14 魔法の取得
当主から逃げて、十分ほど経過した。
「ラジュリー、君は魔族なんだろ? だったら、闇魔法の出し方を知ってるはずでしょ」
『知ってはいるが、闇属性は複雑なんだ。他の魔法のように詠唱をすれば使えるものではない』
え? そうなのですか? さっきまで魔法の名前を考えていたのに。
けれど、ルーカスは詠唱なんてしていましたっけ。
そんなことを考えていたら、ジュリアンが代わりに聞いてくれた。
「じゃあ、ルーカスおじさんはどうなの? あの人、詠唱なんてしてなかったと思うけど」
『ああ、あいつは普通じゃないから気にしないでくれ』
……何、普通じゃないって。
確かに普通じゃないけれど、あなたも普通じゃないですよね、おチビちゃん。
すると、ライリーが私に耳打ちをするように口を出した。
「ライラ、私には全く理解できないのだが。その、えいしょう? とはなんだ?」
「……私もよく分かりませんけど、魔法は普通、声に出せば発動するらしいです。知りませんけど」
そもそも、魔法なんて私にはさっぱり分かりません。
ルーカスに少し前に教えてもらったけれど、いまいち理解できていないので、私もライリーと同じ状況です。
私たちの困惑に気付いたのか、ジュリアンが棚にあった本を手に取り、床に広げた。
「二人とも、僕は本を読んでいるから、詳しく説明するよ」
ジュリアンは魔法について書かれた本を読み始める。
この世界には『水・火・風・氷・光』の属性が存在し、『闇』は消滅したとされている。
これはルーカスから聞いた話だから、私も知っている。
そして、詠唱は口に出すことで魔法を発動させるものらしい。
長々と言うものがあれば、短く言うものもある。
詠唱をせずに魔法を使えるのは、『神の類』や『上位の人間』と呼ばれる存在だそう。
その『上位の人間』とは、かつて皇帝に仕えた『近衛魔術師団』の団長や、大陸に名を轟かせた冒険者ギルドの創設者など。
彼らは並外れた魔力と技術を持ち、その存在自体が伝説となっているらしいです。
つまり、今はもう存在しないということですね。
彼らは詠唱を省略し、まるで呼吸をするかのように魔法を操る術を身に着けていたそうだけれど、本当にそんなことが可能なのでしょうか。
「残念だけど、闇属性のことは書かれてなかったんだよね」
『それもそうだ。闇属性は本に書くことが難しいほどに禁忌とされているからな』
闇属性って、本当に危険なものなんですね。
まあ、確かに人を殺したり呪ったりするために使われていたのなら、危険と言われるのも無理はありませんね。
「チビ、魔族なら皆闇属性だと思っていたのだが、そうではないのか?」
ライリーが不思議そうに首を傾げながら言う。
私も同じように思っていたけれど、魔族が闇属性ではないのなら、いったいなんなのかしら。
『昔は皆そうだったよ。でも、盗られたんだ』
盗られた? 誰に? なんのために盗ったというの。
「ラジュリーも盗られたの?」
『俺か? 俺はもともと闇属性じゃないから関係ないよ』
「じゃあ、誰に盗られたんだ?」
『はは、そうだな。じゃあ、ここで問題です。闇は何に弱いでしょう?』
いきなりなんですか。
闇は光に弱いに決まっているでしょう。
そう思っていると、ジュリアンが呆れたように私の代わりに答えてくれた。
「光に決まってるでしょ?」
『そうだ、つまり。俺たち魔族は光に盗られたということだ』
おチビちゃんの言葉に、一瞬、部屋が静まり返る。
すると、隣にいたライリーがまたもや私に耳打ちした。
「ライラ、あのチビはさっきから何を言っているんだ?」
「……さあ?」
本当に、何を言っているのか分かりません。
ジュリアンは必死で頭を回転させているだろうけど、多分答えに導き出すのは無理でしょう。
『ははは、理解できないのは当然だ。俺もよく分からないからな。とにかく、魔族で闇属性は存在しないということだ』
「……ああもう! 頭が痛くなってきたよ」
でしょうね。
とりあえず、今はあの当主を倒すための魔法を考えないと。
「おチビちゃん、そんなことより闇魔法はどうしたら出せるんですか?」
『ああ、そうだったな。ライラ様、人差し指を上げて、頭の中で炎を出す感じで想像してみてくれ』
私は頷き、人差し指に視線を移す。
そして、人差し指の上に炎が出るようにイメージすると黒い炎が、マッチ棒に火をつけたようにふわりと灯った。
……できてしまった。
ジュリアンが息を飲み、黒い炎をじっと見つめている。
「これが闇魔法……!」
「ライラ、あ、熱くないのか?」
「熱くありません」
『さすがライラ様だ。だが、これだけでは闇魔法とは言えない。そこでだ』
おチビちゃんの言葉が途切れた瞬間、ジュリアンの首にかけられたペンダントが光り出した。
眩しくて目を閉じ、再び目を開けると、小さなドラゴンの姿に戻ったおチビちゃんがいた。
いつ見ても可愛い。
『ライラ様、俺が今から魔法を出すから、そのまま立っていてくれ』
「おいチビ! それだと、ライラが怪我をしてしまうだろう!」
『まあまあ、ライリー殿。安心してくれ、俺はライラ様に決して傷を付けたりはしないから』
今度は何をするのかしら。
なんだか、緊張してきた。
おチビちゃんが小さな肉球を私に向け、「火よ」と呟くと、そこから赤い炎が現れた。
今から、私は丸焦げになるのかしら。
次の瞬間、炎が私に向かって放たれる。
私は目を閉じた。
……けれど、熱さは何も感じない。
恐る恐る目を開くと、ジュリアンとライリーが口を開けたまま固まっていた。
『これこそ、詠唱なしでたった一人だけが使える闇魔法だよ』
私の体には黒い膜のようなものが張られ、炎がその中で揺らめいている。
「これは……?」
『闇属性は、詠唱することなく魔法を発動させることができる。今のライラ様は魔法を「吸収」したんだ』
「魔法を吸収?」
『うん。つまり、ライラ様は魔法を吸い取ることができる。それはライラ様にしかできない、唯一無二の魔法だよ。ただし「光」を吸収するのは危険だけどな』
私だけにしかできない魔法。
それが、魔法を吸い取ることだなんて、それなら攻撃すら当たらないのではないですか。
そんな魔法を、私なんかが持っていていいのでしょうか。
でも、もしこの『禁忌』とされた力を、『良い方向』へ変えられるとしたら……。
闇属性にとって、これほどの『メリット』はないのでは?
「おチビちゃん、魔法以外のものも吸収することができるのですか?」
『それは分からない。だが、ライラ様ならきっとできると俺は思うよ』
「……やってみます」
もし魔法以外のものも吸収できるのなら、私は『闇』が欲しい。
それが、闇属性や闇魔法ではなく――『人の心に宿る闇』であったとしても。
この世界で、唯一私だけが闇属性なら……。
光でさえも及ばない闇を、お腹いっぱい食べてやりましょう。
食べて、食べ続けて、闇に満ちて――
それで、人々が少しでも救われるのなら。
闇属性への見方も、少しは変わるでしょう?
――空の上で見ている、闇属性の皆さん。




