第七十三話 大事件の1ページ
第七十三話 大事件の1ページ
「三好さん」
助けを求めながら逃げる、猫耳の青年とその仲間たち。
その背後に迫る霧に注意を向けながら、横目で『雇い主』に問いかける。
「ええ、助けましょう」
即断即決。冒険者として頼もしい限りの返事に、小さく頷く。
「では自分が突撃します。三好さんは彼らの保護と援護を」
「わかりました」
「『白蓮』。彼女を守れ」
騎士甲冑を纏ったゴーレムが頷いたのと同時に、両足に纏わせていた風を解放する。
引き絞られた矢のように撃ち出された自分の身体。瞬く間に眼前へと迫る木々を小刻みなステップで避け、減速する事なく霧と青年たちの間へと滑り込んだ。
土煙を足裏から発生させながら、剣を構える。
瞬間、幾本もの武器が飛び出してきた。
これは、質量をもった幻影。魔力を押し固めただけの、雪玉の様なものだ。
しかしその先端には確かに人を殺せるだけの『工夫』がされている。雪で出来た細工でも、先端を凍らせれば凶器として扱えるように、最小限の力でこれらの武器も『魔装もどき』と呼べる部分が形成されていた。
故に、自分と背後の彼らに向けられた物全てを粉砕する必要がある。
「しぃぃ……!」
かすれる様な声で気合を入れながら、剣を全力で横に振るった。
身から湧き出る魔力が、肩、肘、手を通って刃まで到達した瞬間風へと変換される。
清廉なる森で発生した、小規模な竜巻。風切り音を響かせて、白い霧ごと飛来する武器が吹き飛んだ。
しかし、その風も『奥』にまでは届かない。
濃密な霧はまるで意思を持っている様に留まり、壁となってその先にいる主を覆い隠している。
ここのボスモンスターは、中々に憶病らしい。安全圏にいたいという気持ちはとてもわかる。
巻き起こった風に気づいたのだろう、背後をドタドタと駆けていた足音が弱まり、声をかけられた。
「あ、あんたは!?」
「た、助けが来たんですか!?」
驚きの声をあげる2人の男。背負われている方は、気絶しているらしい。
振り返らず、自分を避けて彼らに伸びる霧を剣で斬り払う。
「エルフの女性がゴーレムを連れてこちらに来ます。その人の後ろにいてください」
「わ、わかった!」
やはり、聞き覚えのある声だ。具体的に誰だったかは思い出せないが、たぶん印象的な出会いをした人だと思う。
そう言いながら、いまいち思い出せないのだが。
「っと」
そんな雑念を抱いている間に、敵側で動きがあった。
「気を付けてくれ!敵は1体じゃない!」
少しだけ、警告が遅い。
内心でそう呟きながら、霧の中から飛び出してきた『怪物ども』に目を細めた。
『ガアアアアッ!』
50を超えるバグベア。なるほど、彼らがタヌキ型のゴーレムを囮に逃げなかった理由がわかった。
バグベアは武器を使うだけの知能がある。この数とボスモンスター相手に盾役を置いていけば、十中八九大鉈か霧の武器が雨あられと襲い来るに違いない。だったらまだ壁として使う方がマシか。
彼らの考えは、恐らく正しい。しかし、どうするか。
『炎馬の指輪』を使うなら一掃できるが、森の中で使う勇気はない。錬金術で鎮火させようにも、錬成陣を取り出す間に燃え広がりそうだ。
しかし1体1体相手にしていては、背後の彼らに攻撃がいく。仕方ない。ここは後退して彼らの守りに、
「構いません。前進して下さい」
凛と響いた声に、背中が押される。考える前に足が前へと踏み出され、肩に担ぐようにして剣を構えていた。
三好さんが追い付いたのだと、遅れて理解する。
自分が駆けだすと同時に、周囲の温度が急激に低下した。
硬い物を叩き割った様な音と、怪物どもの悲鳴が木霊する。僅かに飛び散る氷の破片から、何が起きたのかを察した。
───広範囲かつ敵味方識別での魔法攻撃。
彼女もまた、『Cランク冒険者』なのだ。
踏み出した足が地面を抉り、2歩目でトップスピードに。槍衾の様に変化する霧の中へ跳び込んで行く。
防御も迎撃も不要。背後を気にしなくて良いのなら、風で強引に割り開けばいい。
まるで自ら迎え入れる様に、バックリと開いた霧の壁。その奥にいた異形と、視線が合う。
バグベアの本体の様な、緑色の鉱石。それを用いて作られた見上げるほど巨大な怪物の、金色の瞳が輝いた。
『スプリガン』
イングランドに伝わる妖精にして、妖精たちの守護者ともされる存在。
身の丈4メートルはあろう巨体が、ギシギシと音をたてて拳を振り下ろしてくる。体躯に見合わぬ機敏な動き。暴走トラックの様な速度で巨腕が迫る。
人間の胴体ほどもある目の前の拳に、間髪入れずに剣を叩き込んだ。
絵面だけ見れば無謀な迎撃。しかし、風を槌の様に纏った刀身は轟音と共に石の拳を粉砕してみせた。
衝撃でぐらりと傾く巨体に、更に前進。勢いそのまま跳躍し、体ごと鳩尾へとぶつかり切っ先をねじ込む。
バキン、という音をたてて割れる石くれ。背中から倒れる巨体の上で、両手を使い強引に斜め上へと刃を振り抜いた。
強引に出来上がった隙間に、左の拳を叩き込む。分厚い籠手に包まれた拳は割れ目を広げながら奥にいた存在を叩き潰した。
『精霊眼』が捉えるのは、土で出来た老人の様な小人。
土気色などではない、本当に土の色をした肌に沢山の皺をつくり、木の根っこの様な髭を生やしている。
ある意味以前見たノームよりノームらしい姿のこれこそが、スプリガンの『本体』。
この地響きをあげて地面に横たわった巨岩の身体も、こいつが作り出した『着ぐるみ』の様なものである。
霧となって消えた巨体から跳び下りれば、地面には少量の塩とその中央にある銀色の指輪。
優先すべきはこちらではないと、視線を後ろに向ける。
まあ、見ずとも結果はわかっていたのだが。
「お疲れ様です、矢川君」
「ええ。そちらこそ、お疲れ様です。三好さん」
営業スマイルと共に、お互いが社交辞令を述べる。
ああ。このやり取りの方が、先の戦いより遥かに恐ろしい。
彼女の背後にいるゴーレム達より、更に後ろ。
宇宙に放り出された猫みたいな顔をした青年に、取りあえず会釈しておいた。
……はて。やはりどこかで見た事がある気がする。
わなわなと震えながら、その青年はこちらを指差して叫んだ。
「な、なんで『インビジブルニンジャーズ』がここにぃぃぃいいいい!?」
──コボルトロードに追われていた人かぁああああ!!
思い出した。というか思い出したくなかった。
面と向かって、いいやあの時彼女は透明化していたので、兜越しとは言え顔を合わせていたのは自分だけだが……。
あの素っ頓狂な名前を名乗るはめになった時の、猫耳の人達である。
名前は忘れた。というかそもそも名前聞いたっけ?
思わず真顔になる自分とは対照的に、三好さんが盛大に噴き出す。
おう笑ってんじゃねぇよ。おたくの従姉妹の命名ぞ?責任とってよね。
「はっ!?し、失礼しました。恩人を指差してしまって」
「いえ……お気になさらず」
慌てた様子で指をおろした青年に、真顔のまま首を横にふった。
恩なんて感じなくて良いので、忘れてくれ。全て。
「お久しぶりです。モンスターに追われていた様だったので、横槍を入れさせてもらいました」
「助かりました、本当に。まさか、2度も命を救われるとは……」
愛想笑いを浮かべながら、尻尾を足の間に入れて身を縮こませる青年。
それを見ながら、三好さんが小声でこちらに話しかけてきた。
「矢川君。山下さんと知り合いなんですか?」
「以前ダンジョンで少し……名前は今知りましたが、三好さんこそお知り合いで?」
「いいえ。ただ有名人です。『ウォーカーズ』という大規模クラン……いいえ『ギルド』を名乗る組織の創設メンバー兼ギルドマスターですよ」
「あー……」
そう言えば、ネットでそんな名前の冒険者集団を聞いた事がある。
まさか、それのトップが彼だったとは。世間と言うやつは狭いものだ。
「えっと……」
ちらりと三好さんに視線を向ければ、彼女は少し考えた後に頷いた。
「私が彼と話しますので、矢川君はドロップ品の回収と周囲の警戒をお願いします」
「わかりました」
頷いて、体ごと向きを変える。
良かった。あの人の事を結局よく知らないので、どう話しかければ良いかわからない。
三好さんがこちらの助けを求める視線に気づいてくれて、本当に良かった。やはり良い人である。
安堵して自分の仕事をしながら、彼女らの話が終わるのを待った。
* * *
自分がドロップ品を拾ったり周囲を警戒している間に、三好さんが聞いた事情を纏めると。
山下さん、どうも殺されかけたらしい。モンスターではなく、人間に。
……大事件じゃねぇか。
内心でセルフツッコミを入れながら、冷や汗を流す。
『ウォーカーズ』では現在『覚醒者と非覚醒者の共存』を目的に冒険者のイメージアップの為、不人気ダンジョンの間引きを積極的にやっているらしい。
それで普段の活動範囲より外に出て、このダンジョンまで来ていたのだとか。
だが、縄張りから出た彼を待っていたか、それとも追いかけていたのか、謎の男達が突如襲ってきたのだと言う。
彼らはスキルか魔道具かは不明ながら、遮音の結界を使う事で自分達の足音とモンスターの出す音を山下さんの耳から隠した。
そうして目視できる距離になった途端、スタングレネードを投擲。音と光で山下さん達が動けなくなった間に『ダンジョンの塩』が入った袋をぶつけてきた……らしい。その時の事は見えていなかったので、状況からの予測なのだとか。
謎の集団はその後姿を消し、残されたのはスタングレネードのせいでまともに動けない山下さん達と、局所的スタンピードを起こしているモンスター達。
すぐに塩をそこらに捨てて逃げ出したのだが、怪物達は既に目の前の彼らに狙いを定めていた。ふらつきながらも、どうにか出口を目指していたらしい。
なお、彼の背中でぐったりしているのは魔力切れを起こした魔法使いである。大きな外傷はない様で安心した。
しかし……改めて頭の中で整理しても、やはり大事件である。
いつかこんな事をする輩が出てくるとは思っていたが、まさかその一部始終に立ち会う事になろうとは。
人生、何が起こるかわからないものだな……。
散々非日常と呼べるものを経験してきたが、こういう類は初めてである。得体の知れない恐怖と、不謹慎ながら若干の高揚感を覚えながら剣を片手に周囲の警戒を続けた。
だが、取りあえず。
「三好さん。緊急事態なのでアイラさんに連絡します」
「……はい」
苦渋の決断という様子で、三好さんが頷く。
既に下手人どもは去った後だろうが、念には念を入れたい。一刻も早く警察に通報したかった。
というか、『Dランクダンジョン』でそんな芸当が出来る奴らなど、明らかに『Cランク』相当の腕前である。
恐らく、直接人を殺すのは怖くてモンスターにやらせようとしたのだろうが……暗殺失敗したと知れば、腹をくくって突撃してくるかもしれない。
そんなわけで、耳につけていたイヤリングに魔力を無理やり流し込む。
瞬間、ガラスが擦れ合う不快な音が至近距離で響く。
「っぅ……!」
眉をよせる自分に、今度は別の大音量が襲い掛かった。
『京ちゃん君んんんん!?君ぃ!?私の繊細な鼓膜をなぁんだと思っとるかあああああ!!』
覚醒者じゃなかったら、自分の鼓膜は破れていたと思う。
怒り心頭な様子だったが、事情を説明すればアイラさんはすぐに『よく連絡してくれた。2人とも無事に帰って来るんだよ……!』と労わってくれた。
……『そこの山下何某どもは最悪囮にして良いから、自分達を最優先にね!』と爽やかな声で言うのはどうかと思うけど。
ともかく、警察と自衛隊には彼女が通報してくれたので、自分達は周囲を警戒しつつ出口に向かった。
犯人たちの襲撃は特になく、バグベアもチラホラ襲い掛かって来たが特に語る事もなく撃滅。
ゲートにいた自衛隊の人達に事情を説明し、無事ストアに帰還した。
……その後、30分ぐらい事情聴取に付き合わされたけど。
事が事なので、仕方がないとは思う。思うのだが、自分達は本当にただ巻き込まれただけなので何も知らないし関係ない。
肉体はまったく疲れていないのだが、警察の人と話し終わった後は精神的に疲弊しきっていた。今すぐ横になりたい気分である。
何とも、予想外な方向に大変な1日となってしまった。
読んでいただきありがとうございます。
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