第六十六話 正式装備
第六十六話 正式装備
天国と地獄と天国という、謎のサンドイッチを受けた翌日。
自分達はまた、新たなダンジョンへと来ていた。
電車とバスで1時間ほどかけて到着したストアは、やはり車が少ない。『Cランク』の冒険者が、未だ少ないせいだろう。
冒険者自体の数は増加中だ。しかし、大抵の人は『E』や『D』まで上がると満足してしまうとか。
ダンジョンで得られる収入としても、自衛の為の能力としても、そこまでいければ『大抵の状況なら』十分である。
何より、モンスターと戦うのだ。冒険者になったからと言って、誰もが己の命をベットする覚悟があるわけではない。
自分とて、『よほどの事故が起きなければ死なない』というダンジョンにしか行かないのだ。彼ら彼女らの気持ちもわかる。
冒険者が増えた事で、怪我人の報告例も増えた。……そして、この前遂に死者が出たらしい。
ランクはむしろ低い、『Fランク』での出来事。
高校生のグループがゾンビコボルトのダンジョンへ行き、1人が死亡。2人が重傷を負った。
同世代が亡くなったという事例に、肝が冷えたものである。両親からも、『やはり冒険者は辞めた方が良いんじゃないか』と再び提案された。
国会でも『未成年者がダンジョンに入るのはやはり間違っている』という声が与野党から上がっている。
しかし、まだ足りない。まだ、自分はダンジョンに行く必要がある。
もしも、ドラゴンの氾濫と運悪く遭遇してしまったら?そうでなくとも、デーモンの様なモンスターが大挙して押し寄せてきたら?
きっと、僕は死ぬ。家族や友人どころか、自分の身すら守れずに。嫌と言うほどに見てきた被害者たちと同じく、屍を晒す事になるだろう。
自衛隊や警察に任せっぱなしという事は、3度も氾濫に巻き込まれた経験のせいで出来そうもない。ここでレベル上げを止めたら、不安で夜も眠れなくなるだろう。
だから、今日もダンジョンへ来たのだ。せめて、自衛出来る為の力を手に入れる為に。
更衣室で着替えを済ませ、御手洗いに行った後エリナさんとゲート室に向かう。
受付で念入りに免許を調べられる事になったが、最近冒険者免許の偽装も増えているのだ。文句は言えない。
遊び半分でやらかす馬鹿がいるのもあるが、偶に『反社』とかの人が面接試験とか書類審査で落とされて、昇格できず上のランクの免許を偽装する時があるとか。
無論、そんな事をしても大抵はばれる。しかし、そういう事例がある以上は警戒してしかるべきだし、必然チェックが長引くのも仕方がない。
レベルが『20』も超えれば、スキルに関係なく警察の装備だと逮捕は難しいとか。それこそ、警察側も高レベル覚醒者をぶつける必要が出てくる。
そして、『D』や『C』のダンジョンで手に入るドロップ品は高額で取引されるのだ。反社の資金源にされては大変な事になる。
───個人が組織と戦える武力を持ち、怪物を倒して富を得る。
まるで神話やおとぎ話だなと、今更ながら笑ってしまいそうな世の中だ。
3分ぐらいで免許の確認が終わり、ようやく白いゲートの前に立つ。
エリナさんにアイテムボックスから『白蓮』を出してもらい、魔力を流し込んで起動。前に大山さんから受け取った『本来の装備』を持たせる。
『ほう、それが君の言っていた』
「ええ。このダンジョンだと、鎖付きの鉄球は使いづらいですから」
白蓮の武装を見ながら、頷く。
右手には柄の長さが約2メートルのバトルアックス。石突から穂先まで全て金属製であり、常人が片手で振り回す重さではない。
先端には鋭い突起がついており、一応突きも可能である。まあ、長さ的にマジで『一応』だけれど。
そして左手には武骨なカイトシールド。人の胴体がすっぽり覆えそうなサイズをしており、厚さも7センチともはや何かの装甲板と言っていい。こちらもまた、相応の重量がある。
最後に背中。こちらは武器ではないし、素材もダンジョン産の物を使っていないただの『箱』だ。小さな金具で開け閉めする、リュックの代わりでしかない。
単に騎士甲冑なのに登山リュックでは格好悪いという理由もあるが、それ以上にいつか『マギバッテリー』が手に入った時用の入れ物でもある。
現状、アレを作れるのは『錬金同好会』のみだ。複数人の錬金術師が、息を合わせて数時間作業しないとメインとなる機構が作れない。
……『心核』を使えば1人で作れるが、それは最後の手段だ。見る者が見れば、一目でこちらの固有スキルに気づくかもしれない。
何はともあれ、準備は整った。
カイトシールドを白蓮から受け取り、代わりに肩を掴ませる。そして、反対側の肩にエリナさんの手が乗ったのを確認。
「では、ゲートを通ります」
『うむ。2人とも、今回のダンジョンはこれまでとは一味違うぞ。気を付けろ』
「了解」
「押忍!」
そして、純白の扉を潜る。
いつも通りの、しかし慣れる気がしない違和感。それもすぐに消え、足裏に硬い感触が伝わってくる。
腰に下げたランタンと白蓮のペンライトで照らされた、石造りの室内。黄色がかったブロックで床も壁も構成されており、小さな罅割れが各所に見られた。
カイトシールドをゴーレムに渡しながら、剣を鞘から抜く。
ストアの情報通り、天井は3メートル前後。部屋の広さは教室と変わらないぐらい、か。
壁の一面には木製の棚があり、そこにあった物は既に自衛隊が回収済みである。ゆっくりと周囲を見回しながら、イヤリングに話しかけた。
「アイラさん。ダンジョン内に入りました。探索を開始します」
『ああ。注意してくれたまえ』
「はい」
短く答え、慎重に歩き出す。
ガシャガシャと白蓮の足音が大きく響く中、柄の感触を確かめるように握り直した。
ここのダンジョンは、通路を歩くという感じがしない。幾つもの部屋が隣接し、扉を潜ればすぐまた別の部屋という感じだ。
ギシリ、と軋む音をさせて扉を開く。次の部屋には、壁に自衛隊のペイントがあった。
「アイラさん。現在『D-11』です。ナビをお願いします」
『そうだな……左手に空の棚が見えるな?では君達から見て右側に向かって3つ、部屋を進んでくれ。そしたら4つめの部屋で今度は左だ』
「わかりました」
そう答え、右の扉を白蓮に開かせて先行させる。このダンジョンにトラップはないらしいが、念のためだ。
『精霊眼』で魔力の流れを見落とすまいと、周囲を見回しながら歩いていく。
緊張で冷や汗が頬を伝った、瞬間。
「っ」
「京ちゃん」
自分とエリナさんが、同時に敵の気配を捉える。
魔力と聴覚の違いはあれど、睨む方向は同じ。進行方向の部屋、その右奥だ。
「……数は2。どうする、別のルートにする?」
「……いや。2体なら『このダンジョン』を知るのに丁度いい。やろう」
「オッケー」
小声でやり取りをした後、白蓮に手で扉を開けて前進する様に指示する。盾を構えさせる事も忘れない。
鎧の擦れる音をさせて、古びた扉を騎士が開けた。
瞬間、ムワリとした熱気が押し寄せてくる。
『GYYYYYYッ!』
雄叫びと共に放たれた炎。それを、白蓮の構えた盾から風が放出され受け流す。
そのまま扉の向こうへと踏み込んだゴーレムに続き、自分も室内へ跳び込んだ。
視線を熱烈な出迎えをした主に向ける。それは、ロバほどの大きさをした蜥蜴だった。
正確には、『蜥蜴の形をした炎』。三角に近い頭に、太い四肢。ゆらりと揺れる長い尻尾。それら全てが、燃え盛る炎によって構成されている。
『サラマンダー』
錬金術において『火』を司る精霊。その吐息は鉄を溶かすほどに熱く、炎で構成された身体は通常の武器では傷つけられない。
しかし、『魔装』を始め魔力を帯びた武器ならば別だ。大量の水にも弱いとされている。
再度ブレスを吐こうとする火蜥蜴に斬りかかろうとすれば、『もう1体』が風の刃を放ってきた。
かつて戦った鎌鼬よりも速く、鋭い真空の刃。不可視のそれを『精霊眼』で捉え、剣で叩き落とす。
そちらに視線を向ければ、サラマンダーの隣に浮かぶ妖精と目が合った。
少年とも少女ともつかぬ中性的な顔立ちをした、掌サイズの小人。一糸まとわぬ身体には生殖器は見受けられず、背中から透き通った羽が生えている。
『シルフ』
錬金術において『風』を司る精霊。メルヘンチックなその姿に反し、人形の様な無表情で人を切り刻む怪物。
こちらもまた、サラマンダー同様魔力の籠った武器でなければ傷つける事が難しい。
ぼごり、と喉を膨らませた火蜥蜴が灼熱の業火を吐きだしたかと思えば、シルフもまた風を巻き起こす。
炎と風が融合し、こちらを飲み込まんと襲い掛かった。
そう、このダンジョンは『4種のモンスターが出現し、連携する』。
「はぁ!」
『概念干渉』
迫る猛火を風ごと剣で切り裂き、サラマンダーに突撃。シルフが再び風で妨害しようとしたが、飛んできた棒手裏剣の防御で動きが止まった。
迎撃に噛みついて来る火蜥蜴を避け、すれ違いざまに右前足を切断。返す刀で脇腹を引き裂く。
血飛沫は出ない。代わりにボウボウと炎が噴き出し、こちらに向かってきた。
『GAAAッ!』
悲鳴をあげるサラマンダーから距離を取って炎を避ければ、入れ替わりに白蓮が切りかかる。
上段からの振り下ろしは天井の高さ故に難しい。右から左への横薙ぎが蜥蜴の上顎を切り飛ばした。
『■■……!』
人間では発声不可能な甲高い声をあげながら、シルフが飛び回りつつ風の刃を放ってくる。
それを剣で斬り払った直後、音もなく間合いを詰めたエリナさんが忍者刀で風妖精を一刀両断した。
こちらも、やはり出血はない。風が解ける様にして消え去り、代わりにパサリという音をたてて床に同質量の塩が落ちる。
塩の量が少なかったからか、床にドロップ品がぶつかる音が混ざった。
「京ちゃん大丈夫?火傷してない?」
「問題ないよ。エリナさんも大丈夫そうだし……白蓮も、特に損傷はなし、と」
鎧に覆われた肩を掴み、魔力を補充する。その間、エリナさんが手早くドロップ品を拾ってくれた。
ここのドロップ品は、赤、青、緑、茶の色をしたビー玉大の石である。
しかし、これがなんと1つ3万で研究室に買い取ってもらえるのだ。太っ腹な事である。
まあ、個人的に使う分もほしいから全てを売却する気はないが。
『エリナ君、身体は無事な様だが、精神は大丈夫かね。シルフは見た目が愛らしいから、攻撃して心を痛める人もいるが』
「敵は斬るのみ。それが忍者だよ、パイセン……!」
「大丈夫そうです」
『だな』
忍者刀を逆手に構え、謎のポーズをするエリナさんに安堵する。
自分は、あの風妖精を斬って罪悪感を抱くだろうか?
……たぶんないな。
モンスター相手に、今更そんなものを抱く気がしない。3度も氾濫を経験すれば、そうもなる。不快感は、あるかもしれないが。
「探索を再開します。この次の次の部屋を左ですね?」
『ああ。くれぐれも油断しない様に進んでくれ』
「はい」
「応ッ!」
忍者刀を鞘に戻し、エリナさんは自然体な様子で索敵を続ける。
自分も剣の具合を確かめた後、また歩き出した。
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