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12 チョろい彼ら

ルーカスの切なげな視線に、私は母を思い出した。

私の母は、私が十歳のときに亡くなった。


そう、今の私と同じ年齢で。


私は知っていたのです。

母が長くは生きられないことを。

その理由は、母が持っていた水色の瞳でした。


母は、水色の瞳を持って生まれた稀有(けう)な存在として大切に扱われていたそう。

名家の娘だったらしいけれど、父と出会ったことで世界が変わり、縁を切るようにして自ら家を出たと聞いている。


これは母から直接聞いた話です。

本来なら不気味がられるはずの水色の瞳。

けれど、母の家ではむしろ歓迎されるかのように笑って受け入れられたらしい。

そのときの人々の目が、まるでからくり人形のように恐ろしく感じたと母は語っていた。


やがて母は父と出会い、自分の家から逃げるように嫁いだ。

けれど、母と同じ瞳を持つ私にとって、それが本当に幸せだったのかは分からない。


けれど、母がそれでいいのなら、私はもう何も言いません。


とにかく、この水色の瞳は、命を削る危険な瞳でした。

というのを、父が言っていたわけで、必ずしもそうとは限りません。


少なくとも、私には何も起こらなかった。

ただ、この世界に来てから体調を崩しやすくなったくらい。

だから、この瞳の影響には個体差があるのかもしれません。


母は時折、私を羨ましそうに見たり、ルーカスのように切なげな目で見ていた。

私は嫉妬されていたのかもしれません。

きっと、母には私が『特別』に見えたのでしょうね。


切なげな目は、きっと水色の瞳を持って生まれた私への同情でしょうね。


――同情なんて、私には必要ないのに。


同情するくらいなら、自分の娘が夫から徐々に嫌われていることに気付いたとき、なぜ見て見ぬふりをしたのでしょうね。


私は、生まれたときから父に嫌われていたのでしょうか。


本当に、おかしくて笑っちゃう。


唯一の救いは、兄と弟がまともな人間に育ったこと。

彼らがいなければ、私はもっとおかしくなっていたかもしれない。


けれど、もう二度と彼らには会うことができないでしょうが。


「ライラ様! 戻ったぞ!」


不意に声がして顔を上げると、扉を勢いよく開けて、私の姿をしたおチビちゃんが満面の笑みを浮かべて立っていた。


――なんだか、凄く汚れている気がするのだけど、いったい何をしていたのですか。


「おチビちゃん、お疲れ様です。ところで、どうしてそんなに汚れているのですか?」

「これか? さっきジュリアン殿と洗濯物を干していたんだけど、風のせいで飛ばされて、その勢いで吹っ飛ばされたんだ」

「……だから、そんなに芝生や土がついているんですね」

「うん、そうだ。ジュリアン殿が怒って体を洗いに行ってしまったから、再び全ての洗濯物を干していたら時間がかかってしまった」


ジュリアンは綺麗好きだから、汚れるとすぐにイラついてしまうのは分かる。

それよりも、おチビちゃんが文句を言わずに飛ばされた洗濯物を一人で干し直すなんて……よしよししたくなる。


「偉いですね、おチビちゃん」

「ライラ様に褒められると気分がいい」

「それは良かったです。さっそくですが、おチビちゃん。そのままだと汚いので体を洗いましょう」

「あ、そうだな」


そう言うや否や、おチビちゃんは私の姿のまま服を脱ごうとした。


……この子、まさかここで裸になる気?


「おチビちゃん、ストップ」


私はおチビちゃんの額を指で弾いた。

その瞬間、おチビちゃんの姿は驚いたように小さなドラゴンへと変わった。


「ライラ様! ひどいぞ!」

「さてさて、ここで待っていてください」

「ライラ様!」


おチビちゃんの言葉を無視して、私は部屋を出る。


タオルで体を拭いたり、ブラシで毛並みを整えたりするのが夢だったのよね。

でも、孤児院にはたわしくらいしかなさそうだから、ブラシは諦めるしかありませんね。


そう考えながら一階へ降りてタオルを取りに行こうとしたとき、ちょうどタオルで頭を拭きながら歩いてくるジュリアンと鉢合わせた。


……そのタオル、ちょうどいいですね。

借りようかしら。


「あ、ラジュリー! ごめん、全部やらせちゃって」


あ、勘違いされてます。

どうしましょう、このままおチビちゃんを演じてみるのもありかな。


「えっと――」

「ライラではないか!」


すると、突然私に抱きついてくるライリーが、顔をスリスリしてやってきた。

どうしてライリーは分かるんですか。


「え? ラ、ライラなの?」

「……はい」


私がそう答えると、ジュリアンは顔を真っ赤にして「うわあ!」と叫びながら走り去っていった。


……え、そんなに私が嫌でしたか?


「なんなんだ? ジュリアンは」

「……さあ」

「それより、ラジュリーと入れ替わったんだな」

「はい、ですが体が汚れていたのでタオルで体を拭こうとしていたところです」

「なるほどな。だったら、一緒に行こう。私も手伝うぞ!」




●●●




タオルと水桶を手に持ち、ライリーと共に部屋へ戻ると――


おチビちゃんが、いなかった。


「ん? チビがいないぞ?」

「おかしいですね」

「おーい! チビ! どこにいるんだ!」


部屋の中を探しても、どこにもいない。

まさか、拗ねたとか?


「ライラ、見てみろ。窓が開いてる」


……仕方がありません。

あの手を使うしかなさそうですね。


「おチビちゃん、出てきたらたくさんよしよししてあげます」


すると、窓の外から勢いよく飛んでくる黒い影が、私に飛びついた。


「ライラ様! よしよししてくれ!」

「なっ! おいチビ! その場所は私だ!」


私を取り合う二人。

……面倒なので、二人同時によしよしすることにした。


驚いたような顔をしていたが、すぐにふにゃふにゃと緩んで気持ちよさそうにしている。

……チョろいですね。


そして二人がボサボサになるまで撫で続けたけれど、さすがに腕が疲れた。


「もう十分でしょう」

「ライラ、私はこのまま死ねそうだ」

「死なないでください」

「俺もこのまま死んだっていい」

「……はあ」


本当ならおチビちゃんの体を拭き終わっているはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのやら。

もう疲れたから、誰か代わりにおチビちゃんの体を拭いてくれないかしら。


そう思いながら溜息をついた瞬間、扉が盛大に開かれた。

……だから、どうして皆は静かに開けられないのですか。


「……! ライリー、ラジュリー! 何やってんだよ。というか、汚い体でライラに擦り寄るな、ラジュリー!」


無理やりおチビちゃんを引き離し、逃げられないようにきつく両手で固定するジュリアン。

それにしても、ジュリアンは私を見たかと思うと、すぐに顔を逸らす。


私、ジュリアンに何かしましたっけ?


そもそも、おチビちゃんをそのまま連れていったら、子どもたちに気付かれてしまうのではないかしら。

まあ、ジュリアンなら慎重に行動するでしょうし、大丈夫でしょう。


やがて、ライリーまでも引きずられ、二人は部屋から出ていった。

強く閉められた扉の音が、私の心臓に響くくらいに強かった。


……やっぱり、怒ってますよね?


もしかして、ルーカスのことを悪く言っていたところを聞かれていた? いや、そんなはずはないです。


まさか……思春期というやつでは?

それなら仕方がありませんね。


「タオルと水桶を戻しに行きましょう」


二つを手に持ち、のんびりと返そうとしたとき、どこからかライリー、ラジュリー、そしてジュリアンの声が響き渡った。

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