第六十七話 人造精霊
第六十七話 人造精霊
『ゴォオオオ!』
唸り声をあげ、こちらに拳を振りかぶる石の人形。
原理上ゴーレムと呼ぶべきそれの一撃を剣で打ちあげれば、火花と共に石で出来た右腕が砕け散った。
バランスを崩した石人形の胸へと、今度はこちらが左の拳を叩き込む。『本体』の位置は、『精霊眼』で把握済みだ。
破砕音と共に腕が貫通し、中にいた人面のモグラが吹き飛ばされた。
『ノーム』
土の属性を司る精霊。髭を蓄えた老人の様な顔のモグラは、殴り飛ばされた衝撃で全身の骨が砕けて塩へと変わる。
直後、自分目掛けて側面から迫る水の弾丸。
1つ1つが鉄板を貫く威力をもったそれが、4つ。だが間に割って入った『白蓮』がカイトシールドで全て受けきった。
白銀の背中越しにそちらを見れば、水で構成された魚が宙を浮いている。
『ウンディーネ』
体長60センチほどのそれが、口からコポコポと泡立つ様な音を発する。直後、その正面に魔法陣が展開。高圧の水流が放たれた。
消防車の放水じみた攻撃に、しかし白蓮が揺るがない。盾から放出された風が水の勢いを軽減させたのだ。
その隙にゴーレムの脇を駆け抜け、一息に間合いを詰める。放水を止め天井スレスレまで上昇し逃げようとするウンディーネを、一閃。
切っ先を僅かに天井へ擦らせながら、水の魚を斬り捨てた。
バシャリ、と床に落ちた水がそのまま塩に変わる。剣を構え直しながら周囲を警戒し、敵がいない事を確認。胸をなでおろした。
「お疲れー、京ちゃん」
「いえ。そっちもシルフの相手お疲れ様」
「ういー」
ヒラヒラと手を振ってくるエリナさんに頷き、白蓮に魔力を補給する。
燃費の問題はあるが、それでも1戦もつのなら十分と考えるべきか。氾濫の時だと大変だが、ダンジョン探索の途中ならこうして小まめに補給すればいい。
ドロップ品の回収が終わり、イヤリングに触れる。
「アイラさん。次はどちらに?」
『うむ。精霊相手に戦ってアッサリしている君達に、お姉さん少しビックリだよ。それはさておき、まず右の扉を通ってくれ。その後2つ先でまた右だ』
「了解しました」
「おー」
探索開始から約30分。遭遇した敵は合計で20体以上。結構なペースである。
それでも負傷はなく、エリナさんも特段体力に問題はなさそうだ。白蓮の方も、鎧を始め装備に目立った傷はない。
大山さんはいい仕事をしてくれた。逆に、この鎧を一瞬でベコべコにしたデーモンの異常さが際立つが……。
『そう言えば京ちゃん君。少し質問しても良いかね』
「はい?なんでしょうか」
周囲を警戒しながら、イヤリングからの声に耳を傾ける。
『いやなに。今更なのだが、錬金術の4大元素……だったか?それで伝わっている姿と、ここに出てくるモンスターの姿は結構違うね。特にウンディーネ』
「ああ」
アイラさんの疑問に、小さく頷く。
たしか、この辺の知識は同好会のHPでチラッと書いてあったはずだ。答えても大きな問題はない、はず。
アイラさんやエリナさんには、今更そのへんの秘密は気にしなくていいかもしれないが、世の中『線引き』は大事だ。
それに、彼女ら相手に喋り過ぎて他の人にもうっかり話してしまっては事である。
「元々伝承上でもウンディーネが魚や海蛇の姿で登場する事はありましたが、そもそもここのモンスターは『より戦いやすい姿』にデザインされている様ですので」
『ほう。詳しく聞いても?』
「伝承に出てくるウンディーネはよく美しい女性の姿をしていますが、こと戦闘においては空中を素早く『泳げる』姿の方が有利ですから。逆に、普段の作業やコミュニケーションでは美女の姿である方が便利だったのでしょう」
と、いう感じの事が『魔装の本』に書いてあった。同好会のHPにも、似た様な事が書いてある。かなりもって回った書き方だったが。
『……デザインと、なると。やはりこれらは人が作ったものなのかね』
アイラさんの声に、露骨なほど喜悦が混ざる。
学者さんの卵としては、好奇心が刺激されるらしい。
「可能性はありますが……断言はできません」
精霊にも種類がある。人造……かもしれないここの精霊と違い、天然のも『理論上』は存在するはずだ。そういったものが、姿形を自分の意思で変えている可能性もある。
『そうだね。まだ可能性だ。しかし、ダンジョンの構造やこれまでの情報も加味すると、どんどんダンジョンもモンスターも、元は何らかの知的生命体が作ったという可能性が強くなっていくよ』
「はぁ」
『いやはや。いったいどんな存在が作ったのだろうね?ダンジョンは総じて人間が活動可能な環境をしている。となれば、やはりこれらを作ったのも我々人間に近い生態を』
「パイセン。今ダンジョンだよ」
『……すまない』
エリナさんの落ち着いた声に、アイラさんがバツの悪そうな声で謝罪する。
ダンジョンだと基本真面目なんだよな。この自称忍者。
「……僕から言えるのは、精霊の設計は『ホムンクルス』の技術に近い、とだけ。難易度は段違いですけど」
例の本曰く、精霊の『定着』、あるいは『創造』は非常に高度な錬金術である。求められる技術も環境も、かなりハードだ。
もしもこのダンジョンを誰かが作り、サラマンダーどもを配置したのなら、とんでもない技術力だ。『錬金同好会』ですら足元に及ばないだろう錬金術への理解と、気が遠くなるほど膨大な予算と時間が費やされている。
なお、精霊の作り方とかまではあの本にも載っていない。基礎の範囲から逸脱し過ぎているからだろうか。
まあ、代わりに『面白い錬成陣』は記載されていたけど。
そんな事を考えながらアイラさんに言われた通り歩いていれば、分厚い扉に突き当たる。
これまでの扉とは違い、金属で出来たとても頑丈な物だ。鍵穴もドアノブもなく、押しても引いても動かない造りになっている……らしい。試していないので知らないが、自衛隊が調査したらそうだったそうな。
金属で出来た扉の中央には、直径1メートル弱の錬成陣が刻まれている。
『さて。その扉を開ける手段は2つ。力技で破壊するか、錬金術で開錠するかだ』
「頼んだぜ京ちゃん!あ、扉の向こうに音はしないよー」
「了解」
白蓮のバックパックからファイルを取り出し、中から1枚のコピー用紙を引き抜く。
一緒に小さなメモを出して、両手にそれぞれ持った。錬成陣の書かれたコピー用紙を扉に押し付け、メモを見ながら魔力を流し込む。
数秒後、ズズズ、という音と共に金属製の扉が横へ動き出した。
「さっすがー!よ、現代のサンジェルマン!」
「褒められた気がしない……」
漫画やアニメでしか知らないが、ひたすらに胡散臭いイメージである。
『いやはや。しかし本当に本職の錬金術師の様だよ、京ちゃん君は』
「まあ……相性が良かったのかなー、とだけ……」
『ふむ。まあ深く追求する気はないから安心したまえよ。素直に称賛として受け取ってくれ』
「どうも……」
「忍者に秘密はつきものだから、ね……!」
「忍者ではない」
「!?」
このくだり何度目だろう。
そんな無駄話をしながら、自分もエリナさんも周囲の警戒は怠らない。彼女の言う通り、扉を通った先に敵はいなかった。
これまでの部屋より、一際大きな部屋。体育館ぐらいはあるかもしれない。天井も5メートル近くある。
数十もの本棚が並ぶも、その全てが空だ。根こそぎ自衛隊が持ち帰り、今も世界中の先生方が解読中と聞く。頑張ってほしいものだ。
本棚と本棚の間隔は広く、剣を振るう分には問題ない。視線を周囲に巡らせていると、
「京ちゃん」
小声でエリナさんが警告を発する。
こちらも魔力の流れに違和感を覚え、剣を両手で握った。
「前方と左側。それぞれの扉が開いて、各2体が入ってきたよ。棚で姿は見えないけど……たぶん、左の方に1体サラマンダーがいるんじゃないかな。炎の臭いがする」
「了解」
ならば、先に叩くのは左側か。この空間で炎は洒落にならな──。
瞬間、『精霊眼』が予知を発動させる。
「さがって!」
エリナさんの左斜め前に出た直後、猛烈な勢いで炎の津波が押し寄せてくる。
この魔力、シルフがサラマンダーのブレスを補助したか!
迫る炎を『概念干渉』により切っ先で絡めとり、切り払う。だが対処できたのは自分達に向かってきた分だけ。
射線上にあった本棚も、その近くにあったものも燃え盛っている。油でも付着したかのように炎の勢いが増していき、あっという間に部屋の4分の1が火の海へとかわった。
「この……!」
『GYYYYYッ!』
赤く染まった本棚を吹き飛ばし、サラマンダーが突進してくる。これまでと比べて明らかに速い。炎と風で加速しているのか?
迫る火蜥蜴に、白銀の鎧を纏ったゴーレムが立ちはだかる。
瞬間、白蓮の『両足』から魔力が変換された風が放出された。凄まじいスピードでサラマンダーと正面から衝突し、一瞬の拮抗。直後、炎で構成された巨大蜥蜴が弾き飛ばされる。
トラックにでも轢かれた様に天井付近まで飛ぶサラマンダーに、比較的無事な本棚を蹴って跳躍。空中でその首を斬り飛ばす。
視界の端ではエリナさんが燃えていない本棚の上に移動しており、器用にも棚から棚へと走る様に跳んでいた。
そこへ飛来する水の弾丸。よく見れば中に拳大の鋭く尖った石が入っており、殺傷力を増している。正面の扉から入ってきたのは、ウンディーネとノームか。
ヒラリヒラリと攻撃を避ける彼女と一瞬だけ視線を交わした後、まだ燃えていない床に着地。魔法を使った者が死んでも、主な魔法効果はともかく副次的に発生した現象に変化はない。
燃え尽き、ガタガタと崩れて行く本棚。その向こうにいるシルフは、恐らく風で自身を保護しつつこちらに接近しているはずだ。
視線を巡らせながら、白蓮の肩に触れる。サラマンダーとの正面衝突で底をついていた魔力を、一息に補充した。
このゴッソリと魔力が抜けて行く感覚にも、それがすぐに満タンまで戻る感覚にももう慣れた。
「白蓮。お前はあっちに行ってエリナさんを守れ」
剣で彼女が跳んでいった方を示せば、騎士甲冑を纏ったゴーレムは邪魔な本棚を粉砕しながら走って行く。
さて、と。……あそこか。
シルフの位置を魔力で把握し、小さく深呼吸する。
火の手がすぐ傍まで迫り、空気が熱い。吸い込んだ空気は、覚醒者の身でなければ喉を焦がしていただろう。
腰だめに剣を構え、両手足に魔力を集中。そして、同時に解放した。
ぶわり、と周囲の炎が押しのけられる。崩れた本棚の残骸は巻き上げられ、自分の身体は前方へと押し出された。
1歩、2歩と、数メートルごとに床を蹴り、加速。邪魔な炎を風で蹴散らし、ひたすら前へ。
ジャスト3秒にて、剣の間合いに風の精霊を捉えた。
相も変わらず感情など見えない無表情で放たれる真空の刃を、左足で床を踏み砕きながら横回転で回避。
その勢いのまま振るった剣が、シルフの展開した風の障壁と接触する。
『概念干渉』
相手の風さえ使い加速した刃が、あっさりと小さな体を引き裂いた。人形の様な体躯は解けて風になったかと思えば、塩へと変わり床に落ちる。
……うん。やっぱり罪悪感とか浮かばん。
それより、エリナさんが心配だ。『精霊眼』で彼女の位置を把握し、再度風で強引に火の壁を踏破する。
一直線に駆け抜ければ、ちょうど忍者刀が水の魚を斬り捨て、斧が石人形を粉砕した所だった。
床に転がった人面モグラを踏み潰し、エリナさんに視線を向ける。
「大丈夫?怪我は?」
「問題なし!それより、これどうしよう」
エリナさんがVサインで答えるも、すぐに真顔でこちらの背後を見た。
振り返れば、先ほど以上に燃え広がっている炎が。本棚が次々と焼け落ち、バチバチと音をたてている。少し派手に動き過ぎたかもしれない。
一応、この部屋の外にまで火が燃え移るとは考えにくいが……。放置するのも気が引ける。
「私消火器持っているけど、使う?」
「いや、エリナさんは部屋の外に。白蓮、背中こっちに向けて」
『何をする気だね、京ちゃん君』
「消火します」
バックパックから錬成陣の入ったファイルを取り出し、手早く目当ての物を抜き取る。
火を使う敵が出るダンジョンへ行くからと、見つけ易い所に入れといてよかった。
ウンディーネが残したのか、ここだけ濡れている床の上にて。錬成陣の書かれた紙を前に突き出す。
「ふぅぅ……」
息を吐き出しながら、左手でメモを確認。
そして、右手の錬成陣に魔力を流し込む。
やる事はそう難しい事じゃない。この炎は既に魔法の炎ではなく、ただの物理現象である。
であれば、物理現象で消火出来るのも道理。自分がやるのは、ただあの炎から酸素を奪ってやればいいのだ。
炎を囲う様にして、空気の流れを変える。徐々にその範囲を狭めていけば、10秒ほどで炎は小さくなっていった。
もう良いだろうと、ボヤ程度になった光景に錬成を終える。
後はあの燃え残りを踏み消せば……なんか手元が焦げ臭いな?
「げぇ!?」
掲げていた錬成陣の紙が燃えとるぅ!?
慌てて手ではたいて火を消したが、錬成陣の一部が焦げてしまった。帰ったら、また書き直さないと……。
これ、ミリ単位のズレも許されないから面倒なんだよなぁ。
多少面倒でも、『錬成陣を書く為の錬成陣』を用意すべきだろうか?いや、しかし自分の腕だとちょっと難しい気がする。
そんな事を考えながら、足で残っている本棚の火を踏み消した。
「終わりました。……たぶん」
「凄いよ京ちゃん!」
扉の方を向けば、エリナさんが満面の笑みで駆け寄って来る。
「これだけの風遁使いとは、流石忍者!」
「忍者ではない」
『なら、錬金術師と呼ぶべきかな?それともスキルとして錬金術を使える者達は、もっと凄いのかね』
「え、さあ……?でもたぶん普通に出来ると思いますよ。魔力さえ足りれば」
自分がやったのは、術としてはかなり杜撰というか。ほぼ出力頼りのごり押しだし。
強いて言うのなら、元々『魔力を風に変える』感覚には慣れているので多少やり易くはあったが。
それでも、『スキル持ち』ならもっとスマートにやれるだろう。
4割ほどが黒焦げになった室内を見回し、他にまだ火種が残っていない事を確認。大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
エリナさんはその間にドロップ品を回収してくれた様で、こっちに戻って来た。
「じゃあ、探索再開という事で」
「ほーい」
『うむ。さて、地図では……』
* * *
それから1時間ほどダンジョンを巡り、帰還。
今回倒したモンスターの数は、合計42体である。ストアからの討伐報酬もあって、かなりの収入だ。
半分に割っても『50万円』以上の儲け……このダンジョン、また来ようかな……。
まあ、ここは比較的モンスターの『戻り』が遅い。だからこそ、ドロップ品の価値も高めなわけだ。
売却せず、持ち帰る用のドロップ品を瓶に入れる。こうして見ると、どこかのお土産っぽい。
だが、これを使えば『アレ』が作れる。今から家につくのが楽しみだ。
「………」
「どうしたの京ちゃん。そんなニヤニヤして」
『なんだね。いやらしい妄想でもしていたのかな?昨日のミーアの姿とか!』
「やかましい」
ちゃかしてきた残念女子大生に言い返しながら、小瓶をリュックにしまう。
バスがやってきたので、乗り込んで椅子に座った。やはりというか中はガラガラなので、ほとんど貸し切りに近い。
それなのに何故、エリナさんは隣に毎回座って来るのだろう……。心臓に悪い。
「理由はまあ、秘密で。ただの思い出し笑いみたいなものだから」
「え、気になる!どんな思い出!?やっぱり目から火遁、口から風遁、右手と左手からそれぞれ土遁と水遁を出したとか!?」
「ねえよそんな記憶」
真顔で返しながら、内心で冷や汗を掻く。
……なんでこの人、微妙に核心部分をつくのかね。
無論、そんな面白人間になるつもりはないので、逆に核心部分以外は的外れだが。
「えー。つまんなーい」
『はい!じゃあ眼鏡に加工して目からビーム!』
「大喜利にする気ですね?やめなさい」
「その勝負、受けて立つ!」
「立つな。座れ」
「はい」
そこから残念美人達の大喜利大会が行われた。
……有栖川教授。貴女のお孫さん達、淑女というより芸人では?
読んでいただきありがとうございます。
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