第七十一話 三好ミーアの頼み事
第七十一話 三好ミーアの頼み事
『ふっ……。前衛は私に任せたまえ。この竜は私が斬ろう』
『援護は任せて、パイセン!』
「じゃあ僕は遠くから矢を撃つので」
意気揚々と野太刀を構えたアイラさんが、翼の生えた竜の前へと躍り出る。
滑らかな動作で、身の丈ほどもある刃が怪物の鱗を切り裂いた。
『皆は……大切な仲間達は私が守る!エリナ君、なんか感動的なBGMを頼んだ!』
『ル~!ルンタララタッタッタ~!』
『黙れ音痴!!』
『酷いよパイセン!?』
まあ、いつもの3人でゲームしているだけなのだが。
『松尾狩人列伝~百鬼夜行黙示録~』
京の都に次々と現れる妖怪。それを無職独身バツイチで借金漬けの男、松尾が安倍晴明の口車に乗せられて、もとい協力のもと借金返済を目指し化生を倒してお金を稼ぐゲームである。
倒した妖怪から素材を剥ぎ取り、新しい武器や防具を製造。晴明から貸し出された式神をお供に、京都へ襲い来る怪物どもを倒していくストーリーである。
え?『どう見てもモンハ●じゃねーか』って?ちょっと何のことかわからない。
ちなみに操作キャラクターは松尾なのだが、プレイヤーの好みで見た目どころか性別まで変更できる。設定的には『松尾は気合を入れれば種族レベルで変化できる』らしい。
『酒癖とギャンブル依存症な事以外一般的な京都人』とプロフィールにあったのだが……。平安の一般京都人恐い。
何はともあれ、ゲーム機を操作しながら念話で2人と会話する。
『妖怪だ!なあ妖怪だろう!?妖怪だろうお前!素材おいてけぇ!!』
「貴女が妖怪じゃい」
『どうしちゃったのパイセン!いつものクールビューティーなパイセンに戻って!』
「そんなのアイラさんじゃねぇよ」
『素材が落ちないのがいけない!落ちないのがいけない!』
「よく考えたら平常運転か」
『あ、そう言えば京ちゃん君』
「はい」
発狂が若干解けたのか、アイラさんが人間に戻ってきた。
『デーモンのドロップ品だがね。無事所持許可が下りたらしい。後日ババ様が君に直接渡すと言っていたよ』
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
まだどういう物か確認していないのだが、『Cランクボスモンスター』のドロップ品である。
レフコースの落とした『炎馬の指輪』は良い拾い物だったので、今回のも期待できそうだ。
……討伐には毒島さんも参加したんだけど、配分どうしよう。パーティーの物と扱って良いのだろうか。
『しかしアレだね。レッサーデーモンの時や昨日のワーウルフの時の事を考えると、君って無双系ゲームの主人公みたいだとつくづく思うよ。何の躊躇もなく敵集団に突撃していくし。流石私が見出した『SSR』だ』
「は?いえ、それはないです」
『うん?随分とハッキリ否定するじゃないか』
『てーへんだてーへんだ!パイセン、鬼ヤドカリが乱入してきたぁ!』
『なにぃ!?私の野太刀と相性最悪なんだが!?』
「あ、僕牛糞投げます」
このゲーム、牛糞を投げると敵モンスターが逃げて行くのだ。
『こやし●』だろって?う●こはう●こだよ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。
『それで。なんで違うんだい?』
「なんでと言われましても……僕は躊躇なく敵に突撃しているわけじゃありませんし」
『はて。私にはそう見えたが』
「ちゃんと、逃げる算段はつけてから切り込みますよ。じゃないと恐くて動けません」
自分は愚直に前へ進める猪武者でも、恐怖を乗り越えられる勇者でもない。
確かに、『覚醒の日』より前と比べて戦う事には慣れた。以前であれば、どれだけ考えても決心がつかず敵集団に攻撃をしかけるなんて出来なかっただろう。
非常に不本意ではあるが、オークチャンピオンとの戦いで自分は変わったのだろうな。それが成長か、ただの歪みかはわからないけど。
産まれて初めて、『死』と直面した瞬間。その時、自分は『恐怖』ではなく『怒り』の感情に飲まれていた。両親を、そしてエリナさんを殺されたと思い込んで、チャンピオンに捨て身で斬りかかったのである。
その経験が、自分を『冒険者』にしたと言って良い。今でもあの戦いは思い出す。
まあ、根本的にビビリな所は治っていないが。痛いのも苦しいのも嫌だ。
こんな事をつらつら考えていても、いざ実戦で負傷したら腰が引ける自信がある。
「レッサーデーモンの時はそうしないと両親が死ぬって状況だからやりましたが、昨日のワーウルフと戦った時は『少しでも死ぬかもってなったら、白蓮を囮に逃げよう』って考えていましたし」
『びゃっちゃんの扱いぃ!?』
「いや、アレ元々そういう用途だから」
そのために『白蓮』の核を『ホムンクルスもどき』にしてあるのだ。壊れても罪悪感がわかない様に。
1に自分、2に家族。3、4が仲間に友人で、白蓮は5番目以降だ。
「それに、レベルも上がってワーウルフの攻撃でもそうそう死ななくなりましたから。でなきゃ突撃なんてしませんよ」
『たしかにな。昨日の探索でレベルも27になったしね』
「ええ。感覚的に、次のレベルアップも近い気がします」
夢の『LV:30』も見えてきた。トップ冒険者の中でも更に一握りの強者。その領域に、足を踏み入れようとしている。
そう思うと、達成感めいたものがこみ上げてくるが、自分の目標は『将来の為の貯金』と『自衛の為のレベル上げ』だ。
まだまだゴールではない。このゲームぐらい竜を簡単に狩れる様に、とは言わないが、逃げられる程度にはなりたい所である。
『あ、いかん。ちょっと刀の切れ味が落ちてきた』
「え、その位置は」
『パイセン!上だ!』
『上田?誰だねそれ、あああああ!?』
「あちゃー」
敵が飛び上がったタイミングで砥石を取り出したアイラさんが、竜に踏み潰された。
回復も間に合わず死亡である。まあ、キャンプから復帰できるが。
え?やっぱ『モ●ハン』だろうって?ワタシ、ソノゲームシラナイ。
『不覚!移動するものだとばっかり……!』
『ドンマイだよパイセン!うおおおおお!お前の相手はこの私だぁ!実はもう回復アイテムがないぞぉ!』
「援護します。あ、また別の妖怪が乱入してきた」
『え、なにそれ恐い。私このままキャンプにいていい?』
「はよ戻ってこい残念女子大生」
『はい』
そんな風に遊んでいると、スマホに1件の着信があった。
どうにかこうにか敵を倒して剥ぎ取りも終えたので、ゲーム機を置きスマホを手に取る。
『ふっふっふ。見たかねこの私の華麗な太刀捌きを……それをゲームも認めた様で、ついに目当ての素材が落ちたぞ!!』
『わーわー!やんややんや!』
「はいはい良かったですね……ん?」
画面に表示された名前に、思わず首を傾げる。
『どうしたのかね京ちゃん君。トイレか?』
「違います」
『そうだよパイセン!もっとお上品に言わないと!』
『なるほど。では言い直そう。お排泄かね』
『うん、百点!』
「採点なら教授にしてもらいましょうか」
『おいおいおい。死ぬぞ私達』
『あら大変ですわね、アイラさん。お婆様とじっくり話し合ってくださいませ』
『凄い勢いで梯子を外したね君ぃ!?』
残念美女2名をよそに、メールの内容を確認する。
差出人は、三好ミーアさんだった。
『明後日、2人きりで会えませんか?』
……え。もしかして、春がきた?
* * *
メールから2日後。自分と三好さんは2人きりでとある場所に来ていた。
彼女の運転する車から降り、バタンと扉を閉める。
「では、よろしくお願いしますね。矢川君!」
「うっす……」
ダンジョンストアの駐車場にて、三好さんが満面の笑みをこちらに向ける。
……うん。普通にあの後メールで要件を伝えられたんだけどさ。
でもさ……夢を見たって、良いじゃない……!男の子だもん……!!
金髪爆乳美人女子大生と、2人きりで外出。それが何とも物騒な内容になったのは、とある理由がある。
三好さんは最近、しつこい『パーティー勧誘』にあっているらしい。
相手方は社会人と大学生の混合パーティーで、どこで聞いたのか彼女がソロだと知って『1人は危ない』『自分達と組もう』と誘っているのだとか。
言っている内容は表面上真っ当なのだが、彼らは『Eランク』。そして、三好さんはいつの間に昇格したのか『Cランク』だ。
分かりやすいぐらい寄生目的である。
丁寧かつキッパリと断り続けたのだが、相手が諦める様子はなく、とうとう大学にまでやって来たのだとか。
警察に相談もしたらしいのだが、このぐらいだと動いてはもらえないらしい。
それで、彼女はこう考えたわけである。自分には既にパーティーを組む相手がいるのだと知れば、彼らも諦めるだろうと。
そうして偽装彼氏ならぬ、偽装パーティーメンバーに自分が選ばれたのである。今日は『慣らし』という事で『Dランクダンジョン』にやってきていた。
……上手くいくのか?この作戦。
彼女を勧誘している人達が、素直な性格だといいけど。
「それで、矢川君。しつこい様ですが……」
「はい。アイラさん達には、貴女とダンジョンへ行く以上の情報は伝えていません。この場には、僕だけで来ました」
仕事モードに意識を切り替え、背筋を伸ばす。
ダンジョンを探索するにせよ勧誘を断るにせよ、アイラさん達の協力があった方がスムーズにいくはずだ。
しかし、三好さんは。
「はい。報酬はきちんとお支払いするので、お願いしますね。あの2人には……あまり、『弱み』を見せたくありませんから」
その白い手を強く握りしめながら、虚空を睨みつけている。
……無事に仲直りしたかと思っていたのだが、まだまだ溝はありそうだ。
まあ別に、普通の家族間だって見栄を張りたい場合もある。むしろ、金で雇える他人の方が取り繕う必要もなくて楽な時もある、か。
もっとも、詳しい事情を説明せず『三好さんと僕だけでダンジョンへ行ってくる』と伝えただけでエリナさんは何かを察した様だったが。
なお、アイラさんは。
『おのれ京ちゃん君!私達を捨ててミーアのデカパイに埋もれる気だな!?このオッパイ魔人め!いや、君にそんな度胸はないか。ではいったい何故……?はっ、まさかミーアを、我が妹を攻略する気か?このエロゲ脳め!!』
と何も分かっていない様だった。あの人はそのうちしばく。
それはそれとして。
「ご家族に心配をかけたくない気持ちは、お察しします。ですが、万が一の際にはアイラさんに連絡し助けを求めます。そういう契約ですから」
「……はい。心得ています」
ポケットからイヤリングを取り出し、三好さんに見せる。
こちらから念話を繋げる事は出来ないが、アイラさんの持つイヤリングと自分が持つイヤリングの間には魔力の繫がりがある。
そこに無理矢理自分の魔力を流し込めば、彼女なら気づいてくれるはずだ。かなり耳障りなコール音が響くだろうけど、そうなったら後で三好さんと謝りに行こう。
安全第一。冒険者業なんて、幾つ保険を用意しても足りないぐらいである。
三好さんが頷いたのを確認してから、彼女と一緒に軽トラックの荷台にあるシートをめくり上げた。
そこに積んである土木魔法で作られたゴーレム2体と、白蓮へとそれぞれ魔力を流し込んで起動させる。
ずしり、と。荷台から降り立つゴーレム達。
「改めて、本日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互いに一礼した後、荷物を背負ったゴーレム達を引き連れストアの自動ドアを潜った。
……これ、滅茶苦茶目立ってない?
ずしずしと足音を鳴らす人形たちと、美人かつナイスバディな三好さんにストア中の視線が殺到する。ついでとばかりに、自分に対しても。
ただでさえあまり親しくない異性と2人きりな状況で緊張するのに、胃が痛くなってきた。
……やべぇ。もう既に帰りたい。
更衣室へと大股で歩いて行き、視線が遮られてほっと一息つく。
これは、普段の探索とは別の苦労をしそうだな。
読んでいただきありがとうございます。
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