11 これが闇属性というもの
ルーカスとおチビちゃんの話が終わったのか、気が付けば私は自分の部屋のベッドの中にいた。
そして、布団の上では当たり前のようにおチビちゃんが座り、翼を整えている。
なんだか、この世界に来てから寝てばかりな気がする。
このままだと、体が重くなってしまうけれど、今はまだベッドから出たくない。
そういえば、ライリーとジュリアンは今何をしているのでしょう。
「……おチビちゃん、ライリーたちは?」
私の問いに、おチビちゃんは嬉しそうに顔を上げた。
『ライラ様! 目覚めたか! ライリー殿たちは、他の子どもたちの世話をしに行ったよ』
「そうですか」
『ライラ様も行くか?』
「いいえ、しばらくここにいます。……ルーカスに会いたくありませんし」
『あははは! 本当にライラ様は最高だ』
いきなり喋れるようになったおチビちゃんがそんな口調で話すと、少し違和感がある。
もっとこう、可愛らしい喋り方をしてくれれば完璧なのに。
ルーカスの話を聞いていなかったら、このおチビちゃんが小さなドラゴンの姿をした魔族だとは思わなかったでしょうね。
「おチビちゃんは、本当に魔族なんですか?」
『うん、そうだよ』
やっぱり魔族なのね。
でも、別に魔族であろうが私には関係ありません。
それより、おチビちゃんがどうして私のところに来たのかを知りたいですね。
「おチビちゃんは、どうして私のところに来たのですか?」
『来たというよりも……。いや、ライラ様だから来たんだ』
「私だから? それはやっぱり、私が闇属性だから?」
『それもあるが、俺はライラ様を慕っている。それが一番の理由だ』
「……そうですか」
私の返事に、おチビちゃんは驚いたように目を見開いた。
え? 何か変なことを言ったかしら?
「……おチビちゃん?」
『……! ラ、ライラ様は驚かないのか?』
「何をです?」
『ライラ様にとって俺とは初対面のはずなのに、慕っていると言ったことにだ』
何をそんなに驚いているのかしら。
この世界に唯一の闇属性なら、たとえ初対面でも慕う感情を抱くのは自然なことでは? 私だって、「捨てて」と言ったら捨ててくれる人を慕ってしまうに違いないですし。
「そんなの、私が闇属性だからでしょう?」
『……ライラ様にとっては、そう思ってしまうんだな』
「おチビちゃん、私は闇属性であることを認めますが、明かすつもりはありませんから」
――ライリーとジュリアン、そしてルーカスを除いて。
『そのことは承知しているよ。俺は、ライラ様の言うことならなんでも聞くから』
ん? 今、「なんでも」と言いましたか? 私の聞き間違えでなければ、そのように聞こえた気がするのですが。
「なんでもと言いましたね?」
『ああ、なんでも!』
私がほくそ笑むと、おチビちゃんが固唾を呑む音が聞こえた。
おチビちゃんがオスで、しかも魔族であり、姿を変えられるのなら、私にとって好都合です。
本来ならペンダントの姿になってもらい、必要なときにだけ現れてもらうつもりだったけれど、それは本当に重要なときだけにしましょう。
「では、おチビちゃん。私になってください」
『え?』
「ですから、私になって代わりにライリーたちのお手伝いをしに行ってください」
どうして今まで思いつかなかったのかしら。
おチビちゃんが姿を変えられるのなら、影武者になってもらえばいいじゃない。
少し、心もとないけれど、おチビちゃんならやってくれるはず。
私のために頑張ってください!
『……俺はライラ様のように丁寧な言葉遣いはできないのだが……』
「それは構いません。私はほとんど喋らないので、頷くか適当に『はい』とでも言っておけば大丈夫でしょう」
『ほ、本当に大丈夫なのか? それは』
「……多分」
微妙な空気が流れたが、おチビちゃんは「任せて」と言いながらベッドから下りた。
あ、本当にやってくれるんですね。
おチビちゃんが浮遊し、光を放つ。
そして、瞬時に私の姿へと変化した。
姿も形も服装も、全てが同じ。
目の前には、子どもの姿となった少女が、自信満々に腰に手を当てて立っていた。
これは完璧ですね。
『どうだ?』
「完璧です」
『では、今から行ってくるよ! ライラ様は安心して休んでいてくれ』
「お願いします」
おチビちゃんは鼻歌を歌いながら、部屋から出ていった。
よし、これでしばらくは安心できます。
おチビちゃんとルーカスは何故か敵対しているけれど、そんなのどうでもいいことです。
勝手にしていればいい。
それよりも、もう一度魔法が使えるか試してみようかしら。
といっても、本当にやり方が分からないのよね。
あ、そうだ。
適当に魔法の名前を決めて言えば、発動するのでは?
よし、試してみましょう。
ベッドの横に置いてあったライリーのスケッチブックを借りましょ。
ライリーは予備のスケッチブックがたくさん持っているから、一つくらい貰っても問題ないですよね。
もう、騎士ではなくて画家になったらいいのに。
「よし、まずは何にしようかしら」
前の世界ではアニメを見たことがなかったから、よく分からないけれど――
それっぽい名前を付ければ、きっとそれらしくなるはず。
闇といったら、『呪い』か『死』しか思いつかないけれど、そんな魔法使ったら即殺されるわ。
それよりも、そんな危険な闇魔法ではなくて新たな闇魔法を作ってしまえばいいのでは? 闇属性だからって、『呪い』や『死』だのって、考えが単純すぎます。
「昔は昔、今は今って言いますもんね」
どうせなら、この闇魔法を私のものにしてやりましょう。
そもそも、昔の人は使い方を間違っているのです。
なんでもかんでも殺すためだけに使うなんて、人生を無駄にしているのと同じです。
闇だからって、それくらいしか使えないなんて、考えが甘すぎる。
殺したところで、得をするのは自分ではないのだから。
スケッチブックを持ったはいいものの、何を書けばいいのか思い浮かばない。
「……待って、今気が付いたけれど、書くものがない……」
ライリーってば、スケッチブックを置いていくなら、書くものも一緒に置いていってほしいものです。
「はぁ、仕方がありません。おチビちゃんの様子でも見に行きましょうか」
おチビちゃんがいるであろう一階に降りる。
とはいえ、私が二人いると気付かれたら厄介だし、慎重に行かないと。
さて、おチビちゃんはどこに……。
あ、いた。
子どもたちが遊びに誘っているのに、椅子に座ったまま偉そうに見下ろしている。
私の印象、最悪なのでは? 確かに、喋らなくていいとは言ったけど、いくらなんでも子ども相手なら優しくしますよ。
「こら、お前たち。ライラの体は尊いのだから、無駄なことはさせてはならんぞ? いいな?」
私の姿をしたおチビちゃんのもとにやってきたのは、ライリーだった。
尊いってなんですか。
ライリーが「お前たちだけで遊んでいろ」と言うと、子どもたちは一斉に走り去っていった。
そして、おチビちゃんをじっと見つめる。
「……さては、ラジュリーだな?」
そうだった。
ライリーは私に関してだけは、変装していてもすぐに気付くんだった。
おチビちゃんは足を組み、さらに腕まで組んで、堂々とした態度を取る。
「さすがはライリー殿だ。どうだ? まんまライラ様だろう?」
「なわけないだろう! これがライラなら、お前の目は腐っているぞ。そもそも、どうしてチビがライラになっているんだ?」
「ライラ様からの任務だよ。病み上がりのライラ様に代わって、俺がライリー殿たちの手伝いをすることになったんだ」
もう、完全に私の体はピンピンしてますけどね。
「なるほどな。なら、チビ。お前は洗濯物を干してこい」
「いいぞ」
「では頼んだ。終わったらライラの傍にいてやれ。本当なら、私がいてやりたいがな」
ライリーが来たら、うるさくなりそうだから却下で。
それより、おチビちゃんは魔族なのに完全に雑用係ね。
おチビちゃんは鼻歌を歌いながら外へ向かった。
こんな姿をルーカスに見られたら面倒なことになりそうだけど、もういいわ。
外へ出ると、既に洗濯物を干しているジュリアンがいた。
そういえば、布団や服を洗濯しているのはジュリアンでしたっけ。
なんだか申し訳なくなってきた。
今度、手伝ってあげましょう。
「ん? ジュリアン殿!」
もう完全に私になりきる気、ないではないですか。
まあ、ライリーとジュリアンにはすぐに気付かれてしまうでしょうし、意味ないか。
「……ライラ? いや、もしかしてラジュリー!?」
「ああ、そうだ」
「ど、どうしてライラになってるんだよ!」
「ライラ様から、代わりに手伝ってやってほしいと言われたんだ。洗濯、俺も手伝うよ」
「あ、ありがとう……」
ジュリアン、すごくやりづらそう。
まあそうよね。見た目はライラでも、中身が魔族の男だなんて、思いもしないもの。
それにしても、おチビちゃんってば干すのが上手ね。
向こうの世界で毎日のように干していた私よりも、上手なんじゃないかしら?
「ラジュリーって……よく洗濯を干すの?」
「ん? 干さないぞ? というか、やったことがない」
「え? でも、水の切り方とか、やったことがないようには思えないんだけど」
「それは、剣についた血を振り払うのと同じだろう?」
「……そういえば、魔族だった。というか、ライラの姿でそんな物騒なこと言うなよ!」
「ははは、それはすまない」
ジュリアンは呆れたように溜息をつく。
いずれ、おチビちゃんに殺されるんじゃないかしら。
それだけは勘弁してほしいけど、もしものときのために反撃用の闇魔法を考えておくのもアリね。
それよりも、外ってこんなに眩しかったかしら? 眩しすぎて、むしろ気分が悪くなってきた。
……もしかして、私が闇属性だから?
はぁ、本当に不便ね。
不便すぎて、布団に潜りたい気分です。
おチビちゃんが終わるまで見ているのも暇だし、部屋に戻ろう。
そう思って後ろを向いた瞬間——何かが顔にぶつかった。
「んぐっ!」
「あ、ライラ! 大丈夫ですか?」
鼻を押さえて顔を上げると、そこには心配そうに見下ろすルーカスがいた。
……出た、早く逃げないと。
逃げようとした瞬間、ルーカスが「ま、待ってください」と言いながら私の手を掴んだ。
「……なんですか」
「……僕のせいで、傷つきましたよね」
いきなり何を言っているの? 普通、私に化けているおチビちゃんのことに触れるべきでしょう?
「……私が傷つこうが、ルーカスにとって関係ないですよね」
「……!」
「私にこれ以上、優しくしないでください」
ルーカスが優しくするたびに、余計な感情が生まれて期待してしまうではないですか。
そして、期待した分だけ傷ついて、自分が惨めになる。
だから、早く捨ててよ。
私が勘違いして笑われる前に、早く捨てて。
「ライラ、僕は――」
「私なんかより、他の子を気にかけてあげるべきでは? 私にとって、あなたは眩しすぎるんですよ」
「……!」
「眩しすぎて、お節介で……」
そんな悲しい目で、寂しそうな目で見ないでください。
私はもう、ネジが取れて動かなくなった壊れた人形にすぎないのだから。
だったら、捨ててしまえばいい。
「ああ、ほら。こんな子ども、拾うべきじゃなかったって顔をしてる。ルーカス、これが闇属性となった子どもの末路ですよ」
掴まれた手を振り解き、私は早足で二階へ向かった。
これでいいの。
あれほど言ったのだから、もう捨ててくれるでしょう?
私は最低な人間。
だから、拾っちゃダメなのよ。




