15 二人の開花
魔法を吸収する力を手にしてから、ジュリアンとライリーは目を輝かせながら私を見つめていた。
そんな目で見られたら、気まずくてどこを見ればいいのか分からなくなります。
それにしても……この魔法では、あの当主を倒すことはできないでしょうね。
これからどうしたらいいのかと考えていると、私の膝の上で座っていたおチビちゃんが、何かを思い出したかのように口を開いた。
『あ、そうそう。ライリー殿とジュリアン殿も魔力があるのは知っているよな?』
おチビちゃんの言葉に、二人は同時に驚きの声を上げた。
そういえば、ルーカスが言っていたっけ。
なんだか嬉しいものですね。
私だけじゃなくて、良かった。
「そうだ! 僕、魔力を持ってるんだった!」
「チビ! それは嘘ではないよな?」
『もちろんだよ。ライリー殿は「火属性」で、ジュリアン殿は「風属性」だ』
二人にぴったりの属性ですね。
特にライリーが火属性なら、騎士になったらとんでもなく強くなるのではないかしら。
彼女に適う相手がいなくなるほどに、強くて素敵な女性になりそうね。
ジュリアンたちは再び目を輝かせながら、私の膝の上に座るおチビちゃんを期待の眼差しで見つめている。
そんな二人に、おチビちゃんはちらりと私の顔を見上げた。
私が「教えてやりなさい」とでも言うように頭を撫でると、気分が良かったのか、小さく飛び上がる。
『二人の魔法なら単純だ。ライリー殿とジュリアン殿は、自分なりに詠唱すれば魔法は発動するよ』
詠唱って、決まった言葉があるわけではないのですね。
適当に言えば魔法が出せるだなんて、世の中簡単すぎますね。
「よし、チビ! これならどうだ?」
ライリーは「燃えろ」と唱えると、先ほどのおチビちゃんのように手の上に炎が浮かび上がった。
私は思わず感嘆の声を漏らす。
本当に、これだけで魔法が発動するだなんて、今まで発動しなかったのが不思議なくらいですね。
そして、ジュリアンも決心がついたのか「風よ吹け」と唱えた瞬間、窓が自然と開き、そこから強い風が部屋に吹き込んだ。
その風によってジュリアンの部屋が散らかるのを見て、私は慌てて窓を閉める。
危なかった。
ジュリアンの魔法は、狭い空間では危険だけれど、戦うときや身を守るときには役立ちそうね。
『ははは、やっぱりさすがだな!』
「まさか、私たち三人が魔法を使えるとはな! これは運命ではないか、ライラ!」
私の肩を掴んで揺さぶるライリーに、ジュリアンがライリーの手を引き剥がしながら口を開く。
「はあ? そんなの僕に決まってるだろ!」
「なんだと! お前のような短気がライラと運命の相手なわけないだろう?」
「それはこっちが言いたいよ! それに、ルーカスおじさんに鼻の下を伸ばして、僕たちが食べさせられているのを見てたくせに!」
……鼻の下はともかく、確かに羨ましそうに見てはいましたね。
というか、くだらないことで喧嘩をしないでもらいますか?
すると、ライリーは窓を開けて詠唱を始めた。
まさか、ここで争うつもりではないでしょうね。
そして、ジュリアンも負けじとライリーに向けて手をかざす。
……はあ、彼らに魔法を教えたのは失敗だったようですね、おチビちゃん。
私がおチビちゃんを抱き上げると、小さな溜息が聞こえた。
どうやら、おチビちゃんも私と同じことを思っているようです。
このままでは部屋が壊れますよ。
「二人とも、当主を倒す前に死ぬ気ですか?」
私の言葉に、二人はビクッとしながら互いに元の場所へ戻った。
そして、睨みつけながら目を合わせずにそっぽを向く。
……はあ。
喧嘩するほど仲がいいとは言うけれど、この場合それに当てはまるのか分からないですね。
『二人とも、仲違いしたまま引き取られたらどうするんだ?』
「……放っておきましょう、おチビちゃん。私は、引き取られても二人が喧嘩をしていようとも……知りませんから」
今回ばかりは、くだらない喧嘩をした二人が悪いです。
私の言葉に、ジュリアンとライリーは顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔で私を見つめた。
……そ、そんな顔で私を見ないでくださいよ。
良心が痛みます。
私が困惑していると、おチビちゃんは笑いを堪えながら様子を見ていた。
「僕が悪かった……だから、怒らないでライラ」
「ライラ、もう喧嘩をしないから私を嫌いにならないでくれ……!」
喧嘩をしない、というのはきっと無理でしょうけど、まるで私が泣かせたみたいじゃないですか。
……はあ。
この二人を刺激するのはやめましょう。
あとが面倒くさいですし。
「……怒ってませんから、今は喧嘩をしないでください」
『そうだよ? そのままだと、離れ離れが確定になるからな』
「二人とも、ごめんなさいは?」
私がそう言うと、二人は顔を引きつらせながらも、しぶしぶ同時に謝った。
そう、これでいいんです。
心の中で謝っていなくても、形だけでも謝罪をすれば意外となんとかなるものなんです。
特に、女同士の喧嘩なんて、あちらの世界で数多く見てきたものですから。
『よし、解決だな。それで、これからどうするんだ?』
「……結構な時間が経ったので、ルーカスが探しにくるでしょうね」
「だったら、喧嘩してる場合じゃないよ!」
それはこっちのセリフです、ジュリアン。
それにしても、普段ならすぐにルーカスが捕まえに来るのに、今回は遅い。
あの当主と話をしているせいでしょうか。
もし私が引き取られたら、ルーカスはどんな反応をするのかしら。
孤児院の中で唯一特別扱いしていた子どもが、引き取られることになったら、喜ぶ? それとも悲しむ? どちらだとしても、私にとってはどうでもいいこと。
ルーカスは私に首輪をつけるように干渉し続けてきた。
それがついに外される瞬間が訪れるのなら、私はどんな顔をして彼を見るのかしら。
捨ててほしいと何度も願った子どもが、ようやく解放されたと笑う顔で?
それとも ――
ううん、私のささやかな願いは、ルーカスに私の存在を「なかったこと」にしてもらうこと。
無理に心配してくれるくらいなら、いっそ嫌いになってしまったほうが楽でしょう? ルーカス。
『今の二人の魔法では、恐らく勝つことはできないだろうね』
「うっ……ロシェル、分かりきってることを言わないでよ」
「チビ! そんなの、やってみないと分からないではないか!」
『俺の勘だけど、あの人間は俺と同じ……多くの者を斬ってきた血の匂いがぷんぷんしているよ』
血の匂い……。
血なんて、見飽きるほど見てきた。
父の期待に応えるため、勉強も習い事も必死に取り組んできたけれど、限界を迎えた私は、ある日、大量の鼻血を流した。
それが止まらず、貧血になりかけても「なんとかなる」と自分に言い聞かせ、耐え続けたものね。
――なのに、父は見向きもしなかった。
まるで、私がそこにいないかのように。
おかしくて、笑えてしまうほどに。
それでも、兄と弟だけは私を見てくれた。
彼らがいたから、私はまだ息をしていられる。
元気にしているといいけれど……。
「じゃあ、僕たち……相手にしちゃいけない人を倒そうとしてるってわけ?」
『そういうことだな』
「チビ! もっと早く言え!」
『そう言われてもなあ』
つまり、下手に動くなということですね。
ルーカスが捕まえに来なくても、そのうち部屋に引きこもったままの私たちを心配して様子を見に来るはず。
今はとにかく、あの当主の人間性を見極めることが先ね。
たとえ私が引き取られたとしても、あの当主が悪人だったとしても、私には闇魔法がある。
でも、ジュリアンとライリーが引き取られたら……もし傷を負わされたとき、彼らは何もできないかもしれない。
それだけは絶対に避けないと。
「皆さん、もう大人しくしていましょう」
『ライラ様。もういいのか?』
「一旦、様子を見ましょう」
私の言葉に、皆は頷く。
もし、あの当主が私の父のような人間だったら。
そのときは、私が許さない。




