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第七十二話 思わぬ遭遇

第七十二話 思わぬ遭遇





 真っ白なゲートを抜ければ、足裏に柔らかい土の感触が伝わってきた。


 青々とした葉が生い茂る、太く高い木々。枝葉の隙間から降り注ぐ光が、まばらに草の生えた濃い茶色の地面を照らしている。


 息をするだけで清涼な空気が肺を潤し、しっとりとした風が肌を撫でていった。


 こうして一場面だけを切り取れば、ヨーロッパの穏やかな森の様なこの場所。


 しかし、その実態は怪物ひしめく魔の森に他ならない。


 木漏れ日に見える光は、天井から伸びる青い鉱石の輝きである。街型のダンジョンと同じく、ここもまたドーム状に岩で覆われた迷宮だ。


 壁の類は端までいかねば見えないが、葉の枚数すら同じという木々が人の方向感覚を乱す。自分1人でくれば、道に迷ったに違いない。


 実際、このダンジョンはこれともう1つの理由で冒険者が碌に近寄らず、所謂『不人気ダンジョン』となっていた。


「……周囲に敵は見えません」


「音も問題なさそうです」


 ぐるり、と顔ごと視線を巡らせる自分と、長く尖ったエルフ耳をひくひくと動かす三好さん。


 今回はエリナさんがいない以上、普段以上に敵の接近に注意しなければならない。腰の剣を抜きながら、小さく深呼吸をする。


「では、事前に決めた通りの配置でいきましょう」


 そう言って、自分が先頭に立つ。並びとしては、自分、『白蓮』、三好さん、そして彼女のゴーレム2体となる。


 確認の為に振り返れば、三好さんが形の良い眉を八の字にした。


「その、本当に良いのですか?一番危ないポジションですが……」


「大丈夫です。こちらの方が動き易い。いざとなれば白蓮の後ろにまで下がります」


 ちらり、と。三好さんのゴーレム達に視線を向ける。


 以前見た時よりも内包する魔力量が上がっているが、それでも専用ボディをもった白蓮ほどではない。言っては何だが、壁として以外の使い道は荷物持ちぐらいしか浮かばない性能だ。


 もっとも、壁として機能するのなら100点と言えるのが『戦える魔法使い』の連れるゴーレムという物だろうけど。


「こちらの荷物はそちらのゴーレムに持ってもらいますし。それと、ナビはお願いします」


「ええ。任せてください」


 そう言って彼女が掲げた物を見て、思わず目を見開いた。


「タブレット……?」


「電波は通じていないのでGPS等は使えませんが、ストアで内部の地図はダウンロード済みです。一応紙の物も持っていますが、こちらの方が書き込むのも楽なので」


「なるほど……」


『魔装』も相まってエルフ感溢れる彼女が、森の中で現代機器を持っているのは中々の違和感がある。


 しかし、理由を聞けば真っ当なものだ。オフラインでも、タブレットは十分便利な物だと再認識する。


「矢川君は、普段どのようにマッピングを?」


「……質問に質問を返すようですみません。アイラさんのスキルについて、どの程度ご存じですか?」


「『念話』と『鑑定』については一通り聞いています」


 それを聞いて頷く。本人がいない所でスキルについて喋り過ぎるのも良くない。姉妹とは言えマナー違反になる。


 前の氾濫で鏡を使いアイラさんと話す所は見られているが、念のためだ。


「アイラさんが念話で鏡同士を繋ぎ、それを使って彼女にナビをしてもらっています」


「なるほど。それは……なんだかファンタジーっぽくて良いですね」


 鏡で会話する姿を想像したのだろう。三好さんがくすりと笑った。


 少しだけ空気が和らいだ事に胸を撫で下ろし、剣を握り直す。


「では、行きましょう」


「はい」


 ゆっくりと、周囲に意識を向けながら歩き出す。まずはセオリー通り、自衛隊のペイントを見つけなければ。


 木々の間隔は広く、乗用車が通れる程度。柔らかい土を踏み、片手半剣を肩に担いだ状態で足を動かす。


 すると、30秒ほど行ったところで大きな岩を発見。苔が天辺に生えた岩の表面に、大きく黄色でアルファベットと数字が書かれていた。


 無意識に耳元へ伸ばした手を、止める。いけない。普段の感覚でアイラさんに話しかけそうになった。


「『A-21』ですね。ではここから反時計周りに進みましょう。1時間ほどで出口につくはずです」


「わかりました」


 三好さんに頷き、彼女の言う通りにまた歩き出した。


 本当は木々に何かしらのマーキングをしたいのだが、それをすると他の冒険者の邪魔になる。


 不人気ダンジョンとは言え、他に来ている者がいないわけではない。駐車場には何台か車が停まっていた。


 そうして周囲を見回しながら歩く事、約1分。


『精霊眼』が動くものを捉える。


「……敵です。数は2」


「ええ。こちらも捉えました」


 静かな返答に、振り返らず頷く。エルフの聴覚は獣人なみに鋭いと聞いていたが、本当らしい。


 木々を遮蔽物として隠れる様に近づいてくる、2つの魔力反応。それが数メートルほどの距離まで来て、やっと自分にも虫の羽音の様なものが聞こえてきた。



 直後、木の後ろから巨大な影がぬっ、と出てくる。



『ガアアアアッ!』


 こちらへ威嚇する様に吠える、毛むくじゃらの巨体。身長は2メートル半か、それより少し小さいほど。


 ゴブリンにクマに似た体毛を生やして、巨大化させた様な見た目。剥き出しの牙は鋭く、手には武骨な大鉈を握っている。


『バグベア』


 イギリスに伝わるという、森の怪物。人を攫い、食い殺す邪悪な精霊。


 その怪物が雄叫びを上げてこちらを睨む中、既に間合いは詰めている。


 黄色く濁った眼玉が自分に追いつくより速く、一閃。ゴワゴワとした毛皮ごとその下の肉を切り裂く。


 短い悲鳴と共にあがるのは赤い血飛沫ではなく、白い『霧』。


 片膝をついた仲間に、もう1体がぎょっとした顔でこちらを見る。だがその無防備な横っ面に氷の槍が突き刺さった。


『ガ、ギギ……!』


 腹を裂かれ、歯を食いしばりながらも動こうとする怪物。その丸まった背中を踏みつけ、胸の中央に剣を突きたてた。


 魔力の流れで()()の位置は把握できている。


 刀身を横に振り抜き、足をどけてもう1体に視線を向けた。下から出現した幾本もの石の槍で貫かれ、そちらも霧を噴出しながらしぼんでいく。


 残ったのは、拳大の緑色をした鉱石。それに半透明な翅が生えており、槍で串刺しにされ力なくぶら下がっていた。


 これが、バグベアの本体。『ノーム』と大して変わらない、魔法で外装を纏っているだけだ。アレと同じく、ただのまやかしではなくきちんと実体を持っているのが厄介な所である。違うのは性能と、痛覚が繋がっているか否か。


 鉱石が塩に変わり、その中でコインが鈍く輝く。


「お疲れ様です」


「ええ。そちらこそ怪我は?」


「ありません。大丈夫です」


 コインを拾い上げ、石と樹木で出来た三好さんのゴーレムの所へ向かう。


 途中も、一応周囲に視線を巡らせる事を忘れない。ここのモンスターは、奇襲が得意である。


 不人気ダンジョンなのは『迷いやすい』からだけではなく、『敵の接近に気づきづらい』という理由もあった


 コインを差し出せば、ゴーレムが受け取ってリュックにしまってくれる。こういう動作は、白蓮よりもスムーズだ。主である三好さんの技量が窺える。


 剣を握り直す自分に、彼女が微笑んだ。


「流石ですね。このランク相手なら、敵なしですか」


「そういう貴女こそ。安心して背中を任せられます」


 お互い、営業スマイルを向け合う。


 ……気まずい。


 仕事以外の会話は、何を喋れば良いのかわからない。これがアイラさんやエリナさんなら、向こうから何か言ってくれるのだけれど……。


「問題ない様でしたら、探索を続行しましょう」


「はい。方角はあっちです」


「了解」


 タブレット片手に三好さんが指さした方向に、足を動かす。


 それから5分ほど歩くが、接敵がない。不人気ダンジョンなのでもっとモンスターがいると思っていたのだが、誰かが熱心に間引きをしているのだろうか?


 自然と無言の時間がうまれ、背中に嫌な汗が流れる。


 ダンジョン探索をしているのだ。周囲の音や変化に集中した方が良い。だが、それでも気まずさがある。


 何より、過度な緊張が続くとかえってパフォーマンスが落ちると講習で聞いた。


 ここは、ウイットに富んだ会話をするべきだろう。


「ごっ……」


「ご?」


 ……噛んだ。


 ウイットに富んだ会話。それは、きっとデーモンと単騎で斬り合う事より難しい。


「……失礼しました。このダンジョン探索で『慣らし』を行い、後日(くだん)の勧誘してくるグループにパーティーとして接触する。という流れで、良いんですよね?」


「はい。彼らに力を見せつける形が一番いいので、覚醒者用の訓練施設で一緒に会ってもらう予定です」


「わかりました」


 ……なぜ僕は、メールで確認した事をダンジョン探索中に再確認しているのだろうか。


 自分で自分の言動に首を傾げながら、頬に冷たい汗を伝わせる。


 これは、下手に喋ると余計に傷を広げそうだ。無駄に弁明を重ねようとする口を気合で閉ざし、無言で周囲を警戒する。


 お願いだからモンスターが襲って来てほしい。この際10でも20でも構わないから。


 その願いが通じたのか、こちらに接近する魔力を察知する。


「敵です。数は……6体」


「……少し多いですね」


「ええ」


 ……僕が願ったからじゃないよね?


 そんなはずはないとわかっているが、ついそんな事を考えてしまう。


 まあ何でもいい。戦っている間は、余計な会話をしなくても良いのだから。


「前へ出ます。三好さんは白蓮の後ろに」


「はい」


 彼女はエリナさんほど動けない。ゴーレム達に護衛されながら、砲台となってもらう。


 ある意味魔法使いのお手本の様な立ち位置だ。安定した攻撃力をもった遠距離要員というのは、新鮮であると同時に頼もしく感じる。


 木の後ろ側で外装を纏っていく精霊たち。準備が整うのを待つ道理もないと、木々の隙間へと踏み込む。


 1体、2体と霧を纏いだした鉱石を斬り捨てれば、残る4体が怪物のガワを着て雄叫びをあげた。


『ヴアアアアッ!』


 クマの様な咆哮をあげ、鉈を振り下ろしてくるバグベア。その斬撃を斜め前に避けながら、すれ違いざまに剣を袈裟懸けに振るう。


 核を砕き、次の敵へ。視界の端で1体が三好さんの方に向かおうとし、白蓮の間合いに入る前に氷で串刺しにされていた。


 残るは2体。自分に近い方へと間合いを詰めれば、慌てた様子で鉈が振り下ろされた。


 それを横に避ければ、返す刀でもう一撃。しかしそれは外れ、木の幹に快音をあげて食い込む。


 幾ら木々の間は広いと言っても、その体躯で得物を振り回せばそうもなる。


 鉈を引き抜こうとする怪物の懐へと跳び込み、鳩尾を剣で突き核を破壊。そのまま斜めに刀身を走らせ、足を止める事なく通り過ぎる。


 最後の個体は、と顔を向ければ、氷漬けになってバラバラに砕ける所だった。


 合計6体の魔力反応が消え、同じ数の盛り塩めいたものが地面に残る。念のため周囲をぐるりと見回してから、ほっと息を吐いた。


「敵影無し。ドロップ品を回収します」


「はい。えっと地図だと……」


 戦闘で体の向きが変わったので、三好さんがタブレットと自分達の足跡を見比べ始める。


 短い戦闘時間だったが、油断は出来ない。ここの木々は工場製品の様に同一だ。どちらを向いても同じ景色に見える。


 ナビは三好さんに丸投げして、コインを回収。ゴーレムに手渡し、ふと地面に散らばる塩を見た。


「………」


「矢川君?どうしました?」


「あ、いえ。何でもないです……」


「もしも何か気づいたのなら、教えてください。ダンジョンですので、少しの違和感でも見逃したくありません」


「いや、その……単に、塩害とか良いのかなって、だけで……」


「はい?」


 キョトンとする三好さんに、慌てて首を横に振る。


「あ、いや。本当に何でもないんです。それに、ほら。小量ならむしろ土壌に良いって言うし……!」


 ……いや、何を言っているのだ、自分は。


 つい先ほど、ここの木々は作り物めいていると思ったばかりではないか。それなのに塩害なんぞ気にしてどうする。


 というか、そんな事をいったら大概のダンジョンがやべーよ。なんなら氾濫で溢れた塩の方が大変である。


「……ふふっ」


「っ~……!」


 噴き出した三好さんに、自分の頬が熱くなる。


 やらかした……泣きたい……。


 回れ右して顔を見せない様にした自分に、三好さんが少し慌てた声で話しかけてくる。


「ああ、すみません!バカにしたわけじゃないんです。ただ、ユニークだなぁっと」


「……大丈夫です。忘れてください」


「ええ、はい。わかりました」


 声にまだ笑いが混じる三好さんに背中を向けながら、深呼吸をする。


 無駄に清涼な空気で肺を満たし、両目に力をいれた。


 今はダンジョン探索中。そちらに意識を向けるべきである。切り替えろ、矢川京太。たとえ今すぐ枕に顔をうずめて叫び出したい衝動にかられていようとも、吠えるのならば敵を相手に雄叫びをあげる時だ。


「探索を再開しましょう。ナビをお願いします」


「はい。では、左手の方に」


「わかりました」


 三好さんが示した方角に身体を向け、歩き出す。


 ……うん。落ち着いてきた。


 日常ならともかく、ダンジョンの中でうだうだ考えてもしょうがない。


 何より今日はエリナさんがいないのだと、再び自分に言い聞かせる。彼女の驚異的な索敵能力に、おんぶにだっこではいられない。


 仕事と割り切れば、多少は自制も出来る。それが功を奏したのか、いち早く『変化』に気づく事ができた。


「霧が……?」


 自分達から見て2時の方角。そこから、真っ白な霧が広がってきている。


 まだ遠い。だが、霧が広がる速度も常人が走った程度はあった。


「三好さん、あれを」


「……ボスモンスターが出現した様ですね」


 ストアにあった情報を思い出す。ここのボスモンスターは、周囲に大量の霧を発生させる特徴があるとか。


 わざわざ喧嘩を売る理由もない。規定通り、この場から離れて真っすぐ出口を目指すべきだろう。


 そう思ったのだが。


「……悲鳴?」


「え?」


 三好さんの呟きに、思わず疑問符を浮かべる。


 なんの、と聞こうとして、自分の耳にも微妙に聞き覚えのある声が届いた。



「誰か、誰かあああああ!!」



 慌ててそちらを見れば、霧から逃げる様に走る『猫耳の青年』がいた。


 彼は半泣きで誰かを背負い、その後ろにはもう1人と動くタヌキの置物が2体、走っている。


 ……なぁに、あれぇ。


 デジャヴを感じる様で、あまりにも違和感のある組み合わせ。というかタヌキ?なんで?


 わけがわからないながら、取りあえず両足に力を籠めた。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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ネコ兄さんまーたボスモンに絡まれてるw かわいいね!
今更だと思うけどダンジョンに砂糖とか味の素とか他の調味料ぶち撒いたらどうなります?
Cランクダンジョンかと思ったらDランクダンジョンだったでござる。しかし並みの冒険者にとってボスエンカウントしてらマジヤバがデフォだとするのなら低速紙そうな後衛タイプってヤバくね。 今回は臨時だけどい…
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