閑話 副会長は現役
閑話 副会長は現役
サイド なし
神奈川県、某所。貸しビル。
「きちゃった」
「うわっ……」
『ウォーカーズ』ギルドマスター、山下のもとへ『錬金同好会』副会長がやってきていた。
「久しぶりだね山下君。元気そう……では、ないな。毛並みが悪い」
「毛並み言わないでください。色々と忙しいので、ちょっと疲れているだけです」
「おや、いけないぞ山下君。若い時の苦労は買ってもせよ、というがね。背負い過ぎは感心しない。きちんとした休養を取るべきだ。己のコンディションを高い状態で維持する事も、上に立つ者の仕事だからね」
「そうですね。これでも睡眠時間はちゃんと取っているんですが……」
「夜眠るだけでなく、適度な昼寝も体に良いと言われている。さあ、これを見てくれ」
「はい?」
副会長がおもむろにスマホを取り出し、その画面を突き出してくる。
何やら極彩色の波紋がうねうねと動いており、山下は眉をひそめた。
「あの……」
「おらっ、催眠!」
「は?」
「……かかったかな?」
「はぁ?」
困惑する山下の顔を、副会長がスマホ片手に覗き込む。
「催眠にかかったのかと聞いている」
「……いや。かかっていませんけど」
「なるほど、かかったな」
何故か満足気に頷く副会長。
「いやいや。かかっていませんってば」
「いやいやいや。完全にかかっている人の物言いだね、それは」
「そもそも催眠なんてあるわけないでしょ。疲れているんですか、貴方」
「よし。これはもうだいぶ深くかかっているな……!」
「聞けよ」
ガッツポーズをしだす黒ずくめの変質者に、山下の顔から営業スマイルが剝がれ落ちる。
そんな彼をよそに、副会長は紫色の液体が入った小瓶を取り出した。
「さあ、山下君。この私が作り出した『ケモ度上昇薬』を飲むんだ……!」
「飲まねぇよそんなもん」
「……なにっ!?」
「驚きたいのはこっちだよ」
小瓶を片手によろよろと後退する副会長を、山下は冷めた目で見つめる。
「騙したのかね……!催眠にかかったふりをして、私を!」
「どうかしてんのか」
「ありえん……!この私が三日三晩寝ずに考えた作戦が見抜かれていたなんて……!」
「上に立つ者の仕事出来てねぇじゃねぇか爺」
わなわなと震える変質者に、山下は助けを呼ぶか迷った。
しかし、この程度の変態行為ならそこまで目くじらをたてる事もでもないと、一旦保留を選ぶ。
慣れって怖いですね。
「というか、何ですかその薬」
「うむ。私がホムンクルス嫁の製造と並行して研究しているものでね。獣人のケモ度を引き上げる効果がある」
「捨てろそんな薬」
「動物実験はまだだが、きっと大丈夫だ。レッツ人体実験」
「倫理観をどこに捨ててきた?」
ゴソゴソと懐にスマホと小瓶をしまい、副会長が山下に向き直る。
「さっ。本題に入ろう」
「すみません、10秒ください。貴方の奇行に脳が追い付いていません」
「まったく。仕方ないな、君は」
「5秒で殺すぞ」
「誠に申し訳ございませんでした」
山下の目はマジだった。本気と書いてマジと呼ぶアレだった。
そう、副会長は後に語る。聞かされた他の同行会メンバーは右から左に受け流したが。
「……で、何ですか本題って」
「いやなに。君が他の組織から勧誘を受けたと聞いてね。少しだけ様子を見に来たのさ」
「ああ、アレですか」
昨日起きた出来事を、山下は思い出す。
* * *
『ウォーカーズ』は冒険者の互助組織である。故に、ギルドマスターの山下もまた冒険者だ。
こういう業界だと腕っぷしというのは重要になってくる。下に舐められない為。そしてなにかと物騒な世の中を生き抜く為。彼はダンジョンへ定期的に通っていた。
特に、苦労に反して実入りの少ない自治体からの依頼を積極的に受けて。
今回のメンバーは彼とレベルが近い者達だ。妹や幼馴染は、それぞれギルドの仕事や大学の授業を受けている。
こうしたレベル上げも順調であり、山下も最近『Dランク』に昇格。同好会から貸し出されているゴーレムもあり、安定して探索が行えていた。
この日もまた、ダンジョンに入ろうとストアに来ていたのだが。
「ギルマス……」
「ん?」
パーティーメンバーが小声で呼びかけ、指差した先。そちらに目を向けて、彼は瞠目する。
そこには、揃いの装備を身に纏った男達がいた。
『魔装』が似通っているだけなら、珍しくはない。血縁関係の覚醒者なら、『魔装』の見た目がほぼ同じ事もあるだろう。
だが、その男達の装備は全く同じなのだ。まるで工業製品の様に統一されている。
そこで、山下は気づいた。アレは『魔装』ではない。魔力を帯びた防具ではあるが、人の手で作られた物であると。
これだけでも珍しい事なのに、男達はゴーレムまで人数分引き連れている。
そこらの錬金術師や土木魔法使いが作った物ではない。山下も見慣れている、『錬金同好会』製の物だ。
錬金同好会で販売している、マギバッテリー搭載ゴーレム。あまりに高額である為『ウォーカーズ』ではレンタルに留めている高級品だ。
噂では、販売用は海外の金持ちが買い占めていると言われている。
「あの人達、ダンジョンから帰ってきたってわけじゃないですよね……?あの恰好で今から潜るんですか?」
「あんな金満装備で入るのかよ……。一着幾らだ、アレ」
メンバー達がボソボソと囁き合っていると、山下へ近づく人影が1つ。
「どーもー。そちらにいるのは、もしかして『ウォーカーズ』のギルドマスター。山下様でしょうかぁ?」
「……そうですが、貴方は?」
笑みを浮かべながら、山下は他のメンバーを守る様に前へ出る。
それに対し、話しかけてきた糸目の男は笑顔で名刺を取り出した。
「これは名乗り遅れました。私、李・俊宇と申します。どうぞお見知りおきを」
「ああ、これはご丁寧に。私は山下です」
「ええ、知っていますとも」
笑顔で名刺交換をすれば、男、李の名刺には中国系大企業の名前が書かれていた。
山下は内心で警戒心を引き上げる。この遭遇は、偶然ではないだろうと。
「飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長中の、大規模クラン。いいえ、ギルド『ウォーカーズ』の創始者にこうしてお会いできるとは。光栄です」
「それほど大したものではありませんよ」
「いえいえ、ご謙遜を。ああ、そうだ。貴方から見てどうでした?我が社の冒険者達は」
そう言って、李はゲート室に入っていく先ほどの男達を見る。
「我が社で雇用した覚醒者達です。普段は警備部門や研究部門で働いてもらっているのですが、時折こうしてレベル上げに日本へ来ているんですよ。私の様な下っ端は、彼らの小間使いとして同行しているんです」
大企業の部長職が下っ端なものかと、山下は内心で頬を引き攣らせる。
「なるほど。では、もしかしてあの装備は御社が用意したのですか?」
「ええ!既存の防弾チョッキや軍用ヘルメットに、スケイル・アーマーの要領でドロップ品のコインを板状に形成した物を張り付けただけですが、防御力は折り紙つきですよ。生産系スキル持ちが関わっていますからね」
流暢な日本語で、李は自慢げに語る。
「その上全員に『錬金同好会』より購入した護衛ゴーレムを配備。ドロップ品由来の槍もあるので、安全にレベル上げが可能です。更には人数分の回復薬も……おっと。勿論『魔法薬』に関しましては、『善意』で受け取った物ですよ?貴方がたと同じで」
大仰に手を広げる李に、山下は笑みを崩さない。
「そうですか。私達の戦闘スタイルと似ているのですね」
「ええ。前衛を死んでも惜しくないゴーレムで揃え、後ろから長柄の武器を使い安定して敵を攻撃する。人道に配慮した、素晴らしい戦術だ。それを我らは同じく使っている……」
李が、1歩山下に近づいた。
「これも何かの縁。『ウォーカーズ』と私達は手を取り合い、高め合う事ができるかもしれません。どうです?後日、一緒に酒でも飲みませんか?良い店を知っています」
「有難い提案ですが、私1人で決める事ではございません。今日はこの辺りで失礼します」
「おや、フられてしまいましたか」
李はヤレヤレと首を振った後、右手を差し出す。
「では、またお会いしましょう。貴方と酒を飲みかわせる日を、楽しみにしていますよ」
* * *
「中国人なのに、アメリカ人みたいにオーバーなリアクションが多い人でしたよ」
名刺入れから李の名刺を取り出し、山下が仏頂面で呟く。
「うさん臭すぎて、どういう意図があったのかわかりませんが。正直彼のこちらを品定めしている目は気に入りませんでしたね」
「どういう意図かと言われれば、十中八九『見せつける為』だろう」
副会長が、頭巾でくぐもった声で淡々と告げる。
「『ウォーカーズ』には大量の覚醒者が所属している。海外からすれば、組織丸ごと引き抜きたいが、個々のメンバーを引き抜く方が確実だ」
「つまり、うちのギルド以上の環境を用意出来るんだぞって所を見せつけて『お前の懐に手を突っ込んでも文句言うなよ』って言いたかったんですか?」
「それもある。だが他にも、ストアを警備していた自衛隊にも見せたかったはずだ」
副会長が、来客用のソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「君達が同好会だけではなく、自衛隊とも最近繋がっている事は有名だ。一般の週刊誌が癒着だの何だの騒ぐ程度にはね。李とやらは自衛隊に対し、『ウォーカーズ』は日本のものではないのだろうと、挑発まがいの事をしたかったのさ」
「挑発……?」
「もしもこれで自衛隊が焦って『ウォーカーズ』を国の組織として取り込みに動けば、我ら『錬金同好会』は君達と距離を取らざるを得ない。中国から勧誘された時、『どこの国とも正式な付き合いをする気はない』と言ったのを覚えていたのだろう」
「そして、フリーになった同好会にもう1度勧誘をすると」
「どうかな。勧誘なんて生温い内容かはわからないがね。なんにせよ、自衛隊もそこまで浅慮ではない。この挑発は『成功すれば儲けもの』程度の事だ。ジャブだよ、ジャブ」
「……おっかないジャブですね」
「そうかい?この程度は子供のごっこ遊びの範囲だよ」
副会長は軽く肩をすくめた後、頭巾越しに山下へと視線を向ける。
「いいかい、山下君。これから、君への勧誘はもっと過激なものになっていくよ。最近『ウォーカーズ』は自治体からの依頼を積極的に受けたり、街の清掃活動なんかにも参加している様だが……良い評判なんて、簡単に悪い方向へ変えられる」
「………」
「君達を孤立させ、食べてしまう事なんて国や大企業からすれば朝飯前さ。何なら、他の国からも手が伸びているだろう。見えている範囲の動きなんて、ほんの一部。彼らの腕は随分と広がっているはずだ」
どこか試す様な視線で、副会長は山下を見据える。
「どうする?ギルドマスターなんてやめて、ただの冒険者に戻るかい?最悪暗殺も危惧すべきだよ、君の立場は。『トゥロホース』にも最近目をつけられているらしいしな」
「……いいえ」
その視線を、山下は真っ向から見つめ返した。微笑みまで浮かべて。
「最初はただの思い付きで作った組織ですが……それでも、今の『俺』はギルドマスターだ。自分の職務を全うする。今更、ギルドメンバーを見捨てる様な事はしません。もう、私だけのギルドじゃない」
「……未熟だねぇ。まだまだケツが青い。その覚悟も薄っぺらだ」
ソファーから立ち上がり、副会長が山下に歩み寄る。
山下もまた、椅子から立ち上がって彼に近づいた。身長差で見上げる形になりながら、『ギルドマスター』は視線を逸らさない。
「だが面白い。卵の殻がついたままかと思ったが、ケツの青さが見える程度には成長した様だ。立場が人を作るというのは、本当らしい」
「ケツケツ連呼して、セクハラで訴えられますよ?ご老人」
「この頭巾をつけている間だけさ。こうも自由に喋れるのもね」
真っ黒な頭巾に触れ、副会長が苦笑を浮かべる。
「……だが、老人か。そうだね。確かにこれ以上でしゃばっても、年寄の冷や水だな」
踵を返し、副会長が扉に歩き出す。
「ではな、若人。金や権力に目がくらんだ者達の世界を、せいぜい泳ぎ切ってみせなさい」
「何を一抜けしたみたいに言っているんですか」
その背中に、山下が不敵に笑う。
「貴方だって、まだまだ現役なんでしょう?」
「……おや」
副会長が、ぐるり、と首を捻り顔だけ振り返る。
「老人に火をつける気かい?せっかく趣味だけに残りの人生を使おうかと思っていたのに……何をしでかすか、わからないぞ?」
「私なりに、貴方に助けを求めたつもりです。というか、『錬金同好会』だって『ウォーカーズ』が崩壊したら困るじゃないですか。他人事みたいに言わないでくださいよ」
先ほど副会長がした様に、山下が肩を軽くすくめる。
それに対し、くぐもった笑い声が室内に響いた。
「くくく……ごもっともだね、山下君。私もまだ現役だ。同盟組織の人間として、陰ながら君達をサポートしてやろう。具体的に何をするかは、秘密だがね」
「ええ。信じていますよ、同好会の副会長殿」
2人の視線が、熱く絡み合う。
そして、副会長がスマホと小瓶を取り出した。
「今の好感度ならいけるか……!」
「さっさと帰れ」
読んでいただきありがとうございます。
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