはライリー様のお部屋となっております」
「これが、私の部屋か!?」
ライリーが目を輝かせ、興奮した様子で部屋の中を駆け回る。
その無邪気な姿を見て、私は溜息をつきながらも、つい笑みを浮かべてしまう。
中には、ライリーの性格を考えたのか、どこかシンプルでありながらも高級感のある家具が揃えられていた。
大きなベッドはふかふかの羽毛布団で飾られ、その隣には立派な木製の机が置かれている。
壁際には小さな本棚と、装飾の施された鎧が飾られており、ライリーの興味を引きそうなものばかり。
――いったい、いつの間にこれだけの準備を? 早すぎません? それにしても、この部屋……すぐに散らかりそうね。
「ライリー、孤児院でもそうだったけれど、すぐに散らかしそうですね」
「今度は散らかさないぞ! 多分」
絶対に無理そうですね。
掃除をしてくれるメイドさんたちに感謝しないと。
「それでは、次はライラ様のお部屋をご案内いたします」
ナンシーさんが静かに声をかける。
ライリーは相変わらず部屋の中を動き回り、ベッドに飛び込んだり、鎧を興味深げに眺めたりしていた。
もう、ライリーを止める者は誰一人としていないのでした。
そんなことを思いながら、私は自分の部屋へ向かった。
●●●
「こちらがライラ様のお部屋でございます」
ナンシーさんが扉を開けると、目の前に広がった光景に、私は思わず息を呑んだ。
――……え?
ライリーの部屋も十分に広かったけれど、こちらはさらに豪華で、格式の高さを感じさせる。
壁には美しい装飾が施され、大きな窓からは庭が一望できる。
ふかふかのベッドには淡い色合いのカーテンがかかり、その隣には立派な机が置かれていた。
さらに部屋の隅には、小さなソファセットまで用意されている。
「お気に召しましたか?」
「はい、ありがとうございます」
「お疲れでしょうし、お風呂の準備も整っておりますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
ナンシーさんがそう言って手を叩くと、どこからともなくメイドさんたちが現れた。
「……!」
驚く私を囲むように、メイドさんたちはにこやかに微笑みながら一人が口を開く。
「ライラ様、お風呂の準備が整っておりますので、どうぞこちらへ」
そう言うと、彼女たちは私を囲むようにして、軽く手を引きながら部屋の外へ誘導していく。
な、なんですかこれは。
私は少し慌てながらも、メイドさんたちに連れられ、お風呂場へと向かうことになった。
●●●
お風呂から上がり、メイドさんたちに促されるまま、新しい服に着替えた。
「ライラ様、大変お似合いです!」
メイドさんの満面の笑みに、私は少し照れくさくなりながら鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、私とは思えないほど整った装いをした姿だった。
幼い姿に戻ったとはいえ、このような服を着るのは初めてです。
柔らかな素材のブラウスは、控えめなフリルが首元と袖口に施され、シンプルながらも上品。
淡いクリーム色のスカートはふんわりと広がり、裾には花の刺繍が細かく入っている。
靴は黒の艶やかな革靴で、子どもらしい可愛らしさもある。
なんだか恥ずかしいですね。
私の髪の色が瞳と同じ水色になったから、もし黒髪だったらあまり似合いそうにありませんね。
「……これ、私が着てもいいのですか?」
「もちろんでごさいます! ライラ様のために、帝国一番の職人が仕立てた特別なお洋服でございます」
「私のために……わざわざ? 」
信じられない気持ちで呟くと、メイドさんは微笑みながら頷いた。
「はい! ライラ様、ライリー様、そしてジュリアン様だけに、公爵様が特別にご用意されたのです!」
――まさか、一日で三着も? いつの間に私たちのサイズを……いや、ルーカスが予め伝えていたのね。
それにしても、帝国一番の職人とやらは、本当に凄いわ。
「ありがとうございます……」
服なんて、自分のお金で買ったり、兄や弟がプレゼントしてくれたものばかりだった私にとって、こうして誰かがわざわざ私のために仕立ててくれた服を着るなんて、夢にも思わなかった。
――でも、これが当たり前になるのは、まだ想像できませんね。
「それでは、公爵様がお呼びですので、参りましょう!」
メイドさんの言葉に、私はふわりと揺れるスカートを整えながら頷いた。
廊下へ出ると、窓から柔らかな陽の光が差し込み、広々とした空間に温かさを感じさせる。
歩くたびにスカートの裾がふんわりと揺れる感触が、少し不思議な気持ちを呼び起こす。
まさか、この世界で公爵家に引き取られるなんて、本当に変な感じ。
「ライラ!」
遠くからライリーの元気な声が響いた。
振り向くと、ライリーの姿に私は思わず目を丸くした。
ライリーが身に纏っているのは、私とは全く違うタイプの服装だった。
シンプルで実用的ながらも、どこか貴族の気品を漂わせるデザイン。
柔らかな布地で仕立てられたシャツは、すっきりとした襟元が特徴的で、袖口には動きやすさを考慮したボタンがついている。
ウエストには細めの革ベルトが巻かれ、全体のシルエットを引き締めていた。
スカートではなく、しっかりとしたパンツスタイルで、足元には低めのブーツが合わせられ、色合いもライリーの髪色とよく馴染んでいる。
まるで、小さな騎士みたい。
「ラ、ライラ! 天使なのか? 私の目の前に天使がいるぞ!」
「天使ではありません」
「いや、違う! ライラが天使に見えるんだ! その服、本当に似合ってる!」
ライリーが手を握りしめながら、真剣な顔で私を褒めるものだから、どう返せばいいのか一瞬迷う。
「……ありがとうございます。でもライリーだって、その服、かっこいいですよ」
「だろう!? やっぱりそう思うか!」
自信満々のライリーに、私は少しだけ肩をすくめながら微笑んだ。
きっと、女性らしさというものを覆してしまえるのは、ライリーだけなのかもしれませんね。
ライリーならきっと、女性の間で『かっこよさ』という新しい基準を作り出してしまうでしょう。
「ライラ様、ライリー様、大変お似合いでございます」
静かな声が響いた。
振り向くと、メイド長のナンシーさんが、いつの間にか私たちの前に立っていた。
先ほど案内してくれたメイドさんと入れ替わるように、気配もなく現れる、さすがメイド長。
「ナンシー! この服は、私たちがここに来る間に、新調したと聞いたぞ! 本当にありがとう!」
「そのようなお言葉をいただけるとは光栄です。公爵様より、お二人に最も似合うものをとのご指示がありましたので、職人に急ぎお仕立ていただきました」
ナンシーさんは丁寧な言葉遣いでそう答え、深々と一礼する。
その姿は、完璧に仕事をこなすプロそのものだった。
やっぱり、どこでもこういう人たちって本当に凄いのね。
見習いたくなっちゃう。
「ナンシーさん、この服、大切にしますね」
「私もだ!」
私とライリーが揃ってそう言うと、ナンシーさんは少しだけ笑みを深めながら、優雅に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「これでやっと私は、騎士に近付けたのだな!」
「……近付けてませんけどね」
本当に騎士が好きなんだから。
ナンシーさんが、平然とした顔をしているけれど少し困ってますよ。
「それでは、公爵様がお待ちでございますので、公爵様のお部屋へご案内いたします」
ナンシーさんの静かな声が響き、私たちは彼女に促されて廊下を進んだ。
そういえば、ジュリアンはどうしているのでしょう。
彼もきっと、私たちと同じように新しい服に着替えているだろうけど、ジュリアンは私たち以上に貴族らしい姿になっているでしょうね。
●●●
ナンシーさんに連れられて、私たちは当主がいる部屋の前に立った。
目の前の扉は重厚で、精緻な彫刻が施された美しい造りをしている。
まさに公爵の部屋にふさわしい威圧感です。
すると、中から微かな声が聞こえた。
「……ライラ……好きじゃない!」
その言葉に、私の心臓が大きく飛び上がった。
ジュリアンは私のことが好きじゃないと言ったの? 少しだけ気が付いてはいたけれど、兄と弟に嫌われたと思うくらいに泣きそうになってきました。
手を繋いでくれたのは、ただの同情……?
「ライラ様、先ほどのことは……」
「ジュリアンめ! なんということを! ライラ、気にするなよ!」
ナンシーさんとライリーが心配そうに声をかけてくれる。
けれど、私はなんとも言えない気持ちのまま、その場に立ち尽くしてしまった。
いや、こんなことで立ち尽くしていたら、私はただの泣き虫のようになってしまうわ。
深く息を吸い込んで気持ちを落ち着ける。
手を繋いでくれたのが同情だったとしても、ジュリアンが気にかけてくれたことに変わりはない。
それだけでも十分だと思うべきよね。
「ナンシーさん、ライリー。私は気にしていませんので、中に入りましょう」
ナンシーさんが頷き、扉を軽くノックして声をかける。
「公爵様、ライラ様とライリー様をお連れしました」
「入れ」
低く響く威厳ある声が返ってきた。
扉が開かれると、豪奢な部屋の内装が目に飛び込んでくる。
大きな机の上には山のように積まれた書類。
壁には美しい絵画が飾られ、足元には分厚い絨毯が敷き詰められていた。
その中央に座る当主が、私たちを見て片手を挙げる。
「やっと来たな。二人ともよく似合っているぞ」
当主の前のソファに座るジュリアンが、こちらを見て目を見開いていた。
今入ってくるとは思わなかったのでしょう。
ジュリアンの服装は、私やライリーとは違い、まさに『貴族』そのものだった。
濃紺のジャケットは体にぴったりと合ったデザインで、襟元と袖口には金糸で繊細な模様が刺繍されている。
その下には純白のシャツがきっちりと整えられ、襟元は少し開いており、そこから首にかけられたペンダントが見えるようになっていた。
ボトムスはジャケットと同じ濃紺で、動きやすさを考慮しつつもスタイリッシュな仕立てになっている。
足元は黒い革靴が輝き、まるでジュリアンの凛々しい姿を引き立てるために選ばれたようだった。
ジュリアンの可愛さがなくなってしまった。
「二人とも座れ。ナンシー、茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
ナンシーさんは一礼し、部屋を出ていく。
私たちは指示に従い、ジュリアンの向かい側に座る。
座った瞬間、ソファの柔らかさに驚く。
思わず沈み込みそうになるほどの心地よさです。
前の世界のソファよりもこっちの方が断然いいですね。
「どうだ? ルーカス殿に頼んで新調してもらった」
「さすが父上です!」
「……ありがとうございます」
私とライリーが言うと、当主は満足げだった。
「ライリーは女物があまり好きではないと聞いたから、その服を用意した」
普通なら、『女は女らしく』と言われるはずなのだけれど、この当主は違うようですね。
私の父だったら、頭に血管を浮かばせて怒っているところです。
でも、ライリーのその服はとても好きですよ、私。
「ジュリアンはまさに貴族そのものだな。ルーカス殿が言っていた通り、少し手を加えるだけで完璧になった」
なんだか、ルーカスの不気味な笑みが脳裏に浮かんだけど、気にしないでおこう。
でも、本当にジュリアンは貴族に見える。
「それと、ライラ。お前はあまりにも完璧すぎるな」
完璧? どこを見てそんなことを言えるのかしら。
「完璧って……どこがですか?」
私が首を傾げながら尋ねると、当主は自信満々に頷きながら答えた。
「その服装といい、立ち居振る舞いといい、既に貴族としての器が備わっている。まさにウィクト家にふさわしい」
「……ありがとうございます」
「その喋り方がまたいい。控えめなからも芯がある。まさに理想の令嬢だな」
当主が得意げに言うものだから、私は思わず目を瞬かせてしまった。
理想の令嬢って、どこの誰の話ですか? 私のことじゃない気がするんですけど。
それに、褒めすぎじゃありませんか? 私なんかよりも、ライリーたちをたくさん褒めてあげてくださいよ。
そもそもこの喋り方は、意識して喋っているわけでもなく気が付いたらこのような喋り方になっていただけです。
自分でもよく分からなくて、兄と弟は母に似たんだろうと言っていたけれど、母はこんな喋り方をしていなかったし、多分違う。
何故でしょうか、ルーカスの顔が何度も思い浮かんでしまう。
私の頭の中まで出てこなくていいです。
そんなことを思っていると、ノックの音が響き、ナンシーさんが紅茶とお菓子を乗せたトレーを持って入ってきた。
部屋の中がふわりと甘い香りに包まれた。
「失礼いたします。お茶とお菓子をご用意いたしました」
ナンシーさんが紅茶を注ぎ、お菓子を並べていく。
小さな花柄のカップと繊細なデザインのプレートは、どれも高級品だと一目で分かる。
「帝国一の菓子だ。食べてみろ」
テーブルに置かれた紅茶とお菓子を見て、ライリーが目を輝かせた。
可愛い。
「では、いただきます!」
勢いよく一つクッキーを手に取り、大きな口でかじるライリー。
食べ方も勇ましいですね。
「んんっ! このクッキー、孤児院で食べたものよりも美味しい!」
ルーカスが泣きますよ。
けれど、確かに帝国一の菓子職人が作ったものなら、本当に美味しいのでしょうね。
すると、今まで私の顔をじっと見ながら黙っていたジュリアンが、少し呆れたような表情で紅茶のカップを手に取った。
「ライリー、もう少し落ち着いて食べなよ。子どもっぽく見えるよ」
「今のお前に言われると無性に腹が立つから、黙っていろ!」
ライリー、そんなに怒らなくても、私は本当に気にしてなどいませんよ。
一度嫌われたら、関係はよくならないのだから、気にするだけ無駄なことです。
「ライラも食べてみろ」
当主は、机に肘をついて言った。
私は少し迷ったが、一つ取って口に運ぶ。
これは、なんと言えばいいのかしら。
驚くほど美味しい。
サクサクとした食感に、甘さ控えめの上品な味が口の中に広がる。
確かに、孤児院で食べたクッキーよりも、美味しいかもしれませんね。
「どうだ? 帝国一の菓子職人が作った特製だぞ」
当主が得意げに笑う。
「……とても美味しいです」
「だろう! ライラはライリーやジュリアンと比べて、細身だからもっとたくさん食べろ」
いや、さすがにお菓子をたくさん食べたら太るどころか、糖尿病になってしまうわ。
でも、お菓子なんて前の世界ではあまり食べてこなかったから、なんだか新鮮です。
「それで、話が変わるが、お前たちは今日からウィクト家の一員となった。これからは、多くの貴族や社交界といった場で注目されることになる」
当主の言葉に、ライリーは目を輝かせ、ジュリアンは微妙な表情を浮かべる。
私は……少しだけ心配になった。
社交界なんて、人がたくさんいる場所ですよね。
私は、そういう場所が嫌いです。
逃げたいときに逃げづらいから。
「社交界って、あの貴族たちが集まるところですよね?」
ジュリアンが口を開く。
「その通りだ。ウィクト家は大勢力だ。お前たちがこの家の名を背負う以上、嫌でも注目されることになる」
当主が力強く頷きながら言うと、ライリーが拳を握りしめた。
「なんだかよく分からないが、 騎士として恥じない振る舞いを見せて、皆を驚かせてやろう!」
ライリー、本当に騎士のことしか頭にないんですね。
なんだか、心配になってきた。
もし、そのときが来たら、ちゃんと見張らないと。
「まあ、それはいいがな。ジュリアン、ライラ、お前たちはどうだ?」
当主が私たちに視線を向ける。
どうって言われても。
「僕は、社交界には興味がないです。むしろ、ああいう人が多い場所は避けたいくらいです」
やっぱり、ジュリアンも私と同じ考えなんですね。
だったら、そのときになったら一人にさせてあげましょう。
私はライリーの監視に集中することにします。
ジュリアンがそっけなく答えると、当主は笑った。
「それでこそジュリアンだな。だが、避けるのは無理だ。ウィクト家の頭脳として、お前には期待している。ライラはどうだ?」
「……私もジュリアンと同じですが、存在を消すことができるので、ライリーを監視します」
私の適当な答えに、当主は一瞬だけ目を丸くした後、盛大に笑った。
「ははは! 本当に面白いな、ライラは。存在を消すだと? ウィクト家の一員がそんな地味なことをしてどうする?」
「地味でも効果的な戦術です。目立つだけが全てではありませんから」
また適当なことを言ってみる。
というか、私は目立つことが嫌いだから、これはこれでいいですけどね。
「ライラに監視してもらえるだなんて、私にとって最高のことじゃないか!」
ライリーが嬉しそうに叫びながら拳を握りしめる。
いや、ライリーのテンションが高いのは分かるけれど、それは普通、喜ぶことじゃないと思うんですけど。
「まあ、心配するな。俺がしっかりとお前たちを守ってやる」
当主が笑いながら言った後、静かに立っていたナンシーさんに目配せをし、また口を開いた。
「それと、明日から貴族としての礼儀作法を徹底的に叩き込むから覚悟しておけよ」
その一言に、ライリーとジュリアンは一斉に表情を曇らせた。
私は初めてではないけれど、いろいろと面倒くさった覚えがあります。
母が良いところの家の娘で良かったと、改めて感謝しなくちゃ。




