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第七十話 扉の向こうは

第七十話 扉の向こうは




『ヴヴヴア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』


 雄叫びを轟かせ、迫る怪物の群れ。


 それに対し、腰だめに構えた剣へと魔力を流し込む。



『魔力変換・風』


『炎馬の指輪』


『概念干渉』



 一息に流し込んだ魔力が、刀身を覆い尽くす。一瞬だけ膨らみ、球状になった深紅の炎。


 それを、横薙ぎの斬撃と共に正面へと撃ち出した。


「燃えろ……!」


 突進してくるワーウルフの集団。その中央へ、嘶きめいた燃焼音と共に魔力で形作られた炎の馬が突撃をしかける。


 荒れ狂う焔が正面の怪物を飲み込み、悲鳴を上げる間もなく炭化させた。咄嗟に回避行動をとり大半が避けたが、仲間の身体が邪魔で直撃を受けた者どもが黒焦げとなって橋の上に転がる。


 仕留めたのは数体なれど、相手の勢いが止まった。


 背後でも竜巻が発生しているのを感じながら、吶喊。両足から風を放出し一足にて間合いを詰め、勢いそのまま手近な個体の胴を両断する。


 続けて、ようやく通り過ぎた炎ではなく自分に顔を向けた別のワーウルフを袈裟懸けに斬り捨て、更に踏み込んで団子状態になっている箇所に身体をねじ込む。直後、刀身から風と炎を最大出力で解放。回転切りでもって纏めて殺す。


『ヴァア゛ッ!』


 その範囲から半歩外れていた個体が牙を剥き、組み付きに来た。それに対し、左の拳で迎撃。手の甲で顎を打ち上げ、無防備な首を掴む。


 掌に魔力を集束、解放!


 風と炎が混ざり合い、熱線となってワーウルフの太い首を溶断する。


『ガアアッ!』


『ヴォ!』


 続けて、背後から迫る爪を胸甲で受け流し、狼男の側頭部を柄頭で殴り飛ばす。直後、向けられた別個体の腕を剣で打ち払い返す刀で首を刎ねた。


 止まるな、足を動かせ。多対一など、何度もやってきた事だろう。


「しぃぃぃ……!」


 浅く、低く息を吐きながら、それと合わせる様に体も低く。


 頭上を怪物の剛腕が通り過ぎ、兜に軽い衝撃。無視し、眼前の胴へと剣を叩き込んだ。


 脳と心臓を破壊する以外でも、体を泣き別れさせれば再生に関係なく死ぬ。そういう辺りは、明確にトロールより脆い。


 代わりとばかりの素早さと連携。四方から捨て身で組み付きにくる狼男どもを跳躍で回避し、屋根より上の高さに行く前に身体を上下逆転。


『概念干渉』


 足に纏わせた風を蹴り、高速で落下しながら全身を横回転させて剣を振るう。4体纏めて、その首や胴を両断してみせた。


 石畳を踏み砕きながら、着地で折り曲げた足を伸ばすと共に近くの個体へと鉄拳を打ち込む。身体を『く』の字にさせたその狼男が、数体の怪物と共に橋から落ちた。


 この程度では何の痛痒もないだろうが、とにかく至近距離の敵を減らしたい。


 背後からの攻撃を『予知』し、カウンター。突き出された腕を剣で叩き落とし、直後に首を刎ねる。


 塩へと変わる数秒間、残された身体の胸倉を掴み、即席の盾に。


 跳びかかってきた別個体へとぶつけ、塩へ変わる瞬間に剣を振るう。何の障害にもならぬ白い粉から突き出た刀身が、狼男の胴を薙いだ。


 次は……!


 3歩後ろに逃れる事で横からの攻撃を避け、続いて上から降ってきた爪を横にずれて回避。更に斜め後ろからの体当たりを左手で受け止め、頭を掴み鈍器として上から来た個体へと叩きつける。


 轟音と土煙をあげたそいつらの身体を踏み砕きながら、他の狼男の首を刎ねた。


 下敷きになった方は死んだが、鈍器にした方はまだ生きていたらしい。視界の端で立ち上がろうとした所に、ナイフを割れた頭に投げ込んで寝かしつける。


 残りは、橋の下に落とした奴らだけか……!?


 直後、欄干(らんかん)を跳び越えてきた狼男ども。それを一瞬前に『予知』し、刀身に風と炎を纏わせる。


「はぁ!」


 空中で逃げ場がない所への業火。体毛が水で濡れていようが、関係なく焼き殺す。


 ──いや。


 燃え尽きる仲間達の背後から、1体のワーウルフが炎の壁を突破する。


 僅かに遅れて跳躍した個体が、体毛を焦がしながらも他の個体を盾にし超えてきたのだ。


『ガアアアアア!!』


 怪物同士の献身か。それとも一方的な作戦か。


 どちらにせよ、剣を振り抜いた直後の自分に狼男の爪が迫る。



 だが、無意味だ。



 眼前までに来た腕を左手で掴んで止め、間髪入れずに橋へと叩きつける。何かが砕ける音が、足元と手元から同時に聞こえてきた。


『ギ、ァ……』


 なおも左腕を伸ばそうとしてきた怪物の首に剣を突き込み、魔力を放出。


 内側から炎が噴き出し、火柱が上がる。これにて、自分が受け持った敵は全て死んだ。


 炎で熱せられた空気の中を歩いて抜けながら、手は剣の柄をしっかりと握り直す。


 エリナさん達の方は、今……。


 そうして警戒心を全開にし彼女の方を見たのだが、杞憂だったらしい。


『ガァア!?』


『ヴォォオオ!』


 2体纏めて鍵縄で巻き取られ、必死に踏ん張ろうとする狼男ども。その縄の端は見えず、欄干を超えて橋の下に伸びている。


 そして、勢いよく反対側から跳び出す金髪の少女。


 振り子のように跳び蹴りをし……否。狼男の腹に『踏み込み』、逆手に握る忍者刀を下から突きあげた。


 顎を通り、脳へと抜けた刃。片方がそうして絶命する中、残る1体もゴーレムが放った斧の斬撃で首を刎ねられる。


 それで最後だった様で、橋の上にも下にも敵はいなくなった。


 一応周囲を見回しながら、エリナさんに近づく。白蓮の方は、ちょうど魔力切れの様でうな垂れる様にして動かなくなった。


「エリナさん、お疲れ。無事?」


「うん!そっちも大丈夫そうだね。よかった、よかった!」


 腰に両手を当て、胸を張りながら頷くエリナさん。


 たゆん、と揺れた乳房からそっと目を逸らし、白蓮の肩に手を置いて魔力を補給する。


「それにしても凄い数だったけど……。間引き、あんまりされていなかったのかな」


「そうかも?機関銃でどわわ~!って倒すのが面倒な相手なのかな」


「なんだその効果音……」


『ふっふっふ……本気でストアに連絡して救援を送ってもらうか迷ったよ。なにあの大群こわい』


「あー……もしやばかったら言うので、その時はお願いします」


『わかった。……逆に言うと、あの規模でもヤバくはないのか……』


 若干引いた様な声を出すアイラさんだが、こっちだって疲れはしているのだ。モンスターの大群なんて、ウェルカムではない。レベルが上がった感覚がするので、全くの骨折れ損ではないが。


 白蓮を再起動させた後、ドロップ品を拾う作業に移る。エリナさんは開幕で投げたらしい『大車輪丸』の回収に向かった。


 アレ、便利だからもう1つか2つ作っておきたいのだが……大山さんの予定も、中々空かないらしい。


 彼女は別に自分達専属の鍛冶屋というわけではないので、ネットで受けたという武器の注文で忙しいとか。自衛の為のレベル上げもしているそうだし。


 そんな事を考えながら、橋の上に嫌と言うほど積もった塩の中から『古びた牙』を回収していく。


 これがワーウルフのドロップ品。研究室に2千円で買い取ってもらえる予定だ。


 相場ではこれより5百円安いので、これでも高い方である。『Cランク』にしてはあまりにも儲けが少ないのは、このドロップ品の需要がまるで無いからだ。


 この牙の使い道は、煎じて『魔法薬』の材料にするぐらいなのだが……それで出来上がるのは、2つ。



『風邪薬』と『媚薬』である。



 ……うん。


 前者は既存の市販薬より少し下の効果だし、別に呪いとかに効くわけでもなく。


 後者は基本的に『魔法薬の製造』自体は法で縛られていないが、『毒物』なら別だ。作ったのがバレたらしょっぴかれる。


 媚薬でも、成分次第では毒扱いされるわけで。この牙で作る魔法薬も、その中に入ってしまうわけである。裏の業界では高値がつくとネットの噂で聞いたが、そういう業界に関わるつもりもない。


 結果、このドロップ品は碌に売れないのだ。好事家や研究者ぐらいしか買ってくれないのである。


 ……やけにワーウルフが多かったのって、ここが不人気だからでは?


 白蓮のバックパックから取り出したビニール袋に牙を詰め込み、エリナさんが集めた分も合わせて彼女のアイテムボックスに入れる。


 まあ、代わりに『ダンジョン内に残る文化の調査』を手伝う事で10万円も貰えるのだから、今回の仕事に文句はない。


「しかし、橋の装飾とか壊れちゃいましたね」


 イヤリングに触れながら、周りをぐるりと見回す。


 流石にその辺まで気にしている余裕もなく、何より敵が動き回るのだ。必然、『文明の名残』とも呼べるものはボロボロである。


 これがダンジョンの外だったら、歴史的損失とか言われたかも。どうせ放っておいても修復されるから、迷宮内は都合が良い。


『なに。今回の調査分の写真は撮れたよ。それにババ様がそのうちランクを上げるはずだ。次は本人に調べてもらえばいい』


「はぁ。……え、教授って今『Dランク』なんですか?」


『そうだよ。言ってなかったかな?』


「ええ、はい。あの人、強いとは聞いていたけど本当に武闘派なんですね……」


 自分の知る有栖川教授は、お茶目な所こそあるが基本的に厳しくも優しい淑女である。


 あまりあの人が戦っている姿というのは、想像できない。


『そうか……京ちゃん君はババ様がジジ様の尻にタイキックを入れる姿を見ていないものな』


「えっ」


「懐かしいねー。お爺ちゃまと私、よく一緒に怒られたなー。時々お爺ちゃまの脛にお婆ちゃまがローキックしてたっけ」


「えっ」


 あの教授が、タイキックにローキック?


 ……いや、でも有栖川家だし。アイラさんやエリナさんのお婆さんという前置きをすれば、納得はできるか。


『さて。2人ともまだ余力はあるかな?別にここで探索を終えてしまっても構わんが』


「僕はまだ大丈夫ですが……」


「私もまだまだいけるよ~!」


『わかった。では、もう少しだけ調査を頼む。比較的無事な民家を探して、中の様子を手鏡に映してくれ』


「了解」


 橋を渡り、探索を再開する。辺りのワーウルフは先ほどの戦闘であらかた倒したのか、周囲に気配はない。


 少し歩いた先で、注文と一致する家屋を発見した。


「中に入ります。エリナさんは白蓮と周囲の警戒を」


「オッケー!」


 手鏡を取り出し、ドアノブに手をかける。


 ──ギィィィ……。


 扉から悲鳴の様な軋む音が響き、内側から広がってきた埃っぽい空気でむせそうになる。


 手がそれぞれ剣と手鏡で塞がっているので、口元を覆う事も出来ない。マスクをしてくるのだったと後悔しながら、中へと足を踏み入れた。


 1歩進むごとに、ギシギシと軋む床。僅かにたわみ、踏み抜いてしまわないか少し心配になってくる。


「見えますか、アイラさん」


『ああ。ちょうど、近くの街灯からの光も入っているしね』


 手鏡を動かすと共に、自分も中の様子を見回してみた。


 玄関から入って右手側には扉があり、左手側にはリビング……らしき空間がある。


 木製の机と椅子の残骸。同じく木で出来ていた棚は崩れ、皿が割れた状態で散らばっていた。


 壁沿いに暖炉があり、内側には灰しか残っていない。視線を奥の方に向ければ、扉はなく壁の一部がくりぬかれて通り道となり、竈らしき物が見えた。あそこが台所なのかもしれない。


『……滅茶苦茶だな』


「そうですね。経年劣化でしょうか?」


『いや。それもそうだが、それだけではない』


「え?」


『外の様子は19世紀の東欧に近かった。しかし、間取りや置いてある物が時代にそぐわない。いや、間取りは古い家をそのまま使っているだけかもしれないが、散らばっている皿も……もう少し、近くに寄せてくれ』


「あ、はい」


 何やら早口で喋り始めたアイラさんに困惑しつつ、慎重に崩れた食器棚に近づく。


『……不思議だ』


「そうなんですか……?」


 時代によって食器が違うと聞いた事があるが、石器時代とかと比べるならともかく、陶器の皿や木製の食器とかの年代なんてさっぱりわからん。


 デパートで売っているのと、古臭いかどうかぐらいしか見分けられそうもない。


『京ちゃん君。やはりダンジョンの内装は、地球にかつてあった国や文化を模倣しているという可能性は低い。まったく未知のものと考えるのが妥当だろう』


「えっと……なんですか。つまり、ダンジョンは異世界から転移してきた……とでも?」


『断言はできん。だが、転移か……転移だとして……』


 ぶつぶつとアイラさんが呟くが、小さすぎてよく聞き取れない。


『……まだ仮説だな。自衛隊の調査待ちになるのが、もどかしい。京ちゃん君。ちょっとダンジョンの端にある壁とかぶち抜いて外側がないか確かめてくれないか?』


「できるかそんな事」


『だよなー。冗談だ、忘れてくれ。さ、今度はあの台所の方だ。おっと、索敵は忘れないでくれよ?格好いいクリアリングを見せてくれ』


「はいはい」


 ……しかし、異世界からダンジョンが転移してきたかも、ねぇ。


 荒唐無稽に思えるが、そもそも『覚醒の日』以降そんな事ばかりだ。


 だが、アイラさんが『転移してきた』という部分や『ダンジョンの外側』についてやたら気にしていたのを考えると……。



 まさか、『自分達の方が異世界に行っている』なんて事……ないよな?






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力になっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


今回のダンジョンのボスモンスターこと『ウールヴヘジン』

「さあ来い、『インビジブルニンジャーズ』!私は弓、剣、そして魔法を扱うオールラウンダー系狂戦士!このダンジョンで一際大きく、そして文化的にも価値のある大聖堂の鐘楼にて弓を構えておるぞ!屋根より上に身を出したら即座に魔法で強化した矢で射貫いてくれるわっ!血沸き肉躍る戦をし、私に出番を寄越せぇい!!」

オークチャンピオン

「あんた狂戦士の意味ちょっと辞書で調べてきなさいよ。魔法はともかく芋砂やる狂戦士なんていないわよまったく」

レフコース

「芋なくせに派手にやり過ぎてスルー安定って扱いになってんの知らんのか、あいつ」

デーモン

「あwwわwwれwww」


Q.トロールやワーウルフのダンジョンって、出口の自衛隊はどうやって防衛しているの?

A.弾薬の暴力。トロール相手の場合は天井破壊もありますが。


自衛隊員A

「本日は赤字覚悟の出血大サービスでございまぁす!」

自衛隊員B

「こちらお通しの重機関銃でぇす!お次はロケットランチャーにグレネードでございます!」

自衛隊員C

「あーいけませんお客様!そちらワイヤートラップで封鎖中でございます!あーいけません!よし、爆破ぁ!」


なお、ウールヴヘジンへの対応

自衛隊員D

「いつ出現しているかわからんから、中に冒険者いない時に大聖堂めがけて定期的にブッパっす」

自衛隊員E

「あの建物でっかいし、狙いやすいよな。出口からでも迫撃砲で撃てる」


丸井陸将

「このランクだと最大の敵は予算です。そして同じぐらいやばい人員不足」




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― 新着の感想 ―
強敵は費用か…
もはや大群に襲われるのはもう慣れたと。 φ(..) なんか物語のキーポイントになりそうな言葉が出てきましたねぇ?自分たちが異世界に行っている あり得そうです。 ( ・`д・´) にゃ~ん♪  ∧∧…
再生する相手の都合で火力マシマシでやる必要があるからだけど 格ゲーの飛び道具みたいな炎の馬やら溶断破砕マニピュレーターやら大盤振る舞い。 『炎馬の指輪』が加わって一気に戦術の幅が広がったと改めて感じる…
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